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未登録の魔法少女  作者: 浅川


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第百三十五話

東京・某所の雑踏。

行き交う人々の中で、一人の女性が異彩を放っていた。プラチナブロンドの髪を隙なく結い上げ、高級なブランドのコートを身に纏う彼女——秘密組織『星監』の最高指導者、ヴィクトリア・ローゼンベルグは、サングラスの奥にある紫の瞳で、通りを歩く一人の男子高校生を静かに観察していた。


(……おかしいわね)


ヴィクトリアは、内心で舌打ちをした。

三神零。ゴーストの出没地点と不気味なほど一致する行動ログを持つこの少年を「ゴーストの弱点、あるいは重要な協力者」と断定し、連日、優秀な工作員たちを拉致に向かわせている。しかし、彼らは皆、三神零に接触する前に、一人残らず音信不通になっていた。

一体、日本の支部で何が起きているのか。業を煮やしたヴィクトリアは、自らの目で現状を確認すべく、極秘裏に現場へと足を運んだのである。


ヴィクトリアは、ターゲットである三神零の周辺の『気配』を探った。

そして、わずか数分で、彼女は自分の部下たちがことごとく蒸発していた理由を、嫌というほど理解することになる。


(……通りの向かい、あのカフェのテラス席にいる変装した女。あれは、日本のトップエース、羽衣緋雪ね。なぜトップエースが、ただの高校生を尾行……いえ、あれは『護衛』している?)


ヴィクトリアの鋭い眼力は、緋雪が手元のコーヒーカップを握りしめながら、零に近づく怪しい影がないか、殺気立って周囲を警戒しているのを見逃さなかった。

しかし、異常なのはそれだけではない。


(……頭上のビルの屋上。あのゴスロリ衣装の双子。間違いない、福音の鐘の暗殺幹部……! なぜカルト教団の幹部までが、この少年を見張っているの?)


ヴィクトリアは、ふと路地裏のゴミ箱の裏に、昨日自分が派遣した部下の靴が転がっているのを見つけ、小さく溜息をついた。


(なるほどね。日本のトップエースが地上を監視し、カルトの最高戦力が空から見張っている。……こんな鉄壁の二重防衛網が敷かれていれば、下っ端の工作員が何十人束になっても、一瞬で掃除されるわけだわ)


ゴーストの弱点どころではない。この三神零という少年は、日本最大の武力組織と、最凶のテロ組織の双方から、過剰なまでの保護を受けている異常な存在だった。


(この少年、一体何者なの……。ゴーストのみならず、全ての組織を手玉に取っているとでもいうの?)


ヴィクトリアの中で、三神零の危険度がSランクへと跳ね上がった。

しかし、彼女は最高指導者である。ここで引き下がるわけにはいかない。

しばらく観察を続けていると、千載一遇のチャンスが訪れた。


『——羽衣大佐、第4セクターで魔獣の反応が。至急応援を』

「ッ! 了解、すぐ向かうわ!」


カフェにいた緋雪が、通信機からの呼び出しに応じ、後ろ髪を引かれるように零から視線を外して現場へと駆け出していった。

さらに、屋上の双子たちも。


「あ、ルディア様から暗号メッセージ。『特売のキャベツが重いから迎えに来て』だって」

「ん。お兄さんの警護、一旦中断。撤退する」


双子たちも、屋上からパルクールのような身のこなしで去っていく。

協会と教団、二つの防衛網に、奇跡的に『数分間の空白』が生まれたのだ。


(……今しかないわね)


ヴィクトリアはコートの襟を正し、エコバッグを提げて歩く三神零の前に、ごく自然な足取りで歩み出た。


「——ちょっと、そこの少年。少し道を尋ねてもいいかしら?」


ヴィクトリアは、あくまで「道に迷った外国人の淑女」の完璧な演技で、零に話しかけた。


しかし、声をかけられた零の内心は、爆発寸前のパニック状態に陥っていた。


(……は!? いやいや待て待て待て! なんで星監の最高指導者、ヴィクトリア・ローゼンベルグが、ただの高校生の俺に道を聞いてきてるんだよ!?)


零は、ゴーストとして東京湾岸のコンテナヤードに仲裁に入った際、彼女の顔と放つ魔力を嫌というほど脳裏に焼き付けていた。間違いなく、あの冷酷無比な国際組織のドンである。

だが、ここで「あなた星監のトップですよね」などと口走れば、自分がゴーストであると自白しているようなものだ。


「え? あ、はい。どこに行きたいんですか?」


零は、背中に冷や汗をかきながらも、究極のポーカーフェイスを維持し、あくまで『知らない外国の綺麗なお姉さん』に対する、親切な男子高校生を完璧に演じきった。


「実は、この近くにあるはずの——」


ヴィクトリアが、零の瞳の奥を覗き込み、雷属性の微弱な魔力を込めた催眠暗示をかけようとした、その瞬間だった。


「——あら。私のかわいい常連さんに、気安く話しかけないでもらえるかしら。泥棒猫」


背後から、氷のように冷たく、そして絶対的な威圧感を持った声が響いた。

ヴィクトリアが振り返ると、そこにはスーパー『ヤオヨシ』の緑色のエプロンを優雅に着こなし、両手にキャベツの入った買い物袋を持ったルディア・ロンディニウムが立っていた。


(うわぁぁぁ、こっちはこっちでカルト教団の教祖様が登場したよ! なんでエプロン姿のままなんだよ!)


零は内心で盛大にツッコミを入れた。

もちろん零は、ルディアが『福音の鐘』の最高指導者であることも熟知している。だが、ここでもやはり、ただの高校生として『スーパーのパートのお姉さん』として接さなければならない。


「……ルディア・ロンディニウム」


「ヴィクトリア・ローゼンベルグ。先日のお灸だけでは足りなかったようね。ここが誰の縄張りか、その体に叩き込んであげましょうか?」


ルディアの黄金の瞳が、剣呑な光を放つ。

ヤオヨシのエプロン姿という極めてシュールな格好であるにも関わらず、彼女から放たれるSランクの殺気は本物だった。ヴィクトリアも即座に臨戦態勢に入り、指先に紫電を纏わせる。


裏社会の頂点に君臨する二人の女が、白昼堂々、殺意をぶつけ合う。

一般人であれば、その場にいるだけで魔圧に当てられて気を失うレベルの極限状態。周囲の空気がビリビリと震え、今にも大規模な魔力衝突が起きようとしていた。


だが、その張り詰めた空気の中で、零は極めて冷静な、ある一つの事実に思い至っていた。


(っていうか、この二人……めちゃくちゃ大人びたオーラ出して威圧し合ってるけど、よく考えたらどっちもまだ『21歳』なんだよな……)


以前、ゴーストとして各組織の情報を集めていた際、昔の公式プロフィールなどを調べていて知った事実だ。姉の澪(18歳)や、トップエースの緋雪(17歳)と数歳しか変わらない。

21歳といえば、世間一般ではまだ大学生だ。休日にカフェでパンケーキの写真を撮ったり、サークル活動でキャッキャしている年齢である。

それがどうだ。片や国際的秘密組織の最高指導者、片や最凶カルト教団の絶対的教祖。

21歳の若さで裏社会の頂点に君臨し、白昼堂々、世界の均衡を懸けたメンチ切りをしているのである。


(……なんかそう考えると、休日の真昼間に道のど真ん中で喧嘩してる、ちょっと血の気の多いお姉さんたちにしか見えなくなってきたな)


主夫としての達観が、Sランクの魔圧に対する恐怖を完全に上回った。

零は、エコバッグを片手に、二人の間にズンッと強引に割って入った。


「なっ……!?」


「三神、くん……!?」


ヴィクトリアとルディアが、同時に驚愕の声を上げる。

二人のSランク魔法少女が放つ、致死量ギリギリの魔力的なプレッシャー。そのど真ん中に、なんの魔力防御も展開していない一般人の少年が、平然と、本当に文字通り『平然と』踏み込んできたのだ。


「ちょっと二人とも! こんな道のど真ん中で喧嘩しないでくださいよ! 周りの人が見てるでしょう!?」


零は、まるで近所で口論を始めたご近所さんを宥めるような、極めて日常的なトーンで二人を叱りつけた。


「い、いや、これは喧嘩などではなく……彼奴が私を——」


あのルディアが、気圧されたように言い淀む。


「喧嘩両成敗です! そこの外国のお姉さんも、道に迷ってるなら交番に行けばいいでしょう? それにルディアさんも、スーパーのパートで疲れててイライラするのは分かりますけど、困ってる人には優しくしてあげてください。二人とも、立派な大人なんですから!」


零はエコバッグをゴソゴソと漁ると、中から小さな紙箱を取り出した。


「ほら、これ。さっき駅前で姉ちゃんと妹のお土産に買ったスイートポテトです。糖分とって、二人とも落ち着いてください」


零は、ヴィクトリアとルディアの手に、紙箱から一つずつスイートポテトを強引に握らせた。


「……は?」


「えっ……」


裏社会のドン二人が、手に握らされたスイートポテトを見つめて完全にフリーズする。

ヴィクトリアの脳内では、かつてない規模の警報が鳴り響いていた。


(な、何なのこの少年は……! 私とルディアの殺気の只中に割り込み、その魔圧を完全に無効化した!?)


ヴィクトリアは、零の「実家のような安心感」という、戦闘とは全く無縁のベクトルから来る圧倒的なプレッシャーに、本能的な恐怖すら感じていた。

全てを見透かした上で、あえて日常の枠組みの中に自分たちを封じ込める、底知れぬ器の大きさ。


(ダメだ。この少年は、一般人なんかじゃない。ゴーストの弱点どころか、もしかするとゴーストすら手懐けている『本物の化物』だわ……!)


完全に戦意を喪失したヴィクトリアは、ジリッと一歩後ずさった。


「……み、道はもう分かったわ。急用を思い出したから、失礼するわね」


ヴィクトリアは、お土産のスイートポテトを握りしめたまま、足早に——逃げるようにその場から立ち去っていった。


「あ、ちょっと! まだ道案内してないのに……。まあいいか」


零は首を傾げながら、ルディアの方を振り返った。


「ルディアさんも、大丈夫ですか? あんまりイライラすると、お肌に悪いですよ」


「え……ええ。ありがとう、三神くん。……あなたが止めてくれなかったら、私、どうなっていたか」


ルディアは、スイートポテトを両手で大切に包み込みながら、零を見つめて頬を染めていた。

神の気配を持つ少年に喧嘩を止められ、あろうことかお菓子を下賜された。狂信者である彼女の脳内メーターは、完全に振り切れていた。


「お兄さーん! ルディア様ー!」


そこへ、クレープの食べかすを口元につけたルカとリリアが走ってきた。


「あれ? なんか空気がピリピリしてる? ドブネズミでもいた?」


「……もう、綺麗に掃除された後みたい」


リリアが、ヴィクトリアの去った方向を見てポツリと呟く。


「いや、誰も掃除とかしてないから。ただ大の大人の喧嘩を仲裁しただけだから。……それより、特売の豚肉を早く冷蔵庫に入れたいんで、俺はこれで帰りますね。ルディアさんたちも、パート頑張ってください」


「ええ。気をつけて帰るのよ、三神くん」


ルディアと双子たちに笑顔で見送られながら、零はネギがはみ出したエコバッグを提げて帰路についた。


数分後。

路地裏の暗がりに身を潜めたヴィクトリア・ローゼンベルグは、手の中のスイートポテトを見つめながら、額に冷や汗をにじませていた。


「……三神、零。恐ろしい少年ね。私とルディア・ロンディニウムをあんなふうに無力化するなんて。……ゴーストを捕獲する前に、あの少年の底を測り直す必要がありそうね」


彼女は、無意識のうちにスイートポテトを一口齧り、「……美味しいわね」と呟きながら、敗北感を噛み締めていた。

日本のトップエース、カルト教団の教祖、そして国際的な秘密組織の最高指導者。

宇宙一の主夫が放つ「お土産のお裾分け」によって、三神零の周辺のパワーバランスは、ますます混沌の極みへと向かっていくのだった。

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