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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第百四十六話

 魔法少女協会・日本支部本部の最上階。

 豪華な支部長室は、今や完全な「お通夜」のような重苦しい沈黙に支配されていた。


「……捕獲が、不可能だと言うのですか?」


 新支部長である宮田理恵子は、苛立ちを隠しきれない声でデスクを叩いた。

 彼女の目の前には、先日「未登録魔法少女ゴースト」の捕獲任務に赴いたばかりの新エース部隊の四人が、膝をついてうなだれている。彼女たちの顔には、かつての傲慢さや自信は微塵もなく、ただ純粋な「絶対的な恐怖」だけが色濃く刻み込まれていた。


「不可能、です……。あれは、我々がどうこうできる次元の存在ではありません」


 新・水のエースである矢島スズが、生気のない瞳をさらに虚ろにさせながら震える声で報告した。


「彼女が無意識に放っている常軌を逸した魔力障壁の前に、我々の全力の複合魔法は、ドレスの裾に触れることすら叶わずにかき消されました。そして何より……」


「何より、あの化物は……圧倒的すぎました」


 新・炎のエース、林道沙也加が屈辱に唇を噛み締めながら続ける。


「詠唱破棄で相反する三属性を同時展開し、A級相当の魔獣八体を一瞬でチリに変えたのです。しかも、あれほどの極大魔法を行使しておきながら、彼女の息は一つも乱れていなかった。……彼女のあの冷ややかな『紫の瞳』は、我々を路傍の石程度にしか認識していませんでした」


 白磁のような肌と、神秘的で深淵な紫の瞳。息を呑むほど美しい彼女の姿は、まさに死神そのものであった。新エース部隊は、その美しさと圧倒的な実力差の前に、戦意を根こそぎへし折られて帰還するしかなかったのである。


「ええい、腑抜けたことを! あなたたちは上層部が選び抜いた最強の駒でしょう!」 


 宮田はヒステリックに叫んだ。


「ゴーストの捕獲は至上命題です! 正面から手が出せないというのなら、奴の行動パターンを洗い出し、弱点を特定しなさい! どんな手を使ってでも、あの力を協会の管理下に置くのです!」


 実戦を知らない権力者の無謀な命令が響き渡る。

 しかし、新エースたちの心には「これ以上あの紫の瞳の死神に関われば、次こそ本当に殺される」という確信めいた絶望だけが広がっていた。

 翌日の朝。

 世界が様々な思惑で揺れ動いていることなど知る由もなく、ただの男子高校生である三神零は、自宅の前で鼻歌を歌いながらゴミ出しを終えたところだった。


(よし、今日の可燃ゴミのミッション完了。あとは朝ご飯の目玉焼きを焼いて、学校に行く準備を……)


「——あら、おはようございます。三神零くん」


 背後から、極めて優雅で上品な声がかけられた。

 振り返ると、そこには隣の豪邸に引っ越してきた外国人美女——ヴィクトリア・ローゼンベルグが、可愛らしいバスケットを手に微笑んで立っていた。


「あ、ローゼンベルグさん。おはようございます」


「ふふっ、朝から家事なんて偉いわね。実は昨日、趣味でお菓子を焼きすぎちゃって。もしよかったら、ご家族で召し上がって?」


 ヴィクトリアは、完璧な「優しい隣人のお姉さん」の笑みを浮かべ、手作りスコーンの入ったバスケットを差し出してきた。

 しかし、彼女の内面では冷や汗が滝のように流れていた。


(エージェント・三神零……! 昨日、広場で全ての組織を巻き込んだ恐ろしい盤面を描き切った男! 彼に『星監(私)は有益で無害な存在である』とアピールするために、徹夜でスコーンを焼き上げたわ! どうかこれで、機嫌を損ねないで……!)


 零は、彼女が秘密組織『星監』の最高指導者であり、雷属性を操るS級の超越者であることを完全に知っている。

 だが、ただの一般人の男子高校生が裏社会の顔役の正体を知っているなど絶対に不自然すぎるため、ここは徹底して『ただの親切な隣人』だと思っているふりを貫くしかなかった。


「わあ、ありがとうございます! すごく美味しそうですね。妹たちも絶対に喜びま——」


「——おや? こんな朝早くから、他人の家の前で野良猫が発情期ですの?」


 ピクリ、と。

 ヴィクトリアの笑顔が引きつり、零の背筋に嫌な汗が流れた。

 道路の向こう側から、緑色のスーパー『ヤオヨシ』のエプロンを優雅に着こなした絶世の美女——ルディア・ロンディニウムが、紙袋を提げて歩いてきたのだ。


「あ、ヤオヨシのルディアさん! おはようございます」


「おはようございます、三神くん。昨日のお買い物で、当店の福引スタンプが貯まっておりましたので、景品の『特選・高級醤油』をお持ちしましたわ」

 ニコリと優しく微笑むルディア。

 しかし、彼女がヴィクトリアに視線を向けた瞬間、その黄金の瞳に特A級の殺意が宿った。


「それにしても……驚きましたわ、ヴィクトリア・ローゼンベルグ。星監のトップともあろう者が、こんな朝っぱらから手作りのお菓子で男子高校生のご機嫌取りとは。雷属性の野蛮な脳みそでは、他に思いつく策もありませんの?」


「……ふん。カルト教団の教祖様が、スーパーのエプロン姿で醤油の配達とはね、ルディア・ロンディニウム。光属性のバケモノが、庶民の真似事なんて反吐が出るわ」


 バチバチバチッ!!

 ヴィクトリアの紫水晶の瞳から紫電の稲妻が漏れ出し、ルディアの全身から周囲の空間を歪めるほどの黄金の光が溢れ出す。

 互いにS級の実力を持つ二つの巨頭。犬猿の仲である彼女たちは、互いをフルネームで呼び捨てにし、一切の遠慮なく極大の魔圧を激突させ始めた。

 三神家の前の道路が、見えない重圧でメシミシと音を立ててひび割れ、近所の犬たちが恐怖でキャンキャンと鳴き声を上げる。


(うわあああぁぁぁっ!! なんで俺の家の前で、S級の秘密結社トップとカルト教祖がナワバリ争い始めてるんだよ!?)


 零は内心で頭を抱え、胃薬を飲みたくなるほどのストレスを感じていた。

 だが、ここで逃げ出せば不自然だ。彼はあくまで、ただの男子高校生として振る舞わなければならない。


「あ、あはは……! お二人とも、お知り合いだったんですね! 立ち話もなんですから、もしよかったらお茶でも淹れましょうか!? スコーンもあるし!」


 零は、極上の「何も知らない高校生の笑顔」を顔に貼り付け、強引に二人の間に割って入った。

 その瞬間、ヴィクトリアとルディアはハッと我に帰り、慌てて魔圧を引っ込めた。


(しまっ……! エージェントである三神零の完璧な『日常の擬態』を、私の殺気で壊すところだったわ! 彼を怒らせたら、このスコーンごと星監が消し飛ばされる!)


(いけませんわ、神の代行者である三神くんの平穏な朝を、私の怒りで汚してしまうなんて……!)


「い、いえ! オーブンをつけっぱなしだったのを思い出したわ! またね、三神くん!」


「わ、私も、レジ開けの準備がありますので! それでは!」


 二人のS級超越者は、それぞれ冷や汗を流しながら、逃げるようにその場から立ち去っていった。

 残された零は、スコーンの入ったバスケットと高級醤油の紙袋を両手に持ちながら、深く、深い深呼吸をした。


「……寿命が、十年くらい縮んだ気がする」


 ただの高校生にとって、ご近所付き合いという名の致死量のストレスは、魔獣との戦闘よりも遥かに恐ろしいものであった。

 その日の放課後。

 独立魔法防衛機構『白百合の盾』の地下施設では、羽衣緋雪、弓飛鳥、只野真奈の三人が、会議を行っていた。


「……昨日のセントラルパークでの一件。私たちは、完全にゴーストに助けられたわ」


 緋雪が、ぎゅっと拳を握りしめながら口を開く。


「ええ。あの混沌とした状況で、A級相当の魔獣が八体も同時に暴れ出したら、私たちだけでは一般人の被害をゼロに抑えることは難しかった」


 飛鳥が同意するように頷く。

 三人の脳裏には、昨日見たばかりの圧倒的な美しさを誇るゴーストの姿が鮮明に焼き付いていた。彼女は一切の表情を変えることなく、ただ指先一つで八体もの魔獣をチリに変えた。

 だが、緋雪には分かっていた。ゴーストが空間を隔離する結界を展開したのは、自分たちや一般人を爆風から守るためだったということを。


「彼女は、ただの冷酷な死神じゃない。私たちのように『純粋に人々を守ろうとする者』には、必ず慈悲を見せてくれる。魔法少女としての実力と精神は、間違いなく本物よ」


 緋雪は、心からの敬意を込めてそう語った。しかし次の瞬間、彼女の瞳に闘志の炎がボワッと燃え上がった。


「……でも! あいつが三神くんの日常を脅かすストーカー女だっていう事実は変わらないわ! 魔法少女としては尊敬するけど、ひとりの女としては絶対に認めないんだから! 三神くんは絶対に渡さない!」


「ひ、緋雪先輩、三神くんのことになると急に熱くなりますね……」


 真奈が苦笑いを浮かべる。


「当たり前よ! いつまでもあのストーカー女に助けられてばかりじゃ、三神くんの隣を歩く資格なんてないわ。私たちは、もっと強くならなきゃダメよ!」


 氷のトップエースは、最愛の男子高校生への恋心と、ストーカー(と勘違いしている)ゴーストへの強烈な対抗心を燃やし、かつてないほどの熱意をたぎらせていた。

 同時刻。都内の商店街。

 学校帰りの三神零は、エコバッグを手にしながら夕飯の買い出しに精を出していた。


(よし、今日は豚バラ肉の特売日だ。ローゼンベルグさんにもらったスコーンもあるし、ルディアさんにもらった高級醤油で、極上の豚の角煮を作ってやるぞ!)


 家族の喜ぶ顔を思い浮かべながら、肉屋へと向かって歩き出したその時だった。


『ガ、アアアァァァッ……!!』


 突如、商店街のアーケードの天井に漆黒の亀裂が走り、空間が不自然に歪んだ。

 買い物客たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、亀裂からボタボタと這い出してきたのは、昨日広場に現れたのと同じ、知能を持たないA級相当の人型魔獣の群れだった。

 その数は、なんと十体。


「おいおいおい、嘘だろ……。なんで最近、こんなに頻繁に魔獣が湧くんだよ!」


 零は舌打ちをした。

 知能を持たない魔獣たちは、言葉を発することもなく、ただ本能のままにヨダレを垂らしながら商店街のショーウィンドウを叩き割り、街灯をへし折っていく。

 このままでは、特売の豚バラ肉を売っている肉屋の店舗ごと、完全に破壊されてしまう。


(角煮の材料が潰されたら、今日の献立が台無しだ! それに、逃げ遅れた人たちもいる……!)


 零は、パニックに陥った群衆の流れに逆らい、監視カメラの死角となる路地裏の隙間へと滑り込んだ。

 そして、一切の躊躇いなく漆黒の魔力を解放する。


「そこまでよ、魔獣たち!!」


 空から氷の防壁が降り注ぎ、商店街で暴れ狂う十体の魔獣たちの前に立ち塞がった。

 駆けつけたのは、『白百合の盾』の羽衣緋雪と、弓飛鳥の二人だった。


「飛鳥! 民間人の避難誘導をお願い! 私が足止めする!」


「了解!」


 緋雪は氷の太刀を抜き放ち、十体ものA級魔獣を相手に単身で切り込んだ。

 しかし、知能を持たない魔獣たちは痛みを恐れず、四方八方から無軌道に襲いかかってくる。民間人を庇いながらの戦闘は、トップエースである彼女にとっても極めて不利な状況だった。


「くっ……! 数が、多すぎる……!」


 魔獣の一体が、緋雪の死角からその鋭い爪を振り下ろそうとした、その瞬間。


 ——ピシッ。


 商店街の空気が、文字通り「絶対零度」に凍りついた。

 アーケードの入り口から、カツン、とヒールの音が響く。

 漆黒のゴシックドレスを翻し、身の丈ほどある大剣を片手で軽々と提げた少女——『ゴースト』が、悠然と歩みを進めてきた。

 白磁のような肌と、底知れぬ魔力を宿した美しい紫の瞳。その息を呑むほどの美しさと、周囲の空気を圧迫する魔圧に、民間人も、緋雪も、そして知能を持たない魔獣たちすらもが動きを止めた。


「ゴースト……!」


 緋雪が、忌々しさと敬意の入り交じった目で彼女を見つめる。

 ゴーストは、民間人を背に庇いながら孤軍奮闘していた緋雪の姿を一瞥した。


(緋雪さん、相変わらず無茶するなぁ。でも、彼女たちのそういう真っ直ぐなところは、嫌いじゃないわ)


 内心では「ただの高校生」として彼女たちの正義感に好感を抱きながらも、ゴーストは極めて冷酷な処刑人としての顔を崩さない。


「……目障りね。私の前で、醜く吼えないでちょうだい」


 ゴーストが大剣を軽く振り上げると、刀身に漆黒の魔力が絡みついた。


「『深淵のアビス・ヴェール』」


 ゴーストの左手から放たれた漆黒の波動が、十体の魔獣たちを包み込むように半球状の結界を展開した。これは周囲の商店街の店舗——特に豚バラ肉を売っている肉屋——に一切の被害を出さないための、完璧な空間隔離である。


「ギ、ガアァァァッ!!」


 結界の中に閉じ込められた魔獣たちが、脱出を図ろうと結界の壁を叩くが、彼女の放つ結界はビクともしない。


「『絶対零度の氷棺コキュートス・プリズン』」


 続いて紡がれた冷たい詠唱と共に、結界の内部の温度が急激に低下する。

 足元から爆発的に隆起した白銀の氷柱が、十体の魔獣の四肢を貫き、彼らを一瞬にして完全に身動きの取れない氷の彫像へと変えた。


「これで、終わりよ。『終焉の業火メギド・フレイム』」


 ゴーストが、美しく細い右指をパチンと鳴らした。

 隔離された漆黒の結界の内部で、太陽の表面温度にも匹敵する紅蓮の炎が顕現する。

 音もなく、爆風もなく。

 ただ、結界の中で氷漬けにされた十体のA級魔獣は、断末魔の叫びを上げる暇すら与えられず、一瞬にして完全消滅し、チリ一つ残さず空間から消え去った。

 相反する三属性の極大魔法による、流れるような連続展開。

 圧倒的。あまりにも美しく、そして絶対的な蹂躙劇。


「……すごい」


 緋雪は、太刀を下ろし、ただその力に見惚れるようにゴーストを見つめていた。

 全ての魔獣を処理し終えたゴーストは、大剣をフッと消滅させると、背を向けて立ち去ろうとした。

 だが、去り際に一度だけ立ち止まり、肩越しに緋雪の方を振り返った。


「……あとは、任せるわ。白百合の騎士たち」


 ゴーストは、ほんの僅かに——幻かと思うほど僅かに、優美な微笑みを浮かべた。

 それは、身を挺して街を守ろうとした彼女たちへ向けた、純粋な敬意と好意の表れであった。

 そのままゴーストは空間跳躍の魔法を展開し、漆黒の靄と共に夕暮れの街から完全に姿を消した。


「ッ……!」


 残された緋雪は、太刀を握りしめながら、ギリッと歯を食いしばった。


「……魔法少女としての実力は、認めてあげるわよ。でも、余裕ぶったあの態度は絶対に三神くんに対するマウントだわ……っ! ストーカー女なんかに、三神くんは絶対に渡さないんだから!」

「(……いや、絶対に違うと思うんだけどなぁ)」


 駆けつけてきた飛鳥が、ひとりで勝手に対抗心を燃やす氷のエースを見ながら、心の中でそっとツッコミを入れた。

 その頃。

 路地裏で急いで制服姿に戻った零は、無事に特売の豚バラ肉をゲットし、ホクホク顔で家路についていた。


「よしよし、お肉も無事だったし、緋雪さんたちも怪我なくてよかった。これで今夜は、ルディアさんの醤油とローゼンベルグさんのスコーンを添えた、最高の夕飯パーティーだ!」


 自分が裏社会の各勢力にどれほどの特大のトラウマと勘違いを植え付け、さらには白百合のエースから「女としての強烈な敵意」を向けられていることなど、微塵も気づいていない。

 ただの男子高校生は、今日という日の平穏を噛み締めながら、軽やかな足取りで夕日に染まる住宅街を歩いていくのであった。

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最早勘違いモノのコメディと化してるw 旧協会が空回りしてるのもコントやんけ
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