表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未登録の魔法少女  作者: 浅川


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/146

第十五話

 東京スカイツリーの先端。極寒の夜風が吹き荒れる摩天楼の頂で、大剣を足場に突き立てて座り込むゴーストは、千里眼の魔法を通して首都圏の戦況を俯瞰していた。

 横田基地でレガリアの主力である葦名芽衣と鈴木晴美が制圧されたという事実は、瞬く間に裏社会のネットワークを通じてレガリアの末端構成員たちにも知れ渡った。

 カリスマと圧倒的な武力を誇っていた幹部たちを失ったことで、首都圏の各地で破壊活動を行っていたレガリアの残党たちはパニックに陥り、完全に烏合の衆と化した。連携を失い、恐怖で逃げ惑う彼女たちを、首都圏の防衛に残っていた2曹から中尉までの階級を持つ協会所属の魔法少女たちが、警察や自衛隊と協力して次々と狩り立て、拘束していく。


(……街の方は、これでひと安心だな)


 ゴーストの中の零は、小さく息を吐き出した。

 首都の火の手は徐々に鎮火し、防衛線が崩壊して魔獣が市街地へ雪崩れ込んでくる気配もない。最悪の事態は回避された。

 ならば、残るは山間部の『深淵の揺り籠』だけだ。

 ゴーストは再び視神経の魔力を高め、数十キロ先の作戦エリアへと視線を集中させた。

 山間部の戦場では、まさに死闘の決着が着こうとしていた。

 姫嶋結衣と湯野麗香の展開する多重結界が、八つの首を持つ特級超えの巨大魔獣の動きを極限まで制限する。その僅かな隙を縫って、満身創痍のエース部隊が最後の力を振り絞っていた。


『——いっけええええッ!!』


 通信機越しに聞こえる只野真奈の絶叫。彼女が土の魔力で巨大なカタパルトを隆起させ、そこに飛び乗った新堂鈴乃と新飛鳥が、弾き出されるように魔獣の懐へと突進する。

 鈴乃の双剣が炎の竜巻となって魔獣の急所を抉り、飛鳥の槍が風のドリルとなって硬い鱗を貫く。魔獣が苦痛に身悶えし、反撃のブレスを吐き出そうとした瞬間、空から新実由鶴のドローン群が全魔力を込めた雷撃を魔獣の眼球に直撃させた。


『……凍てつけ!』


 そしてトドメとばかりに、羽衣緋雪が渾身の力を込めた日本刀を振り下ろす。

 絶対零度の斬撃が、魔獣の巨大な胴体を芯から凍らせ、生命活動を完全に停止させた。ピキピキと音を立てて巨大な氷像と化した魔獣は、自らの質量に耐えきれず、粉々に砕け散って黒い霧へと還元された。


「……やった」


 ゴーストは、思わず感嘆の声を漏らしそうになった。

 あの怪我を押しての出撃。何度も限界を超えながら、見事な連携で格上の怪物を討伐しきった彼女たちの執念。それは、称賛に値する素晴らしい勝利だった。

 これで、すべてが終わる。零は突き立てた大剣を抜き、アパートへ帰ろうと足元の影に視線を落とした。

 しかし。

 彼が安堵したその直後、山間部の空間が、ひび割れるような嫌な音を立てて悲鳴を上げた。


(——なっ!?)


 千里眼に映った光景に、ゴーストは息を呑んだ。

 エースたちが激闘を繰り広げていた大地が、突如としてすり鉢状に陥没したのだ。そして、開いた巨大な地割れの中から、先ほど討伐したばかりの「八つ首の大蛇」と全く同じ姿、同じ魔力規模を持った巨大魔獣が、もう一体這い出してきたのである。


『ウオオオオオオオオッ!!』


 天を震わせる咆哮が、山間部に響き渡る。

 深淵の揺り籠の「主」は、一体ではなかったのだ。


「嘘……でしょ……」


 山間部の最前線。泥と血にまみれ、膝をついていた緋雪は、絶望に満ちた声で呟いた。

 つい数秒前まで、勝利の余韻に包まれていた。折れた腕を庇う由鶴も、魔力切れで座り込む真奈も、誰もが安堵の息を吐いていた。

 しかし、目の前に現れた無傷の「二体目」の姿は、そんな彼女たちの希望を無惨に叩き割った。


『全隊、退避!! 結界班、最大出力で防御陣を再構築しなさい!!』 


 インカムから結衣大将の悲痛な命令が飛ぶが、もう誰の体にも魔力は残っていなかった。

 結衣や麗香の結界すら、先ほどの戦闘で完全に限界を迎えており、再構築には時間がかかる。


「逃げて、みんな……!」


 緋雪は折れかけた刀を杖代わりに立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、無様に泥の中へ倒れ込んだ。

 二体目の巨大魔獣が、八つの首を鎌首をもたげる。それぞれの口の奥で、炎、氷、雷、酸といった致死のブレスが眩く圧縮されていく。

 回避も、防御も不可能。

 自分たちは、ここで死ぬ。組織の看板も、エースの誇りも、この理不尽な暴力の前には何の意味も持たない。

 緋雪が、迫り来る死の閃光から目を逸らすように、きつく瞼を閉じた。

 ——その瞬間だった。


「空間断絶」 


 静かで、冷たい女性の声が、戦場に響いた。

 緋雪たちが死を覚悟した直前、彼女たちと巨大魔獣の間の空間が、まるで黒いインクを流し込んだようにグニャリと歪み、ぱっくりと割れた。

 放たれた八条の致死のブレスが、割れた空間の「闇」の中へとすべて吸い込まれ、爆発すら起こさずに虚無へと消え去る。


「え……?」


 緋雪が目を開けると、そこには信じられない光景があった。

 夜の闇を切り取ったかのような黒いマント。白と紫の魔装。そして、紫がかった漆黒のロングヘア。

 自分たちを助け、そして先日圧倒的な力で自分たちを叩き伏せた、未登録の魔法少女。


「ゴースト……!?」


 真奈が掠れた声で叫ぶ。

 なぜ、彼女がここにいるのか。首都圏でレガリアと交戦していたのではなかったのか。

 驚愕するエースたちを背に、ゴーストは一切振り向くことなく、ただ静かに巨大魔獣を見据えていた。


(マジで勘弁してくれよ……。せっかく綺麗に勝って終わると思ってたのに)


 ゴーストの中の零は、ひどくウンザリした気分で毒づいていた。

 せっかく出番を自重し、彼女たちの誇りを尊重して見守っていたというのに、あんな絶望的な伏兵が現れれば、助けに入らないわけにはいかない。

 とはいえ、相手は協会の大将クラスやエースたちが束になってようやく倒した特級超えの化け物だ。


(……サクッと終わらせて、とっとと帰る) 


 ゴーストは、背に負っていた漆黒の大剣を抜き放った。

 その瞬間、彼女の身体から立ち昇る魔力が、周囲の空気を震わせた。

 これまで彼女が使っていたのは、闇、炎、氷のいずれかの魔力だった。しかし今は違う。恩人である周防凛音から受け継いだ『氷炎』と、自身に宿る『闇』。その三つの相反する属性を、同時に大剣の刀身へと高密度で圧縮していく。


『ウガアアアアッ!』


 巨大魔獣が、本能的な危機感を覚えて八つの首を一斉にゴーストへと噛みつかせようと突進してくる。

 しかし、ゴーストは微動だにしない。


「——深淵の極光(アビス・アウローラ)


 ゴーストが大剣を一閃させた。

 放たれたのは、熱も冷たさも持たない、ただすべてを「無」へと還すような、極彩色に輝く漆黒の斬撃。

 斬撃は空間そのものを削り取りながら広がり、魔獣の八つの首を、そして巨大な胴体を、文字通り「存在しなかったこと」のように消滅させていった。

 断末魔の叫びすら上がらない。

 数秒前までそこに存在していた圧倒的な絶望は、ゴーストのたった一振りによって、跡形もなく掻き消されたのだ。


「あ…………」


 緋雪は、あまりの光景に声すら出なかった。

 自分たちが命を懸けて、限界を超えてようやく倒した怪物を、彼女はたった一撃で、息一つ乱さずに消し去ってしまった。

 これが、本当の『ゴースト』の力。底知れぬ魔力の深淵。

 大剣をカチャリと鞘に収めたゴーストは、沈黙したまま戦場に佇んでいた。

 魔獣の気配は完全に消え去り、山間部には不自然なほどの静寂が戻っている。


「……ゴースト」


 緋雪が、泥だらけの手を伸ばし、掠れた声で呼びかけた。

 首都圏でのレガリア制圧。そして、この絶体絶命の窮地での救済。彼女が味方であることは、もはや誰の目にも明らかだった。礼を言わなければならない。そして、協会として彼女とどう向き合うべきか、言葉を交わさなければならない。

 しかし。

 ゴーストは緋雪の声に反応することなく、ちらりと横目で背後のエースたちを一瞥しただけだった。

 その紫の瞳には、感情の色は一切浮かんでいない。ただ「無事ならそれでいい」とでも言うように。

 次の瞬間、ゴーストの足元の影が広がり、彼女の身体を飲み込んでいく。


「待って……! お願い、話を——」


 緋雪の悲痛な呼びかけも虚しく、ゴーストは一言も言葉を発することなく、空間の歪みと共に完全に姿を消した。

 残されたのは、圧倒的な力で救われたという事実と、助けに来た理由も語らずに去っていった亡霊の、強烈な余韻だけであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ