表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未登録の魔法少女  作者: 浅川


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/160

第十四話

『——繰り返す! 結衣大将、およびエース部隊が……全滅の危機に瀕しています!!』


 横田基地のスピーカーから響き渡る、オペレーターの悲痛な絶叫。

 その言葉は、凍りついていた戦場の空気を一気に別の緊迫感へと塗り替えた。基地の正門前で膝を突き、恐怖に震えていた葦名芽衣でさえ、目を丸くして山間部の方角を見つめている。


「全滅の……危機……? あのアメリカの実験体が言っていたのは、このことだったの……?」 


 芽衣が呆然と呟く。レガリアがこのタイミングで蜂起したのは、協会が大規模作戦で身動きが取れない隙を突くためだった。しかし、その作戦すらも飲み込むほどの絶望的な脅威が、協会の中枢を食い破ろうとしている。

 ゴーストは、大剣を振り上げた姿勢のまま、静かに紫の瞳を細めた。

 遙か遠く、数十キロ離れた関東郊外の山間部。夜空を分厚く覆う雲を突き破るように、禍々しい赤紫色の魔力の柱が天を衝いている。肌を刺すような冷たい瘴気は、ここ横田基地にまで風に乗って届いていた。特級クラスの魔獣など比較にもならない、次元の違う魔力圧だ。


(……エース部隊が、全滅の危機だと?)


 ゴーストの脳裏に、数日前に自分が重傷を負わせてしまった緋雪や真奈たちの顔が浮かぶ。

 完治していない身体に鞭を打ち、市民を守るために最前線へ赴いた彼女たち。その責任感の強さを知っているからこそ、零の胸の奥で焦燥感がチリッと焼け焦げた。


「ふふ、ふふふっ……! あははははっ!」 


 突如、芽衣が狂ったように笑い出した。


「いい気味ね! 協会のトップたちが全滅すれば、この国を守る盾は完全に消滅する! お前がここで私たちを止めようが、どのみちこの街は魔獣の餌食になって終わるのよ!」 


 芽衣は狂乱したように叫びながら、最後の力を振り絞って赤い鞭を振り上げた。

 しかし、ゴーストは視線を向けることすらしない。


「……黙りなさい」


 冷徹な声と共に、ゴーストは振り上げていた大剣の鞘の柄を、鞭が振り下ろされるよりも早く、芽衣の首筋へと叩き込んだ。

 最小限の動きと、正確無比な力加減。ゴクッ、と鈍い音が響き、芽衣は白目を剥いてアスファルトの上に崩れ落ちた。これで、横田基地を襲撃したレガリアのメンバーは全員が戦闘不能となった。

 ゴーストは静かに大剣を鞘に収め、振り返って自衛隊の防衛線を見つめた。

 漆黒の障壁の向こう側で、指揮官や隊員たちが息を呑んで彼女の行動を見守っている。


「彼女たちの身柄は、あなたたちに任せるわ。私の結界は、あと十分ほどで自然消滅する。それまでに拘束を済ませてちょうだい」


 女性特有の透き通るような声でそう言い残すと、ゴーストの足元の影が爆発的に膨張した。


「ま、待て! ゴースト!」


 指揮官が呼び止める声も虚しく、彼女の姿は空間の歪みと共に夜の闇へと完全に溶け込み、跡形もなく消え去った。

 残されたのは、満身創痍で倒れ伏すレガリアの魔法少女たちと、彼女たちを無傷で制圧してのけた絶対的な「亡霊」への畏怖だけだった。

 ゴーストは闇属性の『瞬間移動』を連続で発動させ、首都圏の夜空を跳躍していた。

 目指すのは、関東平野を俯瞰できる最も高い場所。

 数回の跳躍を経て、彼女のブーツが細い鋼鉄の足場を静かに踏みしめた。

 地上六百メートル。日本が誇る電波塔、東京スカイツリーの最上部——展望台を遥かに超えた、アンテナの先端部分である。

 猛烈な高空の夜風が、ゴーストの紫がかった漆黒のロングヘアと、マントを激しく煽る。一般人であれば、風の強さと高度の恐怖だけで気を失って転落するような極限の環境だ。しかし、魔法少女としての超人的なバランス感覚と魔力による重心制御を持つ彼女は、まるで平地の上に立っているかのように、微動だにせず夜の街を見下ろしていた。

 眼下には、宝石を散りばめたような東京の夜景が広がっている。レガリアの襲撃によって一部の区画から黒煙が上がっているものの、それ以外の場所では数千万の人々が、無自覚に平和な週末の夜を過ごしている光景が見て取れた。

 ゴーストは、冷たい風に目を細めながら、遠く山間部——『深淵の揺り籠』がある方角へと視線を向けた。

 彼女は紫の瞳に魔力を集中させる。闇属性の魔力で空間の屈折率を捻じ曲げ、視神経を極限まで強化する、千里眼にも似た魔法。

 数十キロ先の暗闇が、昼間のように鮮明な映像としてゴーストの網膜に結ばれた。


(……見えた)


 山間部の作戦エリアは、まさに地獄絵図だった。

 無数の魔獣の死骸が山を成し、森は黒炎と氷に覆われている。そして、その中心で暴れ回っているのは、八つの頭を持つ巨大な大蛇のような未知の魔獣だった。特級を遥かに超える魔力量。一本一本の首が異なる属性の息を吐き出し、協会の防衛線を次々と粉砕している。

 パニックに陥ったオペレーターが「全滅の危機」と叫ぶのも無理はない惨状だ。

 しかし。

 戦況の細部までを魔力探知で読み取った零は、小さく息を吐き出した。


(……なんだ。オペレーターの早とちりか) 


 確かに部隊は損害を受けており、倒れている一般の魔法少女たちの姿も散見される。しかし、決して『壊滅』はしていなかった。

 巨大魔獣の猛攻を正面から受け止めているのは、日本支部総司令官・姫嶋結衣と副会長・湯野麗香が展開する、強固な多重結界だ。結界はヒビ割れながらも、決して魔獣の突破を許していない。

 そして、その結界を盾にして、満身創痍のはずのエース部隊が驚異的な粘りを見せていた。

 新堂鈴乃が双剣から放つ炎の竜巻が大蛇の一つの首を焼き切り、新実由鶴のドローンが的確な雷撃で魔獣の視界を奪う。新飛鳥が風の槍で魔獣の気を引き、只野真奈が巨大な土の防壁を隆起させて仲間を魔獣の酸の息から庇っている。

 そして、その攻防の要となっているのは、羽衣緋雪だった。

 彼女は片膝をつき、息を荒らげながらも、日本刀の魔装から絶対零度の吹雪を放ち続け、巨大魔獣の動きを確実に鈍らせている。

 彼女たちの顔に絶望はない。あるのは、市民を守るという確固たる意志と、組織の看板を背負うプロフェッショナルとしての誇りだけだった。


(……すごいな)


 零は、内心で素直な称賛の念を抱いた。

 一人一人の純粋な戦闘力なら、おそらく自分の方が上だろう。しかし、あのような巨大な脅威に対して、仲間を信じ、連携を保ち、誰一人見捨てることなく立ち向かう彼女たちの姿は、孤軍奮闘しか知らない零には眩しく見えた。


(あそこは、俺の出る幕じゃない)


 零は、大剣の柄からそっと手を離した。

 もし今、自分が助けに行けばどうなるか。

 強力すぎる闇の魔力は、結衣たちが緻密に構築している防衛結界のバランスを崩してしまうかもしれない。自分のイレギュラーな動きが、エースたちの洗練されたフォーメーションを乱し、隙を生んでしまう可能性が高い。

 何より、協会は依然として自分を捕獲対象として見ている。魔獣との死闘の最中に「違法な魔法少女」が乱入すれば、指揮系統に不要な混乱をもたらすだけだ。

 彼女たちは、強い。自分に傷を負わされ、万全の状態ではないにもかかわらず、あの巨大魔獣を確実に削り、追い詰めている。

 プロフェッショナルな彼女たちを信じる。それが、休日の昼間に「大規模攻勢には参加しない」と決めた零の、変わらぬ結論だった。 


「……でも、油断はできないわね」


 ゴーストは、女性の口調で夜風にぽつりと呟いた。

 エース部隊が巨大魔獣を討伐したとしても、数万規模の魔獣の群れ(スタンピード)のすべてを山間部に押し留められるとは限らない。巨大魔獣との戦闘の余波で防衛線の一部が崩れ、はぐれた魔獣の群れが首都圏へ向けて流出してくる可能性は十二分にある。

 さらに、レガリアの残党がまだ街に潜伏しているかもしれない。先ほどの襲撃で、自衛隊や警察の防衛能力は著しく低下している。


(もし、魔獣の群れが街へ降りてきたら。もし、この灯りが脅かされるような事態になったら……誰かが、ここで食い止めなきゃいけない)


 零は、足元に広がる光の海を見下ろした。

 家族と笑い合う人々、恋人と身を寄せる若者たち、残業で疲れた顔をして歩くサラリーマン。アニメグッズを買い漁るオタクたち。

 この何気ない、尊い日常。

 それを守るために、協会の魔法少女たちは山で血を流している。ならば自分は、彼女たちが取りこぼした「最悪」をすべて刈り取るための、最後の盾となろう。

 ゴーストは、背に負っていた漆黒の大剣を抜き放ち、スカイツリーの足元の鋼鉄に真っ直ぐに突き立てた。

 カンッ、と澄んだ音が夜空に響く。

 彼女は突き立てた大剣の柄に両手を乗せ、その場に静かに片膝を立てて座り込んだ。

 日本で最も高い場所。

 下界の喧騒は届かず、ただ冷たい風の音だけが支配する極限の孤独。

 しかし、零の心に迷いや寂しさはなかった。


(俺は、ここにいる。お前たちの街は、俺がここから見張っている)


 ゴーストの紫の瞳が、レーダーのように首都圏の全域と、山間部の戦端を同時に監視し続ける。

 協会のデータベースには存在しない。テレビの画面の中で好奇の目に晒されようとも、本当の正体は誰にも知られていない。

 それでも構わない。

 恩人である周防凛音が愛し、命を賭して守り抜いたこの世界を、自分なりのやり方で守り続ける。

 星一つない分厚い雲の下、摩天楼の頂に座す美しき亡霊。

 彼女は首都圏の空を護る『絶対の防衛線』として、夜が明けるその時まで、たった一人で漆黒の魔力を研ぎ澄ませていた。交差する人々の思いと、近づく本当の決戦の足音を、その冷たい耳で静かに聴きながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ