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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第百三十六話

 休日の朝。

 三神家のリビングで、エプロン姿の零が洗濯物を畳んでいると、ポケットの中のスマートフォンが『ピロン』と軽快な通知音を鳴らした。


「ん? 稔からか?」


 零は何気なく画面を開き、メッセージアプリのトーク画面を見て、完全に動きを止めた。


『お兄さん、おはよう! 今日暇? 遊園地行こ! ルカ』


『……チケット、もう3枚買ってある。駅前で待ってる。リリア』


 アイコンは、可愛らしい黒猫と白猫のイラスト。

 しかし、その送り主の名前を見た瞬間、零の背筋に冷たい汗がツーッと流れた。


(……なんでカルト教団の暗殺幹部が、俺の個人のメッセージアカウント知ってるんだよ!?)


 連絡先を教えた覚えなど、天地神明に誓って一度もない。

 だが、相手は裏社会で暗躍するテロ組織『福音の鐘』の最高幹部である。一個人の連絡先を特定するなど、彼女たちの情報網をもってすれば、朝飯前なのだろう。


(断ったら……どうなるんだ? いや、そもそも相手は『チケットを買って駅前で待っている』と言っている。ここで無視したら、最悪の場合、あの双子が直接家に乗り込んでくる可能性が……!)


 家族に、ゴスロリ衣装のテロリストを紹介する羽目になる未来を想像し、零の胃壁が激しく自己主張を始めた。

 選択肢は、最初から一つしかなかった。


「……母さん、ちょっと友達と出かけてくる。昼飯は冷蔵庫のタッパーに入ってるから」


「あら、いってらっしゃい。気をつけてねー」


 零は私服に着替えると、逃げるように家を飛び出した。

              

 最寄り駅の改札前。

 そこには、フリルのついた可愛らしい私服(相変わらずゴスロリテイストではあるが)に身を包んだ双子、ルカとリリアが並んで立っていた。


「あ! お兄さん、来た来た!」


「……お兄さん、おはよう。来てくれて嬉しい」


 二人は零の姿を認めるなり、パァッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。

 周囲の通行人たちが「可愛い双子だな」と微笑ましい視線を送っているが、零からすれば、特A級クラスの魔獣二体に挟まれているようなものである。


「お、おはよう……。その、なんで俺の連絡先を?」


「教団の情報部にお願いして、スーパーの防犯カメラの映像からスマホの電波を辿って……」


「ルカ、それは内緒。……お兄さん、今日はドリームランドで遊ぶ。ルディア様からお小遣いもらったから、全部奢り」


 リリアが淡々と恐ろしい個人情報保護法違反の手口を隠蔽し、遊園地のワンデーパスポートをヒラヒラと振った。


(テロリストの親玉の金で遊園地に行くのか、俺は……)


 もはやツッコミを諦めた零は、大人しく双子に連れられ、電車に乗って都内有数のテーマパーク『東京ドリームランド』へと向かった。

              

 秋晴れの空の下、ドリームランドは家族連れやカップルで大賑わいだった。


「わぁーっ! チュロス! お兄さん、チュロス食べよ!」


「……ポップコーンも。キャラメル味がいい」


 遊園地に足を踏み入れた途端、双子は完全にただの無邪気な子供に戻っていた。

 カルトの暗殺者という事実を忘れれば、ただの可愛い妹たちとの休日のようにも思える。零も少しだけ肩の力を抜き、「はいはい、順番な」と引率の保護者のような顔になりかけていた。

 しかし、宇宙一の主夫の休日は、そう簡単に平穏を許してはくれない。


「——あれ? れーお兄ちゃん!?」


 チュロス売り場の列に並ぼうとした零の背中に、元気いっぱいの明るい声が降ってきた。

 振り返ると、そこには私服姿の二人の少女が立っていた。


「真奈……それに、弓さんまで」


 オーバーオールを着こなしたショートヘアの少女、土のエース・只野真奈。

 そして、その隣で少し呆れたように笑っている、スポーティなパーカー姿の風のエース・弓飛鳥だった。


「わー! やっぱりれーお兄ちゃんだ! 奇遇だねー! 今日は飛鳥さんとオフだったから遊びに来たの!」


「こんにちは、三神くん。……って、そちらの可愛い子たちは?」


 飛鳥の視線が、零の両手をそれぞれ繋いでいるルカとリリアへと向けられた。

 零の背中から、滝のような冷や汗が噴き出した。


(ヤバいヤバいヤバいヤバい!! なんで日本支部トップクラスのエース二人がここにいるんだよ!? そして俺の両手にはカルト教団の暗殺幹部!? ここで正体がバレたら、遊園地が血の海になるぞ!!)


 零の脳内警報が鳴り響く。

 真奈と飛鳥は、双子の顔を知らない。そして双子たちも、恐らくエースたちの顔までは詳しく把握していない。


「あ、えっと……! この子たちは……親戚の子! そう、遠い親戚の子を預かってて!」


 零は裏返りそうな声で、咄嗟に嘘をついた。


「へえー! れーお兄ちゃんの親戚なんだ! こんにちは、お姉ちゃんは真奈だよ!」


「私は飛鳥。よろしくね」


 真奈と飛鳥が、警戒心ゼロの笑顔で双子に手を振る。

 すると、ルカとリリアは顔を見合わせ、スッと完璧な『無邪気な子供の顔』を作った。


「こんにちは! ルカだよ! お兄さんにはいつも遊んでもらってるの!」


「……リリア。お姉さんたち、お兄さんのお友達?」


 見事な猫かぶりである。暗殺者として潜入任務もこなす彼女たちにとって、この程度の演技は造作もないことなのだ。

 しかし、零の心臓には全く優しくない。


「そっかそっかー! せっかくだし、一緒に行動しようよ! れーお兄ちゃん、いいでしょ?」


「えっ!? いや、俺たちはその……」


「わーい! お姉ちゃんたちと遊ぶー!」


「……ん。賛成」


 零が断る間もなく、双子がノリノリで同意してしまった。

 こうして、魔法少女協会のトップエース二人と、カルト教団の暗殺幹部二人、そしてただの高校生という、この世で最もカオスな5人グループが結成されたのである。

              

「きゃあぁぁぁぁっ!!」


「わっはははは! 風が気持ちいいー!」


 ドリームランド名物、最高時速120kmで落下する巨大ジェットコースター。

 飛鳥と真奈は、最前列で楽しそうに歓声を上げていた。

 一方、その後ろの席。

 ルカとリリアは、凄まじいGがかかっているにも関わらず、完全に無表情で前を見つめていた。


「……ねえリリア。この程度の落下速度、アジトの裏山の崖から飛び降りる訓練より遅くない?」


「……ん。しかも安全バーがある。スリル、ゼロ」


「お前ら、頼むから遊園地のアトラクションと暗殺訓練を比較しないでくれ」


 隣に座る零が、別の意味で青ざめながら小声で突っ込む。

 風の音で前の二人には聞こえていないが、冷や汗が止まらない。

 続いて、お化け屋敷。

 暗闇の中で、不気味な人形やゾンビ役のスタッフが次々と飛び出してくる。


「ひぃぃぃっ! れ、れーお兄ちゃん、腕掴んでていい!?」


「真奈、あんた前衛のくせにこういうの本当にダメね……」


 半泣きの真奈が零の右腕にすがりつき、飛鳥が苦笑いしている。

 しかし、零の左側を歩く双子は、ゾンビのギミックを極めて専門的な目で分析していた。


「あー、今の死角からの飛び出し、足の運びが甘いね。私なら首の動脈を一撃でいける」


「……血糊の色が不自然。酸化した鉄の匂いもしない。作り物」


「だから! 頼むから一般のホラーアトラクションに本職の目線を持ち込むな!」


 零の胃痛は、アトラクションを回るごとに指数関数的に増大していった。

              

 その頃。

 日本から遠く離れた、あるいは深く潜った星監の臨時拠点。

 薄暗い会議室で、ヴィクトリア・ローゼンベルグは幹部たちとの極秘の『方針会議』を開いていた。


『——ヴィクトリア様。ターゲットである三神零の周辺ですが、現在、羽衣緋雪は別任務で不在。カルトの双子も姿を見せていないとのことです』


 ホログラム越しの幹部の報告に、ヴィクトリアは腕を組んで深く息を吐いた。


「甘いわね。……あの三神零という深淵が、そんな隙を見せるはずがないわ」


 あの日、手作りのスイートポテトと共にSランクの魔圧を無効化された恐怖は、ヴィクトリアの脳裏に深く刻み込まれていた。


「これは間違いなく、罠よ。彼が意図的に作った『空白』……我々をおびき寄せ、一網打尽にするつもりに違いないわ。絶対に手を出してはダメ。彼の行動の真意が読めるまでは、星監は一切の沈黙を保ちなさい」


『はっ! 御意に』


 ヴィクトリアの深読み(勘違い)によって、星監は自ら完全なる活動停止状態へと移行していた。

 三神零が現在、遊園地のティーカップで真奈と双子にグルグルと回されて目を回していることなど、知る由もない。

 また、日本のとある地方都市。

 魔獣の討伐任務を終え、制服の汚れを払っていた羽衣緋雪は、ふと夕空を見上げていた。


「……三神くん、今日は何してるのかな。休日に変な事件に巻き込まれてないといいけれど……。明日帰ったら、名古屋名物のお土産、たくさん持って行ってあげよっと」


 日本のトップエースは、恋する乙女の顔で優しく微笑んでいた。

 さらに、スーパー『ヤオヨシ』のバックヤード。

 休憩室でパート仲間に淹れてもらった緑茶を啜りながら、ルディア・ロンディニウムは穏やかな表情で休んでいた。


「ルディアさん、今日もレジ打ち速かったわねぇ」


「ふふ、ありがとうございます。……そういえば、ルカとリリアは今頃、あの子と楽しく遊んでいるかしら」


 テロ組織の教祖は、すっかり地域に馴染んだパートのお姉さんとして、部下と『お気に入り』の少年の休日を思い、微笑ましく目を細めていた。

              

 夕暮れのドリームランド。

 パレードを待つ間、5人はベンチに座ってクレープを食べていた。


「ん〜! ここのクレープ美味しいね! でも、やっぱりれーお兄ちゃんが前に作ってくれた特製クレープの方が、生地がモッチモチで好きかな!」


 真奈がイチゴのクレープを頬張りながら、無邪気に笑う。


「……ん。私も、お兄さんのご飯の方が好き」


「お兄さんのお料理は世界一だよね!」


 リリアとルカが、真奈の言葉に深く同意して頷いた。


「えっ、ルカちゃんたちも、れーお兄ちゃんの手料理食べたことあるの!? いいなー!」


「うん! お兄さん、すっごく優しいんだよ!」


 魔法少女協会のエースと、カルト教団の暗殺幹部。

 絶対に交わってはいけない二つの組織の人間が、「三神零の手料理の凄さ」という奇跡の共通項によって、完全に意気投合し、和やかなガールズトークに花を咲かせている。


(……なんでこうなったんだ)


 零は、疲労困憊でクレープをかじりながら、遠くを見つめていた。

 正体がバレる危機や、両組織の戦闘が起きるかもしれないという極限のストレス。それらを一日中抱えながら、なんとか笑顔でやり過ごした宇宙一の主夫の精神力は、すでに限界を迎えていた。


「あ、パレード始まるよ! れーお兄ちゃん、見よ!」


 真奈と双子たちが、零の手を引いて立ち上がる。

 飛鳥がその後ろを歩きながら、「今日はありがとうね、三神くん。親戚の子たちのお守り、お疲れ様」と苦笑交じりに労ってくれた。


「……ええ、まあ」


 夜空に打ち上がる色鮮やかな花火と、パレードの眩い光。

 世界の裏側で様々な組織が勘違いと謀略を巡らせる中、三神零の休日は、奇跡的かつカオスな平和協定と共に、静かに幕を下ろそうとしていた。

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― 新着の感想 ―
百三十五話と百三十六話が同じになってますよぉ
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