第百六十五話
三神零は、手際よく家族の朝食である目玉焼きとトーストを焼き上げながら、壁掛けテレビから流れる朝のニュース番組に耳を傾けていた。
『——続いてのニュースです。魔法少女協会による未認可の魔力強化薬「ステラ・ドロップ」の無断投与問題について、協会側は連日となる謝罪会見を開きました。しかし、世間の批判は収まる気配を見せず、全国的な「協会離れ」が深刻化しています』
画面には、無数のフラッシュを浴びながら深々と頭を下げる、魔法少女協会の新幹部たちの姿が映し出されていた。
先日の大規模テロの際、協会が秘密裏に新エース部隊に投与していた「ステラ・ドロップ」。その副作用による魔法少女たちの暴走と理性の喪失は、多くの民間人の目にも触れる大スキャンダルとなっていた。
これまで国からの手厚い保護と情報統制で隠蔽体質を貫いてきた協会だが、今回ばかりは火消しに奔走しても全く追いついていないようだった。
「……まあ、自業自得だよな。姉ちゃんや玲奈がいた頃から、ブラック企業顔負けの酷い組織だったし」
零は、カリッと焼けたベーコンを皿に移しながら独り言を呟く。
『——その一方で、今最も国民の支持を集めているのが、新設された民間魔法少女組織「白百合の盾」です』
キャスターの声がワントーン明るくなり、画面が切り替わる。
そこに映し出されたのは、協会の暗い謝罪会見とは打って変わった、クリーンで透明感のある記者会見の様子だった。
『白百合の盾は、魔法少女の労働環境の改善と、透明性のある組織運営を掲げており、今回のテロ事件でも迅速な民間人保護に貢献しました。本日は、組織を牽引する幹部の姫嶋氏と湯野氏、そしてトップエースの羽衣緋雪さんがインタビューに応じています』
画面の中で、白百合の盾の制服をスタイリッシュに着こなした幹部の姫嶋と湯野が、記者たちの質問に理路整然と、かつ真摯に答えている。協会の古い体質とは全く異なる、現代的で風通しの良い組織であることをアピールする見事な受け答えだった。
そして、カメラが中央に座る少女にズームする。
白百合のトップエース、羽衣緋雪である。
『羽衣さん、全国の市民から多くの感謝の声が寄せられていますが、今のお気持ちは?』
『はい。私たちは特別なことをしたわけではありません。市民の皆様の平和な日常を守る……その当たり前の使命を、ただ誠実に全うしただけです。これからも、私たち白百合の盾は、皆さんの笑顔を守るために戦い続けます』
カメラのフラッシュを浴びながら、凛とした表情で語る氷の乙女。
その隙のない完璧な美貌と、堂々としたトップエースとしての振る舞いは、画面越しに見てもカリスマ性に溢れていた。
「へえ、羽衣さん、テレビ映りも完璧だな。……でも、よく見るとちょっと肩に力が入ってる。台本を一生懸命丸暗記してきたんだろうな」
零は、彼女が顔を真っ赤にしながら焦げたお弁当を渡してきた姿を知っているだけに、テレビで「完璧な氷のエース」を演じている彼女を見て、少し微笑ましい気持ちになった。
最近、メディアでは連日のように協会の不祥事と、それに相対する「白百合の盾」の活躍が比較して報道されていた。
その結果、魔法少女界にはかつてないほどの巨大な地殻変動が起きていた。
『——現在、過酷な労働環境や上層部への不信感から、魔法少女協会を脱退する魔法少女が全国規模で相次いでいます。その多くが、待遇が良く透明性の高い「白百合の盾」への移籍を希望しており、事務方の職員すらも複数人が転職の列に並んでいるとのことです』
「お兄ちゃん、おはよー! あ、テレビに緋雪ちゃん出てる!」
パジャマ姿の玲奈が、目を擦りながらリビングに入ってきた。
「おはよう、玲奈。白百合の盾、すごい人気みたいだな」
「うんっ! なんかね、最近一気に新しいメンバーが増えて、オフィスも手狭になったから引っ越すかもって言ってたよ! 姫嶋さんたちも、面接や研修で毎日すっごく忙しそう!」
玲奈がオレンジジュースを注ぎながら嬉しそうに語る。
世間の圧倒的な支持と、優秀な魔法少女たちの大量移籍。
白百合の盾は、単なる新興組織から、日本における「新たな魔法少女の最大勢力」へと急速にその規模を拡大しつつあった。
「ふぁあ……おはよ。朝からニュース騒がしいわね」
姉の澪も、あくびをしながら起きてきた。
「協会の方も、いよいよ後がなくなってきたんじゃないか?」
零がコーヒーを淹れながら尋ねる。
「そうね。でも、あそこもしぶといわよ」
澪は、トーストにバターを塗りながらテレビ画面の協会幹部たちをジッと見つめた。
「世間の批判が殺到して、優秀な子たちも大量に引き抜かれたけど……協会には『公務員としての基盤』があるからね。国からの予算や、警察・自衛隊との連携システム、それに全国に張り巡らされた魔獣探知のインフラは、そう簡単に民間(白百合)には移行できないのよ」
澪の言う通りだった。
ニュースキャスターも、その点について言及し始めていた。
『——しかし、魔法少女協会もこのまま崩壊するわけではありません。政府は事態を重く受け止め、国主導による協会の「抜本的な組織改革」に踏み切ることを発表しました。旧体制の幹部を完全に一掃し、外部から新たな有識者や指揮官を招き入れ、クリーンな新組織として再出発を図る構えです』
「なるほどね。腐った食材を全部捨てて、冷蔵庫を徹底的に大掃除して再スタートってわけか」
零が、主夫らしい例えで納得する。
「ええ。協会も体裁を守り切るために必死よ。白百合の盾がどれだけ大きくなっても、公的なインフラを握っている協会とは、これから持ちつ持たれつ……あるいは、新しい形でのライバル関係になっていくでしょうね」
澪が、少し真面目な顔で分析した。
(まあ、俺としては姉ちゃんや玲奈が、ブラックな環境から抜け出してホワイトな職場で働けているなら、それで十分だけどな)
零は、平和に朝食を囲む家族の姿を見て、静かに頷いた。
魔法少女界の覇権を巡る、公的機関(協会)と民間組織(白百合の盾)の新たな関係。
そして、その裏で密かに暗躍するカルト教団(福音の鐘)と秘密組織(星監)。
表舞台と裏社会の勢力図が大きく塗り替えられていく中。
世界で最も恐ろしい特S級の力を持つ「未登録魔法少女ゴースト」の正体である三神零は。
「よし、朝ごはん食べたら食器洗って、スーパーの特売日だから行ってくるか。……今日は絶対に被弾しないように、イメトレしとこ」
テレビの向こう側で起きている巨大な地殻変動などどこ吹く風。
ただひたすらに「自分の身の安全(変身バグの回避)」と「夕飯の献立」だけを気にする、究極のマイペースを貫くのであった。




