第十一話
首都圏の郊外に位置する、陸上自衛隊・駐屯地の正門前。
普段は厳重な警備が敷かれているその場所は今、けたたましいサイレンの音と、もうもうと立ち昇る黒煙に包まれていた。
「あははっ! 脆い、脆いねぇ! 鉄くずのオモチャじゃ、アタシの魔力には傷一つつけられないよ!」
棘のついた巨大な鉄球を軽々と振り回し、豪快に笑い声を上げているのは、犯罪魔法少女組織『レガリア』に所属する鈴木晴美だった。
彼女が土属性の魔力を込めて鉄球を叩きつけるたびに、自衛隊の誇る装甲車がまるでアルミ缶のようにひしゃげ、吹き飛んでいく。
「総員、撃てェッ!!」
防弾盾を構えた自衛隊員たちから、一斉にアサルトライフルの銃弾が放たれる。しかし、無数の弾丸は、晴美とその後ろに立つ赤い魔装の女——葦名芽衣の数メートル手前で、見えない魔力障壁に阻まれてパラパラと地面に落ちた。
物理法則に縛られた通常兵器では、魔法少女の強固な結界を破ることはできない。それは、魔獣と戦うために与えられた「神の力」とも呼べる絶対的なアドバンテージだった。
「無駄な抵抗はおやめなさいな。あなたたちの貧弱な火器じゃ、私たちの魔力障壁は破れないわ」
芽衣が妖艶な笑みを浮かべながら、手にした赤い鞭を軽く振るう。
鞭は蛇のように伸び、炎の魔力を伴って自衛隊員たちの防弾盾ごと彼らを薙ぎ払った。死人は出ないように手加減はしているものの、その暴力的なまでの力の差は歴然としていた。
レガリア——魔法少女協会に属さず、裏社会で暗躍する犯罪組織。
そこに所属する魔法少女たちの多くは、元々は協会に正規所属し、魔獣討伐の最前線で戦っていた者たちだ。芽衣も晴美も、協会のデータベースには「元・少尉から大尉ランク魔法少女」としてかつての登録データが残されている。
しかし、彼女たちは様々な理由で協会を離反した。
命懸けで魔獣と戦いながら、無力な一般市民の盾として使い捨てられる日々に絶望した者。自らの強大な力に魅入られ、欲望のままに生きることを選んだ者。
行き着いた先が、レガリアの掲げる『魔法至上主義』だった。
「なぜ、私たち選ばれた魔法少女が、こんな無力な人間どもの言いなりになって命を張らなきゃいけないの? 愚かな人間を管理し、私たちが世界の頂点に立つ。それが自然の摂理というものでしょう?」
芽衣は倒れ伏す自衛隊員たちを見下ろし、冷酷に言い放つ。
魔獣から世界を守るのではなく、人間から世界の覇権を奪い取る。それがレガリアの目的であり、政府施設や自衛隊といった「国家の武力」を標的にして破壊活動を繰り返す理由だった。
「しっかし、笑いが止まんないねぇ! あの大規模作戦のおかげで、首都圏の防衛はスッカスカだ!」
晴美が鉄球を肩に担ぎ直し、舌なめずりをした。
彼女たちのこの襲撃は、単なる思いつきではない。魔法少女協会・日本支部が、数万規模の魔獣の巣「深淵の揺り籠」を殲滅するために大規模攻勢を発動した、まさにその隙を突いた周到な計画だった。
「ええ。結衣大将も麗香中将も、エース部隊も、今頃は山の中で泥にまみれて魔獣の相手をしているわ。その間に、私たちはこの国の首都中枢を破壊し、街の人間どもに『誰が本当の支配者か』を教えてあげるのよ」
芽衣と晴美の背後には、同じくレガリアに所属する十数人のならず者魔法少女たちが、破壊の衝動に目をギラつかせて控えていた。
自衛隊駐屯地を完全に無力化した彼女たちは、次なる標的——無防備となった市街地と、政府の重要施設へと歩みを進め始めた。
同時刻。大規模攻勢作戦の前線基地。
『——緊急事態! 首都圏の第三駐屯地が、レガリアの襲撃により陥落! 現在、複数のレガリア構成員が市街地および政府中枢に向けて進軍中です!』
大型のホログラムモニターに映し出された最悪の報告に、作戦指揮を執っていた姫嶋結衣大将は、血の気が引くのを感じた。
「レガリア……っ! よりによって、全戦力をこの『深淵の揺り籠』に注ぎ込んでいるこのタイミングで……!」
傍らの湯野麗香中将が、タブレット端末を強く握りしめる。
「完全に計られましたね。彼女たちには元協会所属としての戦術知識がある。我々が大規模作戦で動けない隙を的確に狙ってきたのでしょう」
「首都圏の予備戦力は!?」
「ほとんど残っていません。防衛部隊の数名が抵抗を試みていますが、芽衣や晴美といった元Bランク以上の実力者たちを止めるには、圧倒的に戦力が不足しています」
結衣はモニターに映る二つの戦況図を交互に見つめた。
片方は、今まさに羽衣緋雪たちエース部隊が死闘を繰り広げている魔獣の巣。ここで少しでも戦力を引き抜けば、数万の魔獣が防衛線を突破し、首都圏に雪崩れ込む。
しかし、もう片方の首都圏では、レガリアの手によって街が蹂躙され、市民の命が危険に晒されようとしている。
究極の二択。どちらを選んでも、甚大な被害は免れない。
「……大将。エース部隊の一部を、首都圏に引き返させますか?」
麗香の苦渋に満ちた問いに、結衣は唇を噛み締め、首を横に振った。
「いいえ。緋雪大佐たちはまだ怪我が完治していない状態で、命を削って魔獣の群れを食い止めてくれています。ここで前線の戦力を削げば、スタンピードが起きてすべてが終わります」
結衣は、司令官としての悲壮な覚悟を瞳に宿した。
「首都圏の防衛は、残存部隊と警察・自衛隊にすべてを託します。私たちは、この目の前の魔獣を全滅させることだけに集中しなさい!」
その頃。
秋葉原から自室のアパートに戻っていた三神零は、買ってきたカードの整理も手につかず、テレビのニュース画面を食い入るように見つめていた。
大規模攻勢の中継特番が、突如として『首都圏でのテロ攻撃発生』の速報へと切り替わったのだ。
『繰り返します! レガリアと名乗る魔法少女の武装集団が、自衛隊施設を破壊し、現在市街地へと侵攻中! 付近の住民は直ちに地下シェルターへ避難してください!』
上空からのヘリ映像には、車がひっくり返り、ビルから黒煙が上がる市街地の様子が映し出されていた。
画面の端で、赤い鞭を振るう芽衣と、鉄球で建造物を破壊する晴美の姿が見える。
(アイツら……!)
零は拳を強く握りしめた。
協会が魔獣討伐に全力を挙げている隙を突いた、卑劣なテロ行為。
魔法の力を持たない一般市民や自衛隊では、彼女たちの暴力に抗う術はない。そして、緋雪たちエース部隊は今、山の中で魔獣の群れと死闘を演じており、街に戻ってくることはできない。
このままでは、街が破壊される。
無辜の人々が、理不尽な力によって傷つけられる。
『……私は、誰も奪いたくないの』
あの日、緋雪たちに向けた自分の言葉が脳裏に蘇る。
誰も奪いたくない。それは、自分自身の手で奪わないというだけでなく、誰かの手が大切な日常を奪おうとするのを、見過ごすことなどできないという強い意志でもあった。
「……行くしかないか」
零は小さく息を吐き出し、デスクの椅子から立ち上がった。
協会の作戦の邪魔になるから出ない、と決めていた。しかし、魔獣ではなく「人間」がこの街を壊そうとしているのなら、話は別だ。
魔法少女の力を持たない人々を守るために、法を無視してでも立ち向かう。それこそが、未登録の魔法少女の存在意義なのだから。
零は胸のペンダントを強く握りしめ、静かに目を閉じた。
「——変身」
少年の身体を、深い闇の魔力が包み込む。
紫がかった漆黒の髪と瞳、そして白と黒の魔装を纏った『ゴースト』は、破壊と恐怖に包まれた街を救うため、開け放たれた窓から夕闇の空へと跳躍した。




