第十三話
「ナメるなアァァッ! たかが一人の野良が、アタシたち全員を相手にできると思うなよ!」
静寂を破ったのは、晴美の怒号だった。
彼女が巨大な鉄球を地面に叩きつけると、アスファルトが波打つように隆起し、無数の鋭い岩の槍となってゴーストへ襲い掛かる。それに呼応するように、他のレガリア構成員たちも一斉に魔力を解放した。
炎の嵐、真空の刃、電撃の矢。
十数人の魔法少女による飽和攻撃。その余波だけで、周囲の街路樹や廃車が消し飛び、爆発の閃光が夜空を昼間のように照らし出す。
「うおぉぉっ!?」
「防壁の陰から出るな!!」
ゴーストの背後にいる自衛隊員たちが、本能的な恐怖から悲鳴を上げて身をすくませた。
彼らへ向けても、流れ弾となった魔法の余波が容赦なく降り注ぐ。しかし、ゴーストが展開した『漆黒の障壁』に触れた瞬間、あらゆる属性の魔法がジュッと音を立てて消失し、爆風すらも完全に遮断されていた。
後ろを振り返ることすらなく、ゴーストはただ指先一つ動かさずに、自衛隊員たちを完璧に守り抜いているのだ。
「……五月蝿いわね」
爆発の煙塵を、冷たい氷の風が吹き飛ばした。
中心に立つゴーストは無傷。彼女の周囲だけ、季節外れの絶対零度の吹雪が渦巻いている。
かつての英雄・周防凛音から受け継いだ『氷』の魔力だ。
「なっ……アタシたちの魔法が、全部凍りついて……!?」
驚愕に目を見開くレガリアの魔法少女たち。
ゴーストは静かに息を吐き出し、氷の魔力を大剣の刀身に纏わせた。
「あなたたちの罪は、力を持たない者から日常を奪おうとしたことよ。……その報いは、きっちり身体で払ってもらうわ」
言葉と同時に、ゴーストの姿が陽炎のようにブレて消失した。
闇属性の『瞬間移動』。
「消え——」
最前列にいた風属性の少女が声を上げるより早く、その真横の空間が割れ、ゴーストが顕現した。
ゴーストは刃のついていない大剣の『平』の部分を、少女の腹部に向けて全力で振り抜いた。
ドゴォォォンッ!!
強固な魔力障壁ごと、少女の身体がくの字にへし折られる。肋骨が何本も砕ける鈍い音が響き、彼女は血反吐を撒き散らしながら数十メートル後方の廃ビルへと弾き飛ばされ、壁に深々とめり込んで気を失った。
「ヒッ……!?」
「囲め! 囲んで撃て!!」
パニックに陥ったレガリアのメンバーが四方からゴーストに殺到する。
だが、ゴーストの紫の瞳には一切の焦りはない。彼女は氷の魔力を足元から爆発的に広げた。
「——氷結領域」
ピキキキィィッ! という鋭い音と共に、ゴーストを中心とした半径五十メートルの地面が瞬時に凍結する。
接近しようとした数人の魔法少女たちが、足元から急速に這い上がる氷に捕らわれ、身動きを封じられた。
「ああっ、動けない!?」
「私の炎で溶か——」
炎の魔力で氷を砕こうとした少女の眼前へと、ゴーストは再び瞬間移動で跳躍した。
今度は、大剣の刀身に底知れぬ『闇』を纏わせている。
「——深淵の牙」
大剣が斜めに振り下ろされる。
ゴーストの闇の刃は、少女の魔装と結界だけを豆腐のように切り裂き、その下の肉体には致命傷を与えないよう、寸分の狂いもなく斬撃の威力をコントロールしていた。
しかし、結界を強制解除され、皮膚を浅く斬り裂かれた激痛と、闇の魔力による精神的な重圧に耐えきれず、少女は悲鳴を上げて白目を剥き、その場に崩れ落ちた。
「ひぃぃっ……化け物……!」
「逃げろ! こんな奴、勝てるわけがない!」
圧倒的な力量差を前に、レガリアの数人が戦意を喪失し、背を向けて逃げ出そうとする。
だが、ゴーストはそれを許さない。
「逃がさないと言ったはずよ」
ゴーストが左手を天にかざすと、空中に無数の『黒炎』の球体が現れた。
熱も光も持たない、ただ触れたものを虚無へと焼き尽くす漆黒の炎。それは意思を持っているかのように逃げ惑う少女たちを追尾し、彼女たちの背中に容赦なく着弾した。
「ぎゃあああああっ!!」
黒炎は彼女たちの魔力を急速に燃やし尽くし、全身に重度の火傷を負わせる。命に別状はないが、二度と協会や自衛隊に歯向かおうとは思えないほどの、魂に刻み込まれるような激痛と恐怖。
一人、また一人と、レガリアの魔法少女たちが血と焦げ跡にまみれ、アスファルトの上で呻き声を上げて転がっていく。
殺さない。だが、徹底的に破壊する。
それが、怒れる『亡霊』の戦い方だった。
「クソッ、クソがあぁぁッ!!」
仲間の無惨な姿に、晴美が完全に理性を飛ばして突撃してきた。
自身に土属性の魔力を限界まで注ぎ込み、全身を岩の装甲で覆う。そして、自身の数倍の質量に膨れ上がった鉄球を、ゴーストの頭上から全力で叩き下ろす。
「死ねェッ!!」
「……遅い」
ゴーストは躱さなかった。
真っ向から大剣を振り上げ、晴美の鉄球を迎え撃つ。
激突の瞬間、ゴーストの大剣から『氷』と『炎』、そして『闇』の三属性が完全に融合した、混沌とした魔力の奔流が噴き出した。
パァァァンッ!!
晴美の誇る巨大な鉄球が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。
それだけではない。衝撃波は晴美の岩の装甲を木端微塵に吹き飛ばし、彼女の巨体を空中へと跳ね上げた。
「が、はっ……!?」
空中で無防備になった晴美の腹部に、ゴーストのハイキックが的確に突き刺さる。内臓が破裂しそうな衝撃に、晴美は血の混じった胃液を吐き出しながら地面に叩きつけられ、二度と動かなくなった。
戦闘開始から、わずか数分。
横田基地の正門前に立ち塞がっていた十数人のレガリア構成員は、今や芽衣を残して全員が血の海に沈み、満身創痍で戦闘不能に陥っていた。
「…………嘘、でしょ」
ただ一人残された芽衣は、ガタガタと震える足で後ずさりした。
妖艶な余裕など、もうどこにもない。手にした赤い鞭が、恐怖で情けなく垂れ下がっている。
血の池と、倒れ伏す仲間たちの中央。
そこに立つゴーストは、返り血一滴浴びていなかった。豪奢な白と黒の魔装は夜風に美しく翻り、紫の瞳はゴミを見るような冷ややかさで芽衣を見据えている。
「さて。上位存在とやらが、どうしてそんなに震えているのかしら?」
ゴーストは、大剣の切っ先をチャリッとアスファルトに擦りながら、ゆっくりと、死神のような足取りで芽衣へと近づいていく。
「ひっ、来ないで……! 来ないでよッ!」
芽衣が半狂乱になって炎の鞭を振り回すが、ゴーストは歩みを止めない。鞭がゴーストの体に触れる前に、周囲を漂う冷気が炎を相殺してしまう。
そして、ゴーストの背後。
漆黒の障壁の内側にいる自衛隊の指揮官や隊員たちは、ただ唖然としてその光景を見守ることしかできなかった。
自分たちを、指一本触れさせずに守り抜く絶対的な盾。
そして、軍隊ですら歯が立たなかった化け物たちを、たった一人で、赤子をひねるように蹂躙していく漆黒の刃。
彼らは今、本当の意味での『上位存在』というものを、畏怖と畏敬の念をもって目撃していた。
「あ……ああ……」
完全に心を折られた芽衣は、ついに膝から崩れ落ち、アスファルトに手をついた。
ゴーストは芽衣の眼前に立ち止まると、冷酷な宣告を下すように大剣を高く振り上げた。
(これで……終わりだ!)
内なる零の意志が、引導を渡すべく振り下ろされようとした、その瞬間だった。
『——警告! 大規模攻勢作戦エリアにて、想定外の事態発生!』
突如として、横田基地の敷地内に設置されていた緊急用の屋外スピーカーから、魔法少女協会本部のオペレーターの悲痛な叫び声が鳴り響いた。
『「深淵の揺り籠」の最深部より、特級を超える未知の魔獣が出現! 前線部隊、防衛線を突破されました! ……繰り返す! 結衣大将、およびエース部隊が……全滅の危機に瀕しています!!』
ピタリ、と。
ゴーストの大剣が、芽衣の首筋のわずか数センチ手前で空中で静止した。
紫の瞳が、驚愕に見開かれる。
(エース部隊が……全滅の危機……!?)
芽衣への断罪すら忘れ、ゴーストはバッと、遠く山間部の空——作戦エリアの方角へと視線を向けた。
そこには、首都圏の夜空すらも禍々しい赤紫に染め上げるほどの、桁外れで絶望的な魔力の柱が立ち昇っていた。




