第百二十三話
魔法少女協会日本支部本部、大会議室。
普段は静かなこの部屋に、今日は国内外の主要メディア各社の記者たちが、所狭しと詰めかけていた。
「——本日は、お集まりいただきありがとうございます」
壇上に立った日本支部会長・姫嶋結衣が、凛とした声で会見を切り出した。
その隣には、副会長の湯野麗香が控え、さらに端には、緋雪をはじめとするエース部隊の面々も、緊張した面持ちで並んでいる。
「先日発生した、都内を中心とする大規模な魔獣の大量発生——通称『スタンピード』について、協会として正式な調査結果と、今後の方針を発表いたします」
結衣の言葉に、記者たちが一斉にペンを構え、カメラのシャッター音が鳴り響いた。
「まず、明らかになった事実からお伝えします。今回のスタンピードは、自然発生した地脈の異常に加え、国内のカルト組織、および国際的な秘密組織による、意図的な誘導と増幅が確認されました」
会場に、驚きのざわめきが広がる。
「これらの組織の詳細については、現在も調査を継続中であり、この場での詳しい言及は控えさせていただきます」
結衣は、一拍置いてから、慎重に言葉を選びながら続けた。
「なお、今回の事態収束にあたり、都内各所において、いわゆる『未登録の魔法少女』——通称『ゴースト』による活動が、複数の現場で確認されています。市民の避難誘導や、魔獣討伐において、一定の役割を果たしたことは事実として認識しています」
記者の一人が、すかさず手を挙げた。
「では、協会は今後、ゴーストを正式に『英雄』として認定するのでしょうか。これまでの警戒対象という立場から、方針転換があったと理解してよろしいのでしょうか」
「いいえ」
結衣は、はっきりと、しかし静かにそれを否定した。
「協会の基本方針に、変更はありません。彼女は、依然として『未登録』の魔法少女であり、その身元、所属、そして活動の全容は、いまだ解明されていない部分が多くあります。今回の一件で、一定の貢献があったことは事実ですが、それをもって直ちに『英雄』と断定することは、協会として時期尚早と判断しています」
会場に、僅かな戸惑いのざわめきが広がった。
「これまで通り、彼女の動向については、引き続き注意深く調査・観察を継続します。……ただし」
結衣は、そこで一度言葉を切り、記者たちを見渡した。
「今回の事態において、彼女が意図的に市民や協会に敵対する行動を取らなかったこと、そしてその活動が結果として多くの人命を救う一助になったことも、また事実です。したがって、当面の間、彼女に対する積極的な追跡・捕獲行動は控え、静観する方針といたします」
記者からは、さらに質問が飛んだ。
「つまり、敵でも味方でもない、中立的な立場として扱う、ということでしょうか」
「その表現が、最も近いかもしれません」
結衣は、慎重にそう答えた。
英雄視も、危険視もしない。あくまで「正体不明の存在」として、冷静な距離を保ち続ける——それが、協会が今回の会見で示した、変わらぬ基本姿勢だった。
翌日の新聞各紙、そしてインターネット上のニュースは、この発表を、それぞれの立場から様々に報じた。
『協会、ゴーストへの方針は「静観」。英雄視は避ける慎重姿勢』
『謎の魔法少女、依然として正体不明のまま。協会は捕獲を当面凍結』
『スタンピードの真犯人は国際組織か。協会の口は重く』
一部では「もっと明確に評価すべきだ」という声も上がったが、協会の発表は、あくまで抑制的なトーンに終始していた。
その頃、三神家のリビング。
夕飯の後片付けを終えた零は、家族と共にテレビの前に座り、ニュース番組に見入っていた。
「——ふぅん。結局、あのゴーストって人、正式には何も認められてないのね」
母の奈々美が、少し残念そうに呟いた。
「でも、悪い人じゃないんでしょ? ショッピングモールでも、私たちのこと助けてくれたし」
「まあ、ニュースでもそう言ってたな。……協会としては、まだ様子見ってことなんだろ」
零は、なるべく他人事のような口調でそう相槌を打ちながら、内心でホッと胸を撫で下ろしていた。
(——よかった、英雄扱いとかされずに済んだ……。目立ちすぎたら、それはそれで面倒なことになりそうだったし)
過剰な脚光を浴びることへの警戒心は、零の中に常にあった。
英雄として祭り上げられれば、それだけ世間の関心と、正体追及の圧力が強まる。今回のような「静観」という立場は、零にとって、むしろ都合の良い結果だった。
澪だけは、腕を組んだまま、じっと画面を見つめていた。
(……協会も、まだよく分かってない相手ってことね。……零の言ってた『エースに助けてもらった』って話とは、直接関係ないのかしら)
澪の脳裏に、あの夜、零から聞いた言葉が、ふと蘇る。
もちろん、それが目の前のゴーストと直接結びつくわけではない。しかし、協会自身がまだ正体を掴めていないという事実が、澪の中の漠然とした違和感を、完全に払拭してはくれなかった。
「……零。あんたを助けてくれたエースの人って、結局、誰だったの?」
「——え、あー……名前までは、聞いてないというか……」
「そう。……まあ、いいけど」
澪は、それ以上深追いすることなく、静かに視線をテレビへと戻した。
その様子に、零は内心で小さく安堵の息を吐いた。
協会本部、待機室。
会見を終えた緋雪は、疲れた様子でソファに深く腰掛けていた。
「……結局、静観、か」
「なんか、ちょっと歯切れ悪かったですね、会長」
真奈が、頬杖をつきながらそう漏らす。
「仕方ないわ。……協会という組織である以上、正体不明の存在を、根拠もなく無条件に『英雄』と認めるわけにはいかないもの」
緋雪は、静かにそう呟きながら、窓の外に広がる、夕暮れの東京の空を見つめた。
(——でも、私は知ってる。あの人が、どれだけ傷つきながら人を助けたか。……いつか、ちゃんとした形で、その働きが認められる日が来ればいいんだけど)
協会の公式な立場は、あくまで慎重なままだった。
しかし、緋雪個人の中では、ゴーストへの信頼と敬意は、この一件を通じて、確実により深いものへと変わりつつあった。
スタンピードの夜を乗り越えても、ゴーストという存在の立場は、劇的には変わらない。
それでも、水面下では、彼女を巡る人々の想いが、少しずつ、しかし確実に、形を変え始めていた。




