第百五十八話
爽やかな秋の朝の陽光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
三神家の長男であり、家事全般を完璧にこなす三神零の朝は、本来ならば誰よりも早い。目覚まし時計が鳴る前に起床し、朝食の準備に取り掛かるのが彼の日課である。
しかし、その日の朝は違った。
「……ん、んん……?」
ベッドの中で目を覚ました零は、身体に巻き付く「見慣れない布の感触」に違和感を覚えた。
いつもの着古したスウェットではない。シルクのように滑らかで、それでいて幾重にも重なるフリルが特徴的な、ひどく窮屈な感触。
嫌な予感がして、零はバッと布団を跳ね除けた。
「…………うそだろ」
そこにあったのは、見慣れた男子高校生の身体ではなかった。
白磁のように滑らかな肌、艶やかな黒髪、そして全身を包む漆黒のゴシックドレス。
零は、なぜか再び『ゴースト』の姿に変身した状態で朝を迎えていたのである。
(またかよ!? 昨日の夜、魔獣を殲滅して秋刀魚を焼く前にはちゃんと変身を解除したはずなのに……寝ている間に魔力が暴走したのか!?)
特S級の魔力量を持つ彼だが、未だにこの「変身」というシステムの完全な制御には至っていない。以前も一度、朝起きたらゴーストになっていて解除できず、仕方なく置き手紙をして家を飛び出したことがあった。
零は壁掛け時計を見上げた。時刻は午前七時。
完全に寝坊である。姉の澪も妹の玲奈も、そろそろ起きてくる時間だ。
(やばい! こんな姿を姉ちゃんたちに見られたら、昨日の今日で完全にアウトだ! いや、そもそも変質者が俺の部屋に不法侵入したと思われる!)
零はパニックになりながらも、まずは主夫としての最低限の責任を果たそうとした。
机の上のメモ帳を引き寄せ、ペンを握る。
『姉ちゃん、玲奈へ。
急用ができたから、少し出かけてくる。朝ごはんは作れなかったから、冷蔵庫の食パンを焼いて食べてくれ。賞味期限が今日までだから、絶対に消費すること。マヨネーズとチーズを乗せて焼くと美味い。 零より』
走り書きでメモを残し、それを机の上に置く。
(よし、とりあえずこれで朝ごはんの言い訳は立った。あとはすぐに影移動で外に逃げて、変身が解けるのを待つしか……!)
零が焦燥感から「はぁっ」と深いため息をつき、自らの足元に影を広げて沈み込もうとした、まさにその時だった。
「零ー? 起きてる? 朝ごはんの匂いがしないけど、体調でも悪……」
ガチャリ。
ノックと共に、姉の澪がドアを開けて部屋に入ってきた。
「…………」
「…………」
静寂。
爽やかな朝の陽光に照らされた男子高校生の部屋で。
パジャマ姿の姉と、漆黒のドレスを纏った絶世の死神が、完全に鉢合わせた。
ピタッ、と。
世界で最も恐ろしい特S級の未登録魔法少女は、そのまま文字通り彫像のようにフリーズした。
影に片足を踏み入れた中途半端なポーズのまま、紫の瞳が極限まで見開かれている。
(終わったァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!)
零の脳内で、絶望の鐘が乱れ打たれた。
(なんで今日に限って姉ちゃんはノックからドア開けるまでが早いんだよ!? いつもは『入るよー』って言ってから三秒くらい待ってくれるのに! あ、朝ごはんが出来てないから心配して急いで入ってきたのか!? 俺の主夫としてのサボりが、まさかこんな致命的な結果を招くなんて!)
一方の澪は。
自分の愛する弟の部屋に、昨日の夜、渋谷で交戦したばかりの「規格外のバケモノ」が立っているという異常事態に、一瞬だけ思考が停止した。
しかし、すぐに彼女の視線が、机の上に置かれた『零の字で書かれた置き手紙』と、その横で「はぁっ」とため息をついたように見えた(実際は焦っていただけの)ゴーストの姿へと移動した。
澪の優秀な脳細胞は、その光景から一つの完璧な(そして狂った)推理を弾き出した。
(このストーカー女……! 昨日の夜、私たちが『弟を守る』って宣言したのを聞いて、私たちが寝静まった隙に零の部屋に不法侵入したんだわ! でも、零は運良く急用で朝早く出かけていて不在だった。だからこの女は、零の置き手紙を読んで『もぬけの殻だった』ことにガッカリして、ため息をついていたのね……!)
点と点が繋がり、澪の中で「ゴースト=弟の部屋の匂いを嗅ぎにくるレベルの変態ストーカー」という確信が、完全な真実として定着した。
「……アンタ」
澪の声が、地を這うような低さで響いた。
その全身から、昨日キメラ魔獣と対峙した時よりも遥かに濃い、ドス黒い殺意と怒りのオーラが立ち昇る。
「ヒッ……」
特S級の死神が、パジャマ姿の姉のプレッシャーに押されて、情けない声を漏らす。
「とうとう……家の中にまで上がり込んできたわね……っ!! しかも、よりによって零の部屋に!! 零がたまたま出かけてたから良かったものの、もし寝ていたらアンタ、零に何をするつもりだったのよォォォッ!!!」
「ち、違っ……!」
零が裏返った声で弁明しようとするが、怒髪天を衝いた澪には一切届かない。
「問答無用よ! 昨日は助けてもらった恩があるから見逃そうかと思ったけど、実家に不法侵入する変質者を許す姉がどこにいるっていうのよ! ちょっとツラ貸しなさいッ!!」
「えっ、ちょっ、……!」
澪は、ゴーストが影移動を発動する隙すら与えず、凄まじい速度で踏み込むと、ゴーストのドレスの胸ぐらをガシッと掴んだ。
魔法少女の能力など関係ない。これは「家長代行としての姉の怒り」という、物理法則を超越した力であった。
「リビングに来なさい!! 玲奈も起こして、家族会議よ!!」
「あわわわわわっ……!」
昨晩、規格外の魔力で五カ所のテロを瞬殺した絶望の死神は、パジャマ姿の女子高生にズルズルと引きずられながら、無惨にもリビングへと連行されていくのであった。
五分後。三神家のリビング。
朝のニュース番組が爽やかに今日の天気を伝える中、リビングの中央では異様な光景が繰り広げられていた。
座布団の上に、特S級の未登録魔法少女『ゴースト』が、背筋をピンと伸ばして正座させられている。
そしてその正面には、腕を組んで仁王立ちするパジャマ姿の澪と、寝癖を爆発させたまま双剣の代わりにハエ叩きを構えている妹の玲奈が、裁判官のように冷酷な視線を下ろしていた。
「……さあ、吐きなさい。いつから零の部屋に潜んでいたの」
澪が、ゴーストを見下ろして低い声で尋問を開始する。
「お、姉ちゃん……相手はあのゴーストだよ? あんなに怒らせちゃって大丈夫なの……?」
玲奈が、ハエ叩きを震わせながら小声で澪に耳打ちする。玲奈はまだ寝ぼけ眼でありながらも、目の前に「昨日のバケモノ」が正座している状況に恐怖を感じていた。
「関係ないわ。相手が魔王だろうが神様だろうが、三神家に土足で上がり込んで零の匂いを嗅ぐような変態は、姉として絶対に許さない! ……で? 黙秘権でも行使するつもり?」
澪がさらに一歩詰め寄る。
(匂いなんて嗅いでない! 俺の部屋なんだから自分の匂いしかしないだろ!!)
零は内心で血の涙を流しながら叫んだが、もちろん口には出せない。
「……誤解よ」
ゴーストは、必死に冷徹な死神のトーンを維持しようとしながら、絞り出すように言った。
「私はただ、空間跳躍の座標がズレて……偶然、この部屋に出現してしまっただけよ。決して、あなたたちの弟をストーキングしていたわけではないわ」
「偶然? 偶然、世界で一番可愛い私の弟の部屋にピンポイントでテレポートしてきたって言うの? そんな苦しい言い訳が通用すると思ってるわけ!?」
「それに、昨日の夜だって私たちが戦ってる時にピンポイントで現れたじゃん! 絶対お兄ちゃんのこと監視してるに決まってる!」
玲奈も、澪の勢いに乗っかってハエ叩きを振りかざす。
(可愛い弟って……姉ちゃん、本人の前でそれ言われるとすげえ恥ずかしいんだけど。いや、今はそれどころじゃない!)
零は必死に脳をフル回転させた。
「……信じられないかもしれないけれど、本当よ」
ゴーストは、大女優顔負けの演技力で、少しだけ悲しげに紫の瞳を伏せた。
「私は、大きな魔力の流れに引き寄せられる性質があるの。この家には……そう、あなたたちのような優秀な魔法少女がいるから、無意識に惹かれてしまったのかもしれないわ」
「なっ……! 私たちの魔力に……?」
澪が、不意を突かれたように言葉を詰まらせる。
「えへへ、優秀な魔法少女だなんて……そんな、照れるなぁ」
玲奈に至っては、単純な性格ゆえに少し気を良くしてハエ叩きを下ろしてしまった。
(よし! 姉ちゃんたちのプライドをくすぐって矛先を逸らす作戦、効果ありだ!)
零は内心でガッツポーズを取った。
「それに」
ゴーストは、さらに優雅な微笑みを浮かべた。
「私はあなたたちに危害を加えるつもりはないわ。昨日も言ったでしょう? あなたたちの家族を守るための意地、私は嫌いじゃないと」
「……っ」
澪は、ゴーストの透き通るような紫の瞳に見つめられ、思わず毒気を抜かれそうになった。
昨日の夜、この少女が圧倒的な力で自分たちを救ってくれたのは事実だ。そして今も、特S級の力を使えば一瞬でこの場から逃げ出せる(あるいは自分たちを消し炭にできる)はずなのに、なぜか律儀に正座をして弁明している。
(この人……本当に、ただの不器用なストーカーなだけなんじゃ……?)
澪の中で、ゴーストに対する「恐怖の化け物」という認識が、「弟をこじらせるほど愛してしまった、ちょっとヤバい残念な美少女」という認識へとスライドし始めていた。
「……分かったわ。今日のところは、その『座標のズレ』って言い訳を信じてあげる」
澪が、腕を解いて大きくため息をついた。
「姉ちゃん、いいの!?」
「ええ。でも、条件があるわ」
澪は、ゴーストの目の前にしゃがみ込み、その美しい顔を至近距離から真っ直ぐに睨みつけた。
「二度と、零の部屋には勝手に入らないこと。それから……零に近づくなら、まずは姉であるこの私を通しなさい。コソコソとストーキングするような真似は許さないわよ。分かった?」
(姉ちゃんを通すってなんだよ! 俺の交際相手の面接でもするつもりか!?)
零は内心で盛大にツッコミを入れつつも、これ以上この場に留まるのは危険だと判断した。
「……ええ。忠告、痛み入るわ」
ゴーストは静かに頷くと、正座を解いて立ち上がった。
「今日は失礼するわ。……あなたたちの弟によろしくね」
ゴーストは、足元に影を展開し、逃げるようにその中へと沈み込もうとした。
「ちょっと待って!」
澪が、鋭い声で引き留める。
「朝ごはんの食パン、あなたも一枚食べていきなさい」
「……は?」
ゴーストは、思わず素っ頓狂な声を漏らした。
不法侵入者として捕まったはずなのに、なぜ朝ごはんを勧められているのか。
「零の置き手紙に『マヨネーズとチーズを乗せて焼くと美味い』って書いてあったでしょ。私と玲奈だけじゃ食べきれないから、アンタも手伝いなさい。……逃げたら、アンタの顔写真付きで白百合の盾に『不審者』として通報するわよ」
「…………」
特S級の死神を、食パンの消費係として脅迫する女子高生。
ゴーストは、逆らう気力を完全に失い、大人しくダイニングテーブルの椅子にちょこんと座り直した。
数分後。
三神家のダイニングテーブルには、香ばしい匂いを漂わせるチーズマヨトーストと、淹れたてのコーヒー、そしてオレンジジュースが並べられていた。
「ほら、食べなさい。毒なんて入ってないわよ」
澪が、ゴーストの前にトーストの乗った皿をドンと置く。
「……いただくわ」
ゴーストは、漆黒のレースの手袋越しにトーストを手に取り、サクッと一口かじった。
(うん、焼き加減は上々だな。マヨネーズの酸味とチーズのコクが絶妙にマッチしている。俺のメモ通りに作れば間違いない味だ)
自分で考えたレシピを姉に作らせて自分で食べるという、何ともシュールな自給自足の朝食を満喫する零。
「ねえ、あなた」
澪が、自分のトーストをかじりながら、ふとゴーストの服装をジロジロと眺め始めた。
「昨日も思ったけど、なんでいつもそんな真っ黒なフリフリのドレス着てるの?」
「ブホッ!?」
ゴーストは、思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
「……これは、私の戦闘服というか、正装よ」
「ふーん。まあ、魔法少女の衣装なんてみんな奇抜だけどさ。でも、もし本気でうちの零にアピールしたいなら、そんな厨二病みたいな格好じゃダメね。零はそういう目立つ服、好きじゃないと思うわよ」
(好きで着てるわけじゃないんだよ! 勝手に変身させられてるんだよ!)
零が内心で叫ぶ中、玲奈もジュースを飲みながらウンウンと頷いた。
「そうそう! お兄ちゃんは家庭的で普通な感じが好きだと思うな。ゴーストちゃん、顔はすっごく可愛いんだから、もっと普通の可愛い服着ればいいのに」
「……余計なお世話よ」
ゴーストが冷たく返すが、三神姉妹の「謎のプロデュース魂」に火がついてしまったようだった。
「ねえ玲奈、今日って私たちオフよね?」
「うん! 昨日のテロの事後処理は協会がやってくれるし、白百合の盾も特別休暇になったよ」
「よし決まり」
澪が、ドンとテーブルを叩いた。
「ゴースト。アンタ、これから私たちと買い物に行きなさい」
「……はい?」
「私たちが見立ててあげるわよ! 『弟にドン引きされない、普通の女の子のカジュアル服』をね! 昨日の恩返しも兼ねて、私たちがアンタをプロデュースしてあげる!」
「ちょっと待ちなさい。どうして私があなたたちと……」
「行くわよ! ストーカーから『普通の女の子』に更生させてあげるんだから!」
澪と玲奈は、ゴーストの両腕をガシッと掴んだ。
魔法を使えば簡単に振り払える。しかし、相手は愛する姉と妹だ。少しでも力を入れれば彼女たちを怪我させてしまうかもしれない。
その躊躇いが、特S級の死神の運命を決定づけた。
「ちょっ、やめなさい! 私は忙しいのよ!……っ!」
「ほら、行くよー!」
こうして、世界を恐怖に陥れる絶望の死神は、休日の三神姉妹によって強引にショッピングモールへと連行されることになったのである。
隣町の巨大なショッピングモール。
休日の家族連れやカップルで賑わうその場所で、ゴーストの存在は異常なほど浮いていた。
「ちょっと、見なさいよ。あの子、コスプレ?」
「すっごい美人……でも、あのドレス、どっかで見たような……」
すれ違う人々が、ゴーストの漆黒のドレスと紫の瞳を見てヒソヒソと囁き合う。
(恥ずかしい……! 穴があったら入りたい……!)
中身が思春期の男子高校生である零にとって、この状況は魔獣の群れに囲まれるよりも遥かに精神的ダメージが大きかった。
「ほら、ゴースト! こっちの店入るわよ!」
澪が、ゴーストの手を引いて若者向けのカジュアルブランドのショップへとズカズカと入っていく。
「お姉ちゃん、これも似合いそうじゃない?」
玲奈が、パステルカラーのふわふわしたニットワンピースを持ってきた。
「ちょっと、私は服なんて……!」
「いいから試着室入りなさい!」
ドンッ、と試着室に押し込まれるゴースト。
(うわあああ! なんだこれ、どうやって着るんだ!? 俺、男の服しか着たことないぞ!)
試着室の中で、零は冷や汗を流しながら、渡されたワンピースをどうにかこうにか被った。
カーテンを開けると、澪と玲奈が腕を組んで待っていた。
「……どうかしら」
ゴーストが、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯きながら出てくる。
漆黒のドレスから一転、淡いピンクのニットワンピースに身を包んだその姿は、破壊的なまでに可憐であった。
「「…………」」
澪と玲奈が、無言でサムズアップ(親指を立てる)した。
「アンタ、意外とスタイル良いわね……。よし、次はこれね! ボーイッシュなパーカーコーデ!」
「こっちの地雷系も絶対似合うよ!」
それからの一時間は、まさに地獄の着せ替えタイムであった。
次々と渡される服を着てはカーテンを開け、姉妹に品評される。
(なんで俺は、休日の朝から自分の姉と妹に着せ替え人形扱いされてるんだ……! 早く帰って卵を買わないと売り切れちゃうのに……!)
零の心はすでにボロボロだったが、姉妹はキャッキャウフフと本気で楽しそうにしている。
「ふう、だいぶ買ったわね。ゴースト、アンタ素材が良いから何でも似合うじゃない」
紙袋をいくつも提げた澪が、満足げに笑う。
ゴーストは結局、澪が一番気に入ったという「白いブラウスにデニムのロングスカート」という、非常に清楚で一般人らしい服に着替えさせられていた。
「……終わったなら、帰らせてもらうわ」
ゴーストが疲れ果てた声で言う。
「まあ待ちなさいよ。喉渇いたでしょ? フードコートでアイスでも奢ってあげるから」
澪が、すっかり「面倒見の良いお姉ちゃん」の顔になってゴーストの背中を押す。
三人は、ショッピングモールの中央にある巨大なフードコートへと向かった。
休日のお昼時ということもあり、家族連れや学生たちで席はほぼ満席だった。
——その時である。
「あーあ、昨日の大規模テロのせいで、せっかくのお休みなのに白百合の盾から待機命令が出ちゃうなんて。でも、アイスくらい食べてもバチは当たらないよねっ!」
フードコートの入り口近く。
『白百合の盾』の土属性エース・只野真奈が、私服姿でトリプルアイスの乗ったコーンを嬉しそうに舐めていた。
昨晩の上野エリアでの激戦の疲れを癒やすため、甘いものを摂取しにやってきたのだ。
「う~ん、チョコミント最高! ……ん?」
真奈の視界の端に、見覚えのある二人の少女が映った。
「あ、澪先輩と玲奈ちゃんだ! おーい、二人と……も……?」
真奈が手を振ろうとした瞬間。
彼女は、三神姉妹の隣を歩いている「白いブラウスを着た絶世の美少女」の顔を見て、完全にフリーズした。
漆黒のドレスではなく、清楚な一般人の服を着ている。
しかし、その白磁のような肌と、絞ってはいるが強大な魔力、それに周囲の空気を凍らせるような神秘的な紫の瞳は、絶対に見間違えるはずがなかった。
(ゴ……ゴースト!? なんで!? なんで特S級の未登録魔法少女が、リオンモールにいるの!?)
昨日の夜、上野公園で指揮官魔獣を豆腐のように両断し、紅蓮の業火で数十体の魔獣を一瞬にしてチリに変えた絶望の死神。
その化け物が、なぜか三神姉妹と並んで歩き、しかも澪から「ほら、クレープとアイス、どっちがいい?」と聞かれて「……アイスでいいわ」と普通に答えているのだ。
「え……? えええええええええ!?」
真奈の口から、トリプルアイスがポロッとこぼれ落ちた。
ベチャッ、と悲しい音を立てて、チョコミントとストロベリーとバニラが床に散乱する。
「あ……あああ……」
真奈は、落ちたアイスと、キャッキャウフフと歩き去っていくゴースト&三神姉妹の背中を交互に見比べながら、完全にパニック状態に陥った。
(ど、どういうこと!? ゴーストって、緋雪先輩の恋のライバルで、ストーカー女のはずじゃ……! なんで澪先輩たちと女子会みたいなことしてるの!? というか、ゴーストってあんな清楚な服着るの!?)
白百合の盾のエースの脳内で、処理能力の限界を超えた情報がバグを引き起こす。
一方、ゴーストは、遠くでアイスを落として固まっている真奈の存在に気づき、内心で激しく頭を抱えていた。
(真奈さんに見られたァァァッ!! 『ゴーストが私服で白百合のメンバーと遊んでる』なんて噂が広まったら、ますます話がややこしくなるじゃないか!! 頼むから、今日のことは忘れてくれ……!)
絶望の死神は、特売の卵を逃した悲しみと、羞恥心と、さらなる勘違いが広がる予感に苛まれながら、姉に奢ってもらったバニラアイスを虚ろな瞳で舐め続けるのであった。




