第十二話
夕闇が迫り、黒煙に包まれた首都圏の空を、一筋の漆黒が矢のように駆け抜けていた。
(……間に合ってくれ……!)
ゴーストの姿に変身した三神零は、闇の瞬間移動を連続で発動させながら、西の空へと急行していた。
彼の網膜に投影されているのは、先ほどニュース番組をジャックする形で大々的に世界へ配信された、犯罪組織レガリアからの『予告状』の映像だった。
『フフッ、無力な人間ども。魔法の力、とくと味わっていただけたかしら?』
映像の中で、燃え盛る自衛隊車両を背に、葦名芽衣が妖艶に笑っていた。
『次なる標的は、あなたたちの誇る軍事力の象徴——横田基地よ。せいぜい鉄くずを並べて、私たちが到着するのを震えて待っていなさいな』
横田基地。自衛隊と在日米軍が共同で使用する、首都圏防空の要である。
あのような大規模な軍事施設でレガリアの魔法少女たちが暴れ回れば、基地の機能が停止するだけでなく、迎撃に出た隊員たちに甚大な死傷者が出てしまう。
通常兵器では、魔法少女の強固な結界を破ることはできない。第三駐屯地での一方的な蹂躙劇を見れば、人間側がどれほど無力であるかは火を見るより明らかだった。
(アイツらは、魔法少女の力をただの殺戮と破壊の道具にしている。……そんなこと、絶対に許さない)
零は奥歯を噛み締め、さらに魔力を練り上げて跳躍の速度を上げた。
一方、横田基地の正門前。
厳戒態勢が敷かれたゲートの前には、装甲車が壁のように並べられ、完全武装の自衛隊員たちがアサルトライフルや重機関銃を構えて防衛線を構築していた。
しかし、引き金に指をかける隊員たちの顔には、隠しきれない絶望と恐怖が張り付いていた。
「……来やがったぞ」
最前線で双眼鏡を覗いていた現場指揮官が、震える声を漏らした。
夕闇の向こう側、ゴーストタウンと化した無人の大通りを、十数人の少女たちが悠然と歩いてくる。
赤い魔装に身を包んだ芽衣、巨大な鉄球を肩に担いだ晴美をはじめとする、レガリアの魔法少女たちだ。重武装の軍隊を前にしているというのに、彼女たちの顔にはピクニックにでも来たかのような余裕の笑みが浮かんでいる。
「あーあ、いっぱい並べちゃって。あんなオモチャ、私の鉄球一発でスクラップなのにねぇ」
「油断はしないことよ、晴美。……さあ、人間どもに魔法の絶対的な力を教えてあげなさい」
芽衣の合図と共に、レガリアの魔法少女たちが一斉に魔力を展開した。
炎、氷、風、土。色とりどりの危険な光が、夕闇の街を不気味に照らし出す。
「ひっ……!」
「構えろッ!!」
自衛隊の指揮官が、恐怖を振り払うように怒号を上げた。
撃てば、確実に魔法の反撃を食らって部隊は全滅する。だが、ここで撃たなければ基地の中枢まで一気に蹂躙される。後退の許されない絶対の死地。
「総員、交戦——」
指揮官が、絶望的な「撃て」の指示を叫ぼうと大きく息を吸い込んだ、まさにその時だった。
「——そこまでよ」
凛とした、しかし周囲の空気を一瞬で凍りつかせるほどに冷たい女性の声が、戦場に響き渡った。
交戦指示が下る直前。自衛隊の防衛線と、進軍してくるレガリアの陣形のちょうど中間地点。そこの空間が、まるで水面にインクを落としたようにグニャリと歪んだ。
「な、なんだ……!?」
自衛隊員たちが目を見張る前で、歪んだ空間から「漆黒」が弾け飛んだ。
夜の闇をそのまま切り取ったような黒いマントを翻し、白と紫の豪奢な魔装に身を包んだ美しい少女——ゴーストが、アスファルトの上に音もなく降り立ったのだ。
彼女は自衛隊側に背を向け、レガリアの集団を真正面から見据える形で立ち塞がった。
「ゴースト……!? なぜ、あいつがここに!」
指揮官が驚愕の声を上げる。
数時間前のニュースで、レガリアと敵対し華麗な戦闘を見せていた未登録の魔法少女。彼女がなぜ、自衛隊の防衛線の前に立ち塞がっているのか。
「……下がっていなさい」
ゴーストは、背後にいる自衛隊員たちに向けて、顔を向けずに静かに告げた。
「あなたたちの兵器では、彼女たちの結界は抜けない。無駄な血が流れるだけよ。ここは、私が引き受けるわ」
その言葉と同時に、ゴーストの足元から濃密な闇の魔力が溢れ出し、自衛隊の防衛線をすっぽりと覆い隠す巨大な「漆黒の障壁」へと変化した。
それは、レガリアの魔法攻撃から無力な人間たちを守るための、絶対的な盾だった。
「お前っ……! 休日の昼間に逃げたくせに、またアタシたちの邪魔をする気か!」
晴美が鉄球を振り回し、怒りに顔を歪める。
芽衣もまた、妖艶な笑みを消し、赤い鞭を強く握りしめてゴーストを睨みつけた。
「理解できないわね。あなたほど強大な魔力を持った存在が、なぜ人間に媚びて、人間の盾になろうとするの? 私たちは魔法少女よ。この世界を統べるべき上位存在なのよ!」
「……上位存在、ね」
ゴーストは、ひどく冷ややかな、蔑むような声で吐き捨てた。
「ただの力に溺れて、弱い者を甚ぶるだけの存在が上位を気取るなんて、笑わせないでちょうだい。……あなたたちのその腐った優越感ごと、私がここで叩き潰してあげる」
ゴーストが背に負っていた漆黒の大剣に手をかける。
ジャキッ、と重厚な金属音が響き、これまで決して鞘から抜かれることのなかった刃が、ついに夜の空気に触れた。
周囲の光をすべて吸い込むような、底知れぬ闇を纏った巨大な剣。その切っ先がレガリアの十数人に向けられた瞬間、芽衣や晴美を含めた全員の背筋に、本能的な死の悪寒が走った。
(殺しはしない。だが、二度と立ち上がろうと思えないほどの『絶望』を刻み込んでやる)
内心で零としての怒りを燃やしながら、ゴーストは静かに腰を落とし、構えをとる。
大規模攻勢作戦でエース部隊が不在の首都圏。
自衛隊を背に庇い、たった一人で犯罪組織の軍勢と対峙する未登録の魔法少女の姿は、防衛線の奥に設置された基地の監視カメラを通して、魔法少女協会の中枢へともリアルタイムで配信されていた。




