表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未登録の魔法少女  作者: 浅川


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
113/162

第百十三話

「悪いけど、そう都合よくは、いかせないわよ」


 ゴーストは大剣を構え直し、執事姿の男へと踏み込んだ。

 闇の刃が唸りを上げ、真っ向から相手の胴を斬り裂こうとする。


 ——ガキンッ!


 しかし、その一撃は、いつの間にか男の周囲に生い茂っていた無数の木の根によって、いとも容易く弾き返された。


「——なっ」


「おや、驚いた顔だね。……これでも僕は、君と互角以上にやり合えるだけの力を持ってるんだよ?」


 男が優雅に指を鳴らすと、地面から次々と太い蔦と根が伸び上がり、鞭のようにしなりながらゴーストへと殺到する。


「くっ……!」


 ゴーストは咄嗟に大剣で薙ぎ払うが、一本を斬り落とすそばから、また新たな根が生えてくる。まるで際限のない再生力を持つ、生きた要塞そのものだった。


 ——ズシャッ!


 避けきれなかった一本の蔦が、ゴーストの左腕を裂いた。


「——ッ、あぁ……!」


 鋭い痛みに顔を歪めながらも、ゴーストは即座に傷口へと闇の魔力を集中させる。

 掌からじわりと滲み出た闇の粒子が、裂けた傷を包み込み、僅かに疼く痛みだけを残して止血していく。


(これで、まだ動ける……!)


 しかし、休む間もなく、男の追撃が続いた。


「はは、いい判断だ。……だが、それも長くは続かないよ。回復にだって、無尽蔵の魔力があるわけじゃないだろう?」


 男の言葉通り、傷を癒やすたびに、ゴーストの中に残された魔力は着実に目減りしていく。

 これまでの戦いでは、常に相手を圧倒し、一方的に叩き潰すことができた。しかし今、目の前の敵は、力でも技でも、明確にゴーストを上回りつつあった。


(——これが、力負けってやつか)


 生まれて初めて味わう感覚に、ゴーストの背筋を冷たいものが走る。


 男の操る根と蔦は、まるで意志を持つ生き物のように、絶え間なくゴーストを翻弄し続けた。

 右肩を掠め、太腿を切り裂き、そのたびにゴーストは大剣を振るいながら、隙を見て闇の魔力で傷を塞ぐ。しかし、治す速度よりも、傷を負う速度の方が、明らかに上回っていた。


「——ハアッ!」


 ゴーストが大剣を横薙ぎに振るい、伸びてきた太い根の一本を両断する。

 しかし、その瞬間、背後から別の根が這い上がり、彼女の脇腹に再び深々と突き刺さった。


「——ぐぅッ……!」


 視界が、一瞬白く霞む。

 崩れ落ちそうになる体を、大剣を地面に突き立てることで、なんとか支えた。


「随分と、粘るね。……だが、そろそろ限界じゃないかな?」


 男は愉悦に満ちた笑みを浮かべながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 ゴーストは荒い息を吐きながら、震える手を再び傷口へとかざした。


(——魔力が、もう……ほとんど残ってない)


 わずかに残った闇の魔力を絞り出し、致命傷になりかねない脇腹の傷だけを、最低限塞ぐ。

 完全な治癒には程遠い。それでも、これ以上血を流し続ければ、意識を保っていること自体が難しくなる。


(このままじゃ、ジリ貧だ……。次の一撃に、全部賭けるしかない)


 ゴーストは残された力を全て、大剣の刃へと集中させ始めた。

 闇の魔力が、刀身に沿ってどす黒く渦を巻く。これまでの戦いでは決して使うことのなかった、限界ギリギリまで魔力を凝縮させた、まさに一撃必殺の構えだった。


「——なんだい、その顔。まだやる気かい? その体で?」


 男が、面白がるように首を傾げる。


「……ええ。まだ、終わってないもの」


 ゴーストは、震える足に力を込め、地面を蹴った。


 男の周囲に、再び無数の根と蔦が波のように立ち上がる。

 絶望的な物量。まともにぶつかれば、確実に押し潰される密度だ。


 しかし、ゴーストは避けることを選ばなかった。

 迫りくる根の壁に向かって、真っ直ぐに、最短距離で突っ込んでいく。


「——ッ、避けないのかい!?」


 男が、初めて驚愕の声を上げた。

 太い根の群れが、ゴーストの体を容赦なく打ち据える。肩が、腕が、脇腹が、次々と裂けていく。それでも、ゴーストは止まらなかった。

 全身から血を滲ませながら、渾身の力で地を蹴り、男との間合いを一気に詰める。


「——ここまで、よ……ッ!」


 闇の魔力を極限まで凝縮させた大剣が、男の胸元へと吸い込まれていく。

 男は咄嗟に身を捻り、致命傷を避けようとしたが、わずかに間に合わなかった。


 ——ズドンッ!!


 大剣の切っ先が、男の左胸を深々と貫いた。


「——なッ……こんな、無茶な……!」


 男の顔から、余裕の笑みが消え失せる。

 その体が、まるで枯れ木のようにひび割れ、黒い粒子となって崩れ始めた。


「バカな……こんな、力任せの一撃で……僕が……ここは引くとしよう」


 最後まで信じられないという表情を浮かべたまま、男の姿は完全に霧散し、後には静寂だけが残された。


「……はぁ、はぁ……」


 ゴーストは、大剣を地面に突き立てたまま、荒い呼吸を繰り返していた。

 全身のあちこちから、じわじわと血が滲んでいる。先ほどまで応急的に塞いでいた傷も、渾身の一撃を放った反動で、いくつか再び開いてしまっていた。


(——治さないと……)


 残った僅かな魔力を掌に集めようとするが、思うように力が入らない。

 これまで幾度となく戦場を駆け抜けてきたが、これほどまでに魔力を使い果たした経験はなかった。

 それでも、なんとか意識を保ちながら、最後の力を振り絞って傷口へと魔力を送り込む。

 パチッ、パチッと小さな音を立てて、闇の粒子が全身の傷を一つ、また一つと塞いでいく。致命的な出血は、なんとか全て止めることができた。


「……よし……」


 ゴーストは、掠れた声でそう呟いた。

 しかし、傷こそ塞がったものの、体の奥から込み上げてくる、これまで経験したことのないほどの深い疲労感は、どうすることもできなかった。

 膝が、震える。

 視界が、ゆっくりと暗くなっていく。


「——あ……」


 ゴーストは、崩れ落ちるようにして、近くの町工場の壁へと背中を預けた。

 立っているだけの力すら、もう残っていない。

 ズルズルと、壁を伝うようにその場に座り込む。大剣は、力なく地面に転がった。


(……立てない……)


 自分でも信じられないほどの、体の重さだった。

 これまで、どんな激戦の後でも、最低限自力で立ち上がることだけはできていた。しかし今、その当たり前のことすら、体が拒否している。


「……こんな時に、限って……」


 ゴーストは、壁に背を預けたまま、力なく空を見上げた。

 工業地帯の夜空には、相変わらず遠くのサイレンの音が響き続けている。まだ、他の発生地点でも戦いが続いているはずだ。

 助けに行かなければ。そう思う気持ちとは裏腹に、体は指先一つ動かすことすら億劫なほどに、深く沈み込んでいた。


「……ちょっとだけ……このまま……」


 閉じかけた瞼の向こうで、ゴーストの意識は、次第に薄れていった。

 これまで誰よりも強く、誰よりも孤高に戦い続けてきた特S級の亡霊が、初めて味わう、どうすることもできない『限界』。

 工業地帯の片隅、冷たいコンクリートの壁にもたれかかったまま、彼女はそれ以上動くことができなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ