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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第百五十五話

 三神零が、特売の秋刀魚を冷蔵庫のパーシャル室に安置し、『ゴースト』へと変身して新宿、池袋と連続で魔獣を殲滅していた頃。

 品川エリアの高層オフィス街は、息の詰まるような緊迫感と殺気に支配されていた。


「由鶴! 右翼の陣形が崩れないわ! 民間人の避難誘導はどうなってるの!?」


「現在、品川駅方面へのルートを確保中ですが、魔獣の『包囲網』が分厚すぎます! 奴ら、完全に我々の動きを読んで退路を塞いでいますよ!」


 氷の太刀を振るい、次々と迫り来る魔獣たちを牽制しているのは、『白百合の盾』のトップエース・羽衣緋雪である。

 彼女は本来、最も被害の大きい新宿エリアへ向かう予定だった。しかし、情報班トップの新実由鶴からの「新宿はすでに謎の光の剣(ルディアの魔法)で更地になりつつある。品川の民間人包囲網が最も致死的だ」という緊急の軌道修正を受け、急遽この品川へと駆けつけていたのだ。

 緋雪の背後で、数機の支援用小型ドローンを宙に浮かせながら、猛スピードでホログラムキーボードを叩いているのが、白衣姿の由鶴である。

 普段は地下のオペレーションルームから指示を出す彼女だが、今回は敵の動きがあまりにも組織的であったため、現場での直接的な情報解析とジャミング(電子・魔力妨害)が必要と判断し、自ら前線へと出てきていた。


『ガァァァッ!!』


 魔獣たちは、逃げ遅れた数百人の民間人を、ビルとビルの間の広場へと追い込み、分厚い半円形の「盾」の陣形を組んで物理的に封鎖していた。

 さらに嫌らしいことに、後衛に位置する魔獣たちは建物の陰から曲線軌道を描く魔力弾を放ち、緋雪の体力を削ることに専念している。


「『氷結の防壁クリスタル・ウォール』ッ!」


 緋雪が太刀を突き立て、飛来する魔力弾を巨大な氷の壁で防ぐ。しかし、知能を得た魔獣たちは同じ箇所へ正確に攻撃を集中させ、厚さ数十センチの氷の壁すら数秒で粉砕してしまう。


「くっ……! ただの力押しじゃない。完全に『軍隊』の戦術よ! こんなの、ただの獣の動きじゃないわ!」


 緋雪は額に汗を滲ませ、激しい息を吐いた。


「ええ。やはり私の推測通りです」


 由鶴が、ドローンから送られてくる魔力波形の解析データを空中に展開する。


「魔獣たちは、不可視の『魔力念話ネットワーク』を構築し、お互いの視覚情報と戦術をリアルタイムで共有しています。ネットワークのハブ……つまり『指揮官個体』が、後方から全体を完全に統率しているんです」


「じゃあ、その指揮官を倒せば陣形は崩れるのね!?」


「理論上は。しかし、指揮官個体は前衛の分厚い盾の奥に隠れており、私がジャミングを試みても、彼らの魔力ネットワークの出力が高すぎてハッキングしきれません。このままでは、ジリ貧です」


 由鶴の冷静だが絶望的な分析の通り、魔獣の包囲網はジリジリと狭まり、緋雪と民間人たちが追い詰められていく。

 指揮官魔獣は、白百合のエースが「民間人を庇うために広範囲魔法を使えない」ことを見透かしているのだ。


『……分析対象・アルファ(白百合の盾)。魔力残量、低下。包囲網を収縮し、一斉攻撃で圧殺しろ』


 後方に潜む指揮官個体が、残酷な指示をネットワークに流す。

 数十体の魔獣が、一斉に咆哮を上げ、決定的な一撃を放とうと魔力を練り上げた。


「させないわ……! 私が、みんなを守るんだから……!」


 緋雪が、限界を超えて魔力を振り絞り、刺し違える覚悟で氷の太刀を構えた。

 その時である。


 ——ピシッ。


 品川のビル風が、文字通り「絶対零度」の死の風へと変わった。

 魔獣たちの咆哮がピタリと止まり、由鶴の展開していたホログラムモニターが、強烈な魔力干渉を受けてノイズだらけになる。

 民間人たちが息を呑む中。

 緋雪の足元に伸びる影が、底なしの深淵のように広がり、そこから漆黒の靄が間欠泉のように噴き出した。

 すべての音と熱を奪い去る圧倒的な魔圧の奔流と共に、虚空からゆっくりと姿を現したのは——漆黒のゴシックドレスを纏い、紫の瞳を冷ややかに輝かせる特S級の未登録魔法少女、『ゴースト』であった。


「……随分と、不細工な陣形ね。見ているだけで反吐が出るわ」


 ゴーストの透き通るような、しかし絶対的な死を孕んだ声が響く。


「ゴ、ゴースト……!?」


 由鶴が、自らのデバイスの魔力測定器が「測定不能エラー」の文字を吐き出し続けているのを見て、驚愕に目を剥いた。


「あり得ない……。新宿に光の柱(ルディアの魔法)が立った直後、新宿の魔力反応が完全に消失したばかりなのに……空間跳躍で品川に飛んできたとでもいうの!?」


「……ゴーストッ!」


 緋雪は、目の前に現れた絶世の死神を見て、安堵よりも先に「強烈な敵対心」を燃え上がらせた。


(来たわね、三神くんの日常を付け狙うストーカー女! 魔法少女としての実力は認めるけど、また私たちがピンチの時に現れて、『助けてやったわよ』って三神くんにマウントを取るつもりなんでしょ!? 絶対に許さないんだから!)


 カフェで三神零から見せられた大人の余裕と甘いコーヒーにメロメロになっていた緋雪の脳内では、「三神くんの心を奪い合う恋の最終戦争」のゴングが高らかに鳴り響いていた。

 一方、影移動で品川に到着したゴーストの内面は、相変わらずの主婦思考で満たされていた。


(よし、三カ所目。新宿も池袋も変な連中がいて面倒だったけど、ここは由鶴さんと羽衣さんだけだから連携しやすそうだな。さっさと殲滅して帰らないと、秋刀魚に添える大根おろしをすり下ろす時間がなくなっちゃう。すだちも切っておかないといけないし)


 ゴーストは、大剣を虚空から引き抜くと、静かに紫の瞳を指揮官魔獣へと向けた。


『……特異点ゴースト!? 馬鹿な、新宿に出現したはずのバグがなぜここに!?』


 指揮官魔獣が、念話のネットワークにパニックを起こしたような悲鳴を流す。


『全軍、包囲網を解け! 対特異点用の多重魔力障壁を展開し、特異点へ攻撃を集中させろ!』


 魔獣たちは民間人への攻撃を諦め、全戦力をゴーストただ一人へと向けた。

 数十発の魔力弾が、雨あられとゴーストへと降り注ぐ。


「——『氷結の防壁クリスタル・ウォール』ッ!!」


 しかし、その攻撃がゴーストに届く直前。

 緋雪が横から飛び出し、ありったけの魔力を込めた分厚い氷の壁を展開して、ゴーストを庇うように立ち塞がった。

 ドドドォォォッ! と魔力弾が氷の壁に直撃し、壁に亀裂が走るが、緋雪は一歩も引かない。


「……何のつもり? 白百合の騎士」


 ゴーストが冷ややかに問う。

 緋雪は、ゴーストを睨みつけながら叫んだ。


「私は、あなたに助けられっぱなしの弱い女じゃないわ! 魔法少女としての誇りにかけて、そして……私の『一番大切な人』の隣を歩く資格を証明するために、あなたには絶対に負けないんだから!」


(……え? 一番大切な人?)


 ゴーストは、内心で首を傾げた。


(俺の隣を歩く資格……? ああ、なるほど。前にゴーストの姿で『三神零は私が監視している』って言ったから、羽衣さんは『善良な一般市民である三神くんを、ゴーストの魔の手から守る』ために、俺に対抗心を燃やしてるのか。本当に、真っ直ぐで正義感の強い子だなあ)


 零は、緋雪の「恋心」を「魔法少女としての純粋な保護欲と正義感」だと完全に履き違えたまま、微笑ましく思ってしまった。


「……好きになさい。でも、足手まといになるなら容赦しないわよ」


 ゴーストは、冷徹な仮面を被ったまま、情報班の由鶴へと視線を向けた。


「そこのあなた。さっき、敵の『ネットワーク』がどうとか言っていたわね?」


「え、ええ。敵は魔力の念話で視覚と戦術を共有しています。後方にいる指揮官個体を叩けば、陣形は瓦解するはずですが……」


 由鶴がホログラムキーボードを叩きながら答える。


「私がジャミングをかけてネットワークの接続をコンマ数秒だけ遅延させます! その隙を突いて、後方の指揮官を狙えますか!?」


「コンマ数秒? ……短かすぎるくらいね。上等よ」


 ゴーストは、大剣を構えながら、前衛の氷の壁を支えている緋雪に指示を飛ばした。


「白百合の騎士。あなたの全魔力を使って、前衛の魔獣どもの足元に『真っ直ぐな氷の道』を創りなさい。滑走路のように、限りなく滑らかにね」


「なっ、私に命令しないでよ! ……でも、やってやるわ!」


 緋雪は意地を張りながらも、ゴーストの意図を瞬時に理解した。


「ハアァァァッ!!」


 氷の太刀を大地に突き立てると、彼女の残存魔力のすべてが冷気へと変換され、魔獣たちの陣形の中央を真っ二つに割るように、一直線に伸びる極寒の「氷の道」が生成された。


『何だ!? 足元が……!』


 氷の道の上に立たされた魔獣たちが、ツルツルと足を滑らせて体勢を崩す。


「今です!! 『強制魔力妨害システム・ジャミング』!!」


 由鶴がエンターキーを強く叩く。ドローンから特殊な魔力パルスが放射され、魔獣たちの念話ネットワークがほんの一瞬、完全に遮断された。


『通信、途絶……!? 視界が、共有できない!?』


 指揮官魔獣が混乱し、前衛の魔獣たちが指示を失って完全にフリーズする。


「……いくわよ」


 ゴーストが、床を蹴った。

 漆黒のドレスがひらりと舞い、彼女は緋雪が創り出した「氷の滑走路」の上を、スケート選手のように滑らかに、そして音速を超える速度で直進した。

 摩擦係数ゼロの氷の道と、特S級の身体能力の融合。


「——『深淵のアビス・エッジ』」


 ジャミングによって連携を失い、足元を滑らせて動けない前衛の魔獣たちの間を、ゴーストは黒い弾丸となってすり抜けていく。

 その軌道上に大剣の黒い残月が閃くたび、魔獣たちの首が音もなく宙を舞った。


『ヒッ……!?』


 指揮官魔獣が、目の前に迫る絶望の死神を見て、悲鳴を上げる。

 多重魔力障壁を展開しようとするが、遅い。


「チェックメイトよ」


 ゴーストの大剣が、指揮官魔獣の胴体を、展開されかけた障壁ごと、豆腐のように綺麗に両断した。


『あ、アァ……。バグ、が……』


 指揮官魔獣は、その言葉を最後に完全に沈黙し、黒い霧となって消滅した。

 ネットワークの核を失い、指揮官を殺された残存の魔獣たちは、統率を失って完全なパニック状態に陥る。


「これで、終わりよ。——『終焉の業火メギド・フレイム』」


 ゴーストが、美しく細い右指をパチンと鳴らす。

 民間人を巻き込まないように精緻にコントロールされた紅蓮の炎が、パニックを起こして逃げ惑う残存の魔獣たちだけを包み込んだ。

 太陽の表面温度に匹敵する業火は、断末魔を上げる隙すら与えず、数十体のA級魔獣を一瞬にしてチリ一つ残さず焼き尽くした。

              

「はぁ、はぁ……」


 魔力と体力を使い果たした緋雪が、太刀を支えにその場にへたり込む。

 由鶴も、ドローンを回収しながら深く安堵の息を吐き出した。

 戦場には、無傷の民間人たちと、大剣を虚空に消滅させたゴーストだけが立っている。


「……ふふっ。見たでしょ、私の氷の道」

 緋雪は、息を切らしながらも、ゴーストを見上げて勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「私と由鶴のサポートがなきゃ、いくらあなたでも、もっと手こずってたはずよ。私たちは、絶対にあなたに負けないくらい強くなって……三神くんを、あなたのストーカー行為から守り抜いてみせるんだから!」


 氷のトップエースからの、強烈な宣戦布告。

 由鶴は、横で「緋雪、相手は特S級の化物なんだから挑発しないで……」と冷や汗を流している。

 一方のゴーストは。


(ストーカー行為から守り抜く……か。俺がその三神本人なんだけどな。でも、ここまで俺の日常を守るために身体を張ってくれるなんて、本当に良い人たちだ。特売の秋刀魚も、心なしか喜んでる気がする)


 見当違いの感心を抱きながら、ゴーストは冷たい死神の顔で、フッと優雅に微笑んだ。


「……好きになさい。あなたたちのちっぽけな意地、嫌いじゃないわ……あぁ、そうそう、コレが終わったら彼の家に行くといいわ、美味しいものが食べられるかもね」


 ゴーストは、それだけ言い残すと、自らの足元に伸びる影の中へと静かに沈み込んでいった。


「ッ……! 何よあの余裕ぶった態度! 絶対、私のこと子供扱いしてるわ!」


 緋雪が顔を真っ赤にして地団駄を踏む。


「緋雪、あれで怒ってないんだから、奇跡的ですよ……。でも、彼女の力……完全に規格外ですね。そして、私たちが彼女の意図に合わせられたのも事実。悔しいですが、彼女は『完璧な連携』を引き出すだけの戦術眼も持っている」


 由鶴が、震える手で眼鏡を押し上げながら呟く。

 白百合のエースたちは、ゴーストの圧倒的な力と、理不尽なほどの余裕に翻弄されながらも、次なる戦いへの闘志を燃え上がらせていた。


(よし、次は上野エリアだな。)


 漆黒のドレスを纏った絶望の死神は、夕飯の準備という何よりも重い使命を胸に抱き、次なる戦場である上野へと、影の海を高速で渡っていくのであった。

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