第百四十七話
秋晴れの心地よい昼休み。
三神零は、自分の席で手作りの弁当箱を開け、一息ついていた。
「零! 大変だ!!」
教室のドアを乱暴に開け、クラスメイトの友人である稔が血相を変えて駆け寄ってきた。
稔は、魔法少女の熱狂的なファンであり、関連グッズやネットの情報に異常なほど詳しい、いわゆる「魔法少女オタク」である。
「どうした、稔。そんなに慌てて」
「お前、公式の発表見たか!? 『マホクロ』だよ!」
稔がスマホの画面を突きつけてくる。
『魔法少女クロニクル』——通称『マホクロ』。それは、魔法少女協会が公式スポンサーとして展開している大人気のトレーディングカードゲームであり、零自身もプレイヤーとして密かに嗜んでいるコンテンツだった。
「公式発表……うわ、マジか」
零はスマホの画面を見て、思わず声を漏らした。
「協会から独立して『白百合の盾』を立ち上げた羽衣大佐たちのカード、全部生産終了……絶版になるのか」
「そうだ! 俺、羽衣大佐のシークレットレア、まだ引けてなかったのに……! 今やフリマアプリじゃ価格が十倍以上に高騰してるんだぞ! 小遣いじゃ絶対に買えねえ!」
稔は頭を抱え、絶望的な声を上げた。彼は緋雪たちが協会を抜けた今でも、彼女たちへの敬意(とオタク特有のこだわり)から「羽衣大佐」「弓大尉」と、協会所属時の階級で呼んでいる。
「俺も水属性と長柄武器の混合デッキで、羽衣大佐と弓少佐のカードをメインで使ってるんだけどな……。これ、公式の大会でレギュレーション落ち(使用禁止)になったりしないよな?」
「今のところは使用可能みたいだけど、先のことは分からねえ。……でも、現実の勢力図を見れば、協会が彼女たちを公式グッズから締め出すのも無理はないぜ」
稔は前の席の椅子を反転させて座り込み、いかにも評論家ぶった顔で腕を組んだ。
「最近、ニュースやSNSの現地映像を見てると、魔獣が出現した現場に駆けつけるのは、協会より圧倒的に『白百合の盾』の方が多いんだ。協会が新しく任命したエース部隊も動いてるみたいだけど、対応の早さも、被害を抑える手際も、完全に白百合の方が上だ」
「……へえ」
「そりゃ、全国に支部がある協会の方が、頭数や全体的な戦力規模で見ればまだまだ圧倒的だ。でも、現場での『個人戦力』って面で見れば、現役のトップエースだった羽衣大佐や只野大尉をごっそり引き抜いて独立した『白百合の盾』に完全に軍配が上がる。世論も完全に白百合寄りだぜ」
零は、箸を進めながら静かに頷いた。
(緋雪さんたち、独立してからも頑張ってるんだな。昨日も商店街で身を挺して民間人を守ってたし……。やっぱり、真っ直ぐでいい人たちだ)
「でもさ」
稔が、ふと声を大にして身を乗り出してきた。
「昨日の一番のニュースは、何と言っても『ゴースト』だろ!」
ピタッ、と。
零の箸が止まった。
未登録魔法少女『ゴースト』。
彼女の存在は、度重なる大規模戦闘への介入により、今や一般人の間でも広く知れ渡っている。特に昨日の広場や商店街での戦闘は多くの民間人に目撃されており、ネットのトレンドは彼女の話題で持ちきりだった。
「真っ黒なドレスに、白磁みたいな肌、そして神秘的な紫の瞳! 素顔を晒したあの死神みたいな魔法少女が、A級魔獣の群れを指先一つで一瞬にしてチリに変えた映像、お前もニュースで見たろ!?」
稔は興奮を隠しきれない様子で身振り手振りを交える。
「マホクロでもゴーストのカードはシークレット枠ですでに出てるけど、昨日の今日で買取価格がとんでもないことになってるぞ! 現実のゴーストがヤバすぎて、ただでさえ環境トップクラスだったのに、無詠唱で三属性同時展開なんてトンデモ技まで見せちゃったからな。運営があの能力を再現した『ぶっ壊れ性能』の新規カードを出すんじゃないかって、界隈はお祭り騒ぎだぜ!」
「……あ、あはは。そうだな。俺も初期のやつを一枚持ってるけど、そんなに高騰してるのか」
零は、引きつった笑いを浮かべながら適当に相槌を打った。
(俺の行動が、現実の勢力図だけじゃなくて、カードゲームの相場にまで影響を与えてるのか……。まさか自分の新規カードの性能予測で界隈が盛り上がってるとは思わなかった)
「協会も白百合も、あのゴーストをどう扱うかで今後の運命が決まるだろうな。俺としては、羽衣大佐たちと共闘してほしいところだけど……」
稔が熱く語り続けていると、不意に予鈴のチャイムが鳴り響いた。
「げっ! やべえ、午後から小テストじゃん! カードの価格チェックしてる場合じゃねえ!」
「ほら、さっさと席に戻れよ。赤点取ったら、休日にカードショップ巡りできなくなるぞ」
慌てて自分の席に戻り、教科書を開き始める稔を見送りながら、零は小さくため息をついた。
(……目立ちすぎるのも考えものだな。でも、魔獣が現れ続ける以上、戦わないわけにはいかないし……)
世界を二分する魔法少女の勢力争いも、自分自身のカードゲームのデッキ構築も。
ただの男子高校生であり、特S級の未登録魔法少女でもある三神零の周囲は、少しずつ、しかし確実に騒がしさを増していくのであった。




