第百四十三話
魔法少女協会の上層部と決別し、地下の施設を拠点に発足した独立魔法防衛機構『白百合の盾』。
結成から数日後、情報班トップの新実由鶴は、急造のオペレーションルームで複数のモニターを起動させ、姫嶋や麗香たちに向けて不敵な笑みを浮かべていた。
「旧協会のシステムからの独立、および新たな魔獣感知ネットワークの構築……完了しました。名付けて『白百合の眼』システムです」
「見事ね、由鶴。旧システムと何が違うの?」
姫嶋がモニターを見つめながら問う。
「最も大きな違いは、現在急増している『人型魔獣』特有の微細な魔力波形を捉える精度です。上層部の連中がケチって更新を渋っていた旧式のスキャンと違い、こちらは都内の監視カメラと民間ネットワークをハッキング……ゲフン、お借りして網の目のように連携させています。これで、魔獣が擬態した瞬間のノイズも逃しません」
白衣を翻し、得意げに眼鏡を押し上げる由鶴。
しかし、副会長の麗香が厳しい顔で現実的な問題を突きつけた。
「システムは素晴らしいわ。でも、由鶴。私たちは協会という巨大なスポンサーを捨てたのよ? サーバーの維持費、機材の調達、現場の魔法少女たちの治療費や活動費……政府との支援交渉を進めるにしても、すぐには予算は下りないわ。当面の活動資金はどうするつもり?」
「ふふふ。そこはもう、現代的なアプローチで解決済みです」
由鶴はキーボードを叩き、メインモニターに一つのウェブサイトを映し出した。
「——クラウドファンディングですか?」
麗香が目を丸くする。
「ええ。『現場で命を懸ける魔法少女たちが、真に人々を守るための新組織を作る』。この大義名分を掲げ、世間に直接支援を呼びかけました。リターン(返礼品)として、緋雪や真奈たちエース陣のサイン入りブロマイドや、きらりの限定ライブ配信チケットなどを設定したところ……」
由鶴がエンターキーを押すと、画面上の支援総額のカウンターが表示された。
そこには、目標金額をすでに数千パーセントも上回る、天文学的な数字が叩き出されていた。
「なっ……!? たった数日で、これほどの額が!?」
「世論は完全に我々の味方です。協会の腐敗に対する不満と、現場で戦う彼女たちへの熱烈な支持。……これで当面の資金は潤沢。政府との交渉においても、この国民の支持率は我々の『最強のカード』になります」
姫嶋は深く頷き、力強く宣言した。
「よくやってくれたわ、由鶴。ならば、この勢いに乗って一気に表舞台に出るわよ。日本政府との公式な提携交渉と並行して、記者会見を開き、『白百合の盾』の存在を日本中にアピールするの!」
数日後。三神家のリビング。
三神零は、エプロン姿で洗濯物を綺麗に畳みながら、テレビのニュース番組を眺めていた。
『——続いてのニュースです。先日、魔法少女協会・日本支部のトップおよびエース部隊が一斉に辞職した問題で、協会の防衛機能は事実上、著しく弱体化したと見られています』
「へえ、協会も大変だなあ。お、緋雪さんたちだ」
画面が切り替わり、厳かな記者会見の様子が映し出された。
フラッシュの嵐の中、凛とした表情でマイクの前に立つ姫嶋結衣。そしてその後ろには、羽衣緋雪、弓飛鳥、只野真奈といった、零も見知った顔のエースたちが並んでいる。
『これに対し、辞職した姫嶋元会長らは、新たな独立魔法防衛機構「白百合の盾」の設立を正式に発表。すでにクラウドファンディングで巨額の活動資金を調達しており、本日午後から日本政府との間で、新たな防衛提携に関する交渉を開始したとのことです』
「すごいな、緋雪さんたち。独立して新しい会社を作ったのか。行動力あるなあ」
零は、まるで遠い世界の出来事を見るように、呑気に関心していた。
——だが、次の瞬間。
カメラが、姫嶋の後ろに並ぶ「若き魔法少女たち」の姿をアップで映し出した。
『会見には、最前線で魔獣と戦い負傷した魔法少女たちも同席し、現場の過酷な現状を訴えかけました』
「…………ん?」
零の手から、畳みかけのバスタオルがポトリと落ちた。
テレビ画面の向こう。
凛々しいエースたちの隣で、痛々しい包帯を腕や頭に巻き、松葉杖をつきながら、悲壮な決意を顔に浮かべて立っている三人の少女。
「……えっ?」
零は、自分の目を疑い、テレビの画面に顔がくっつくほど近づいた。
(いやいやいやいや!? ちょっと待て!?)
そこには、間違いなく。
先日、指定病院のベッドで「絶対に安静にしてろ」と零が言い聞かせたはずの姉・澪。
同じく痛々しい姿の妹・玲奈。
そして、別室で腕の裂傷の治療を受けていたはずのアイドル魔法少女・星宮きらりが並んでいた。
「なんで病院抜け出して、全国放送の記者会見に出てんだよォォォッ!!?」
零の特大のツッコミが、平和なリビングに響き渡った。
(絶対安静って言っただろ!? まだ傷も塞がりきってないのに、何でフラッシュ浴びながら『私たちは負けません!』みたいな顔して立ってんだよ! テレビ映り気にしてる場合か!!)
ニュースの画面では、澪がマイクを向けられ、「現場のリアルを伝えるために、無理を言って参加させてもらいました。私たちの新しい組織を、応援してください!」と、痛みに耐えながらも健気に答えている。
その健気な姿に、スタジオのキャスターは感極まって涙ぐんでいた。
だが、ただの高校生である零の感情は、全く別の方向に振り切れていた。
「無理を言うな! 寝てろ!! 今日の夕飯、どうすんだ?これ帰ってくるのか?」
零は頭を抱えた。
エースたちが新組織を立ち上げたことなど、もはやどうでもいい。日本政府との交渉も、知ったことではない。
彼にとって最大の緊急事態は、「怪我人の家族が、病院のベッドから脱走して仕事をしている」という事実だった。
「……ダメだ。あの二人は、放っておいたらそのままパトロールにでも行きかねない」
零はスマホを取り出すと、即座に姉と妹に電話し、説教をした。
世界の裏側で、新組織『白百合の盾』が華々しいデビューを飾ったその日、三神姉妹は弟から説教される苦い思い出になったのは言うまでもない。




