第百二十六話
——ズガァァァァァンッ!!
コンテナヤードの中心で、黄金の光を纏う蛇剣と、紫電を帯びたレイピアが、激しく打ち合った。
衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばし、廃棄されたコンテナの数々が、まるで玩具のように宙を舞う。
「——ッ、やるじゃない!」
ルディアが、口元に笑みを浮かべながら叫ぶ。
彼女の得意とするのは、光属性の魔力。黄金の輝きを纏う蛇剣は、斬撃そのものに浄化と収束の光をまとわせ、触れるもの全てを穿つ。
「それは、こちらの台詞よ」
ヴィクトリアが、冷静な声色を崩さぬまま、レイピアを縦横無尽に振るう。
彼女の魔力は雷属性。切っ先から迸る紫電が、大気を切り裂くように鋭く奔り、目にも留まらぬ速さでルディアへと襲いかかった。
二人の実力は、これまで対峙してきたどの相手とも一線を画す、まさにSランク同士の激突だった。
「——展開。『幽閉の楽園』」
ルディアが、静かに呟いた瞬間、周囲の空間が、鈍く光る金色がかった靄に包まれ始めた。
教団独自の広域ジャマー結界。魔力の流動を著しく阻害し、対象の能力を大幅に制限する、ルディアの得意とする戦術の一つだ。
「あら、懐かしい手を使うのね」
ヴィクトリアが、僅かに眉をひそめた。
通常であれば、この結界の中では、緻密な魔力操作を必要とするレイピアの技は、著しく威力を減衰させられるはずだった。
「これで、少しは大人しくなるかしら」
ルディアが、優雅にそう告げた、次の瞬間。
「——生憎、対策済みよ」
ヴィクトリアが、懐から小さな結晶体を取り出し、それを己の体に軽く打ち付けた。
瞬間、彼女の周囲に、紫電を帯びた淡い光の膜が展開される。
「——なっ……!?」
ルディアが、驚愕に目を見開いた。
自身の広域ジャマーの効果が、まるで最初から存在しなかったかのように、ヴィクトリアの動きに、一切の阻害が見られない。
「これは……『アンチジャマー』……!?」
「ご名答。……つい先日、日本の情報班が開発した技術を、少し拝借させてもらったのよ。……皮肉なものね。あなたたちが崇める『神』の特異体質の情報を元に開発された技術が、こうして私たちの手に渡っているというのだから」
ヴィクトリアが、口の端を吊り上げる。
新実由鶴が、三神零の「ジャマーキラー」としての体質研究から編み出した、対ジャマー用の新技術。その情報の断片が、何らかの経路で星監の手にも渡っていたのだ。
「——ッ、卑劣な……!」
「情報戦は、こちらの得意分野なのよ、ルディア・ロンディニウム」
ヴィクトリアが、レイピアを構え直す。
これまでルディアが得意としてきたジャマー戦術という最大のアドバンテージが、あっさりと無効化されてしまった事実に、ルディアの表情が、明らかな苛立ちに歪んだ。
「——なら、力尽くで押し潰すまでよ」
ルディアが、黄金の蛇剣に、これまで以上の魔力を込める。
二人の戦いは、これまで以上に苛烈さを増していった。
——ズシャアアアアアッ!!
コンテナヤードの巨大なクレーンが、光の斬撃によって真っ二つに切り裂かれ、轟音と共に倒壊する。
周囲の倉庫群も、次々と紫電の奔流に薙ぎ払われ、瓦礫の山が積み上がっていく。
「——ハアッ!」
ルディアの黄金の蛇剣が、光の奔流となってヴィクトリアへと迫る。
「——ッ!」
ヴィクトリアが、紙一重でそれを躱すと同時に、レイピアの切っ先から紫電の雷撃を放った。
二人とも、すでに全身に無数の傷を負っていた。それでも、互いへの積年の因縁と意地が、両者の戦意を、決して衰えさせなかった。
「まだ、続けるの?」
「あなたこそ。……ここまで来たら、決着をつけないと、気が済まないでしょう?」
しかし、その時。
夜空に響く、けたたましいサイレンの音が、二人の耳にも届いた。
コンテナヤードの破壊は、すでに周辺住宅街にも被害が及び始めていた。飛び散った瓦礫が、道路脇の民家の塀を破壊し、消防や警察が、慌ただしく駆けつけ始めている。
「……そろそろ、看過できない規模になってきたわね」
どこからともなく、静かな声が響いた。
「——ッ、誰……!」
ヴィクトリアが、鋭く反応する。
崩れた倉庫の瓦礫の上に、いつの間にか、漆黒のドレスを纏った少女——ゴーストが、静かに佇んでいた。
「——あなたが、噂の……」
ヴィクトリアの瞳に、初めて明確な警戒の色が浮かんだ。
星監が、これまで捕獲を目論んできた規格外の存在。その姿を、こうして直接目にするのは初めてのことだった。
「あら、これはこれは。……あなたが、あの厄介な少女ね」
ルディアも、静かにそちらへと視線を向ける。
彼女にとっては、これまで幾度となく対峙してきた、特別な存在だった。
「二人とも、いい加減にしなさい」
ゴーストは、大剣を肩に担ぎながら、淡々とそう告げた。
「あなたたちの因縁がどれだけ根深いものかは知らないけど……この辺り一帯、住宅街もあるのよ。これ以上暴れるなら、私が力尽くで止める」
「——ッ、あなたに、口を挟む権利があるとでも?」
ヴィクトリアが、鋭くそう返す。
「あるわよ。……ここは、私が守ってる街の一部だもの」
ゴーストの声は、静かだったが、有無を言わさぬ強い意志を秘めていた。
「はぁ……近所迷惑にも程があるでしょう、あなたたち。倉庫は壊す、クレーンは倒す、サイレンは鳴り響く……。こんな騒ぎ、明日のニュースで大々的に報じられるわよ」
ゴーストの、あまりにも生活感に満ちた叱責に、ルディアもヴィクトリアも、思わず言葉を詰まらせた。
「……近所、迷惑」
ヴィクトリアが、僅かに戸惑いの表情を見せる。
これまで、国家の均衡だの、神への供物だのと、壮大な理念をぶつけ合っていた二人にとって、あまりにも予想外の、地に足のついた指摘だった。
「フン……。今日のところは、これくらいにしておいてあげるわ」
ルディアが、静かに蛇剣を鞘に納めた。
「私も、これ以上あなたと踊り続ける気分でもないもの」
ヴィクトリアも、同じくレイピアを収める。
両者とも、決定的な決着はつかないまま、互いへの警戒を残したまま、この場での戦闘を終える形となった。
「——覚えておきなさい、ルディア・ロンディニウム。この借りは、必ず返すわ」
「そっくりそのまま、お返しするわ、ヴィクトリア・ローゼンベルグ」
二人は、互いに背を向け、それぞれの陣営へと引き上げていった。
残されたゴーストは、大きく破壊された廃倉庫街を見渡しながら、深いため息をついた。
「……はぁ。片付け、大変そうね」
ゴーストは、独り言のようにそう呟くと、闇に溶けるように、その場から姿を消した。
翌朝、この一件は、大々的にニュースで報じられた。
『東京湾岸で謎の大規模破壊。原因不明も、目撃者は「黒いドレスの少女が仲裁に入った」と証言』
協会本部では、由鶴がその報告を受け、静かに呟いていた。
「……ゴーストが、直接両者を止めた、か。……随分と、思い切ったことをするのね」




