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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第百四十二話

 魔法少女協会・日本支部本部。

 その最上階にある最高幹部会議室は、ひときわ重苦しい空気に包まれていた。


「——以上の通り、都内における『人型魔獣』の発生率は先月の300%増。現行のパトロール体制だけでは、もはや防衛ラインを維持することは不可能です」


 円卓の中心で、副会長である湯野麗香が淡々と被害状況を報告する。

 その報告を聞きながら、円卓を囲む『役員たち』——かつて一線を退き、今は協会の権力層に腰を据える「元魔法少女」の老婆や中年の女性たちは、不快げに眉をひそめた。


「嘆かわしいわね。今の若い魔法少女たちは、人型魔獣ごときで防衛線を崩されるのかしら? 私たちの時代なら、もっと上手くやれたというのに」


「ええ。それに、先日第4セクターで発生した多脚型魔獣の討伐も、結局は正体不明の未登録魔法少女……『ゴースト』に横取りされたのでしょう? 協会の威信に関わるわ」


 扇子を揺らしながら嫌味を言う役員たちに対し、日本支部会長の姫嶋結衣は、静かに、しかし冷たい視線を向けた。


「現場の魔法少女たちは命懸けで戦っています。被害が拡大しているのは、人型魔獣の知能と擬態能力が、過去のいかなるデータにも当てはまらない異常なレベルに達しているからです。……ゴーストの介入がなければ、もっと多くの魔法少女が命を落とした可能性があります」


「だからこそ、よ」


 役員のトップである白髪の老女が、テーブルに分厚い企画書を放り投げた。

 表紙には『未登録魔法少女・ゴースト再捕獲および戦力化計画』と記されている。


「協会だけでは、もはや日本全国は守りきれない。ならば、あの強大すぎる力を『我々の管理下』に置き、対魔獣用の兵器として運用すべきよ。ゴーストを捕獲し、記憶と精神を書き換えて協会の最高戦力とする。そうすれば、人型魔獣の脅威など一掃できるでしょう?」


 その言葉に、姫嶋は思わずテーブルを強く叩いた。


「正気ですか!? ゴーストの正体は未だ我々にも掴めていないばかりか、彼女は三属性の極大魔法を無詠唱で放ち、星監の幹部すら赤子扱いする規格外の存在です! 捕獲など不可能ですし、もし彼女を本気で怒らせれば、魔獣の前にこの日本支部が灰にされます!」


「そこを上手くやるのが、現場トップであるあなたの仕事でしょう、姫嶋大将?」


 役員たちは、鼻で笑った。


「あのゴーストの力があれば、我々協会は世界の裏社会すらも完全に支配できる。これは決定事項よ。全エース部隊を動員し、犠牲を払ってでもゴーストを捕獲しなさい。命令違反は許さないわよ」 


 傲慢にふんぞり返る上層部。

 彼女たちは「過去の栄光」と「権力」に浸りきり、最前線の絶望も、ゴーストが振るう絶対的な恐怖も、何一つ理解していなかった。


「……本気で、そんな愚策を実行しろと?」


「ええ。できなければ、あなたを更迭して別の従順な会長を据えるだけよ」


 会議室に、凍りつくような沈黙が降りた。

 しかし次の瞬間。


「——ふざけるな」


 姫嶋は、懐から白い封筒を取り出し、それを役員の目の前のテーブルに力強く叩きつけた。


「姫嶋……? あなた、それは……」


「辞表です。……私は、あなたたちの駒にはならない。魔法少女は人々を守るための盾であり、権力者のための兵器ではない」


「なっ……!? 最高幹部である我々に逆らうというの!? 協会を抜けて、あなた一人に何ができると……!」


「一人じゃありませんよ、クソババア共」


 姫嶋の背後に、スッと二つの影が立った。

 副会長の湯野麗香と、情報班トップの新実由鶴だった。二人もまた、それぞれ辞表をテーブルに投げ捨てる。


「私からも忠告しておきましょう」


 由鶴が、白衣のポケットに手を突っ込みながら冷たく言い放った。


「ゴーストに手を出せば、どうなるか。……彼女は単なる個ではありません。その背後には、彼女を狂信的に崇拝する極悪カルト教団の『黄金の教祖』や『暗殺双子』、さらには星監の『最高指導者』すらもが複雑に絡み合う、超特大の火薬庫です。……ゴーストを捕獲しようとすれば、翌日にはあなたたちの首が文字通り『ミンチ』になって陳列されますよ。……せいぜい、長生きすることですね」


 由鶴の深読みに満ちた警告に、役員たちは顔面を蒼白にして絶句した。


「行きましょう、麗香、由鶴」


 姫嶋は踵を返し、上層部の罵声を背に受けながら、一切の未練なく最高幹部会議室の重い扉を開け放った。

              

 その日の夜。

 協会本部から離れた、都内某所の隠れ家的な地下施設。

 そこには、姫嶋の呼びかけに応じた者たちが集結していた。


「——というわけで、私たちは協会上層部と完全に決別したわ」


 姫嶋の言葉に、集まったエース陣——羽衣緋雪、弓飛鳥、只野真奈、そして怪我を押して駆けつけた三神澪と玲奈が、真剣な表情で頷いた。

 誰も、姫嶋の決断を責める者はいなかった。むしろ、現場の悲鳴を無視して権力に固執する上層部には、彼女たちもとうに愛想を尽かしていたのだ。


「よく言ってくれました、会長! あんな腐った連中の命令で、私たちが『三神くんを狙うストーカー(ゴースト)』にちょっかいを出して、三神くんの日常を危険に晒すなんて絶対に嫌ですからね!」


 緋雪が(相変わらずの致命的な勘違いをベースにしながら)力強く同調する。


「ええ。魔法少女の本分は、名誉や権力ではなく、ただ純粋に人々の平穏な明日を守ること」


 姫嶋は、集まった部下たちの顔を一人一人見渡し、力強く宣言した。


「腐敗した魔法少女協会には、もう頼らない。私たちは今日、この瞬間から、真に人々を魔獣の脅威から守り抜くための新組織を立ち上げる。……組織の名は、独立魔法防衛機構『白百合のリリィ・アイギス』!」


「『白百合の盾』……!」


 澪がその名を噛み締めるように呟いた。

「私たちは、いかなる権力にも屈せず、ただ最前線で命を懸ける者たちの集まりよ。……正体不明のゴーストに関しても、敵対も捕獲もしない。『不可侵の特異点』として監視を続けつつ、私たちが守りきれなかった時にのみ現れる『深淵の自浄作用』として、一定の距離を保ちます」

 姫嶋の言葉に、全会一致の賛同の拍手が鳴り響いた。

 こうして、表の世界の勢力図は大きく塗り替えられた。権力に縋るだけの抜け殻となった旧協会と、真の信念を胸に独立した『白百合の盾』。

 世界が新たな混沌へと足を踏み入れていることなど露知らず。

 その頃、騒動の中心人物である三神零は。


「よしっ! 明日の朝食の仕込みも完璧だし、澪姉ちゃんたちの退院祝いのメニューも決まったぞ! あとは、スーパーのポイント5倍デーを逃さないように寝るだけだな!」


 ただの男子高校生として、愛する家族のための完璧なタイムスケジュールを組み上げ、幸せに満ちた熟睡モードへと突入していたのであった。 

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