第百二十九話
「——ただいま」
三神家の玄関が開き、疲れた様子の澪と玲奈が、揃って帰宅した。
「姉ちゃんに玲奈、おかえり!」
キッチンからひょいと顔を出したのは、エプロン姿の零だった。
「お、二人とも今日は一緒だったのか。……って、なんかすごい埃っぽい匂いするけど」
「ちょっと、現場作業でね……」
澪が、気だるげに答えながら、鞄をリビングのソファに投げ出した。
玲奈も、無言のまま隣に座り込み、大きくため息をついている。
「大変だったみたいだな。……とりあえず、二人とも先にお風呂入ってきなよ。夕飯、もうすぐできるから」
「……ありがと、零」
澪は、珍しく素直にそう言うと、玲奈を促して浴室へと向かった。
夕飯の食卓。
湯気の立つ肉じゃがと、こんがり焼けた鮭の塩焼き、そして具沢山の味噌汁が並んでいる。
「——いただきます」
家族全員が揃い、いつも通りの食卓が始まった。
「それにしても、澪も玲奈も、なんだか疲れた顔してるわねぇ。今日は何かあったの?」
母の奈々美が、心配そうに尋ねる。
「うん……、ちょっと、大きな現場の後片付けに駆り出されて」
澪が、肉じゃがを口に運びながら、曖昧に答えた。
二等兵として現場に立つようになったとはいえ、詳細な任務内容を家族に話すことは、規則上許されていない。
「まあ、大変ねぇ。……でも、二人とも立派に働いてるのね」
「うん……。今日、色々考えさせられることがあって」
玲奈が、味噌汁の椀を両手で包みながら、ぽつりと呟いた。
「協会って、なんでも解決してくれる、すごい組織なんだと思ってた。……でも、実際は、そうじゃないところもあるんだなって」
その言葉に、零は、箸を止めて玲奈へと視線を向けた。
(——玲奈も、澪も、それぞれの現場で、色んなことを感じてるんだな)
零自身、ゴーストとして、協会の限界や、世界の裏側にある脅威の大きさを、誰よりも痛感してきた。
しかし、それを家族に語ることは、決してできない。
「まあ、そういうこともあるさ。……でも、二人がそこで一生懸命頑張ってることは、ちゃんと誰かの役に立ってるはずだよ」
零は、努めて自然にそう声をかけた。
「零がそう言うと、なんか説得力あるね」
「お、なんだよ急に」
「だって、あんた家事に関しては、変なところで妙に達観してるじゃない。……主夫の哲学、みたいな」
澪が、少し笑いながらそう茶化す。
「うるせぇよ。……ほら、おかわりいる奴」
「はーい!」
玲奈が、元気よく手を挙げる。
重かった空気が、少しずつ、いつも通りの温かい家族の空気へと戻っていった。
夕飯の後片付けを終え、零は自室のベッドに横たわりながら、今日の出来事を振り返っていた。
(——澪も玲奈も、それぞれの立場で、この世界の厳しさに触れ始めてるんだな)
姉と妹が、着実に魔法少女としての現実と向き合い始めている。その事実は、零にとって、誇らしくもあり、同時に、言いようのない不安も呼び起こすものだった。
(もし、二人がいつか、大きな危険に巻き込まれたら……俺は、ちゃんと守れるのか)
ゴーストとして、これまで多くの見知らぬ市民を守ってきた。しかし、もし自分の家族が、直接的な危機に晒される日が来たとしたら——その時、自分はどこまで力になれるのだろうか。
(——考えすぎか。……とりあえず、明日の弁当、何にしようかな)
零は、そんな不安を振り払うように、思考を日常的な献立へと切り替えた。
窓の外には、静かな夜が広がっている。
三神家の日常は、今日もまた、様々な想いを内包しながら、静かに続いていくのだった。




