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庭園に用意された椅子に座ると目の前に白磁のティーカップが置かれ、中に湯気の立つ褐色の液体が注がれて、召使いの女がクリームたっぷりのケーキを切り分けていく。
「今日はお天気がいいから、お庭でのお茶会にしましたの。さあ、召し上がって。わたくしがブランシュお姉さまと生き別れのお嬢さまを招待すると言ったら、レオ様が有名高級菓子店の期間限定の新作ケーキを取り寄せてくださったのです。とっても人気で、予約なしでは購入できないそうですわ」
公爵夫人がほほ笑みながら説明すれば、ブランシュ夫人も笑顔で応じる。
「公爵閣下は相変わらずですこと。シュゼット様には、お砂糖よりも蜂蜜よりも甘くていらっしゃるのだから」
(お母様に対するマティアス卿の態度も、相当だと思うけれど…………)
母の返答に内心で反論しつつ、クローディーヌもまずはフォークを手にとり、ケーキの味を確かめる。
クリームもスポンジも、さすがの美味だった。
田舎から出て来た娘が無言で都会の菓子の味を堪能していると、話題は、母と公爵夫人の出会いに移る。
「…………それでレオ様から、親族のマティアス卿の奥様がわたくしと同じ男爵家の出身で、マティアス卿に『運命の伴侶』と見出されて結婚した、とお聞きして。どうしてもお会いしてみたくて、レオ様にお願いして紹介していただいたの。お話してみて、正解だったわ。ブランシュお姉さまはとってもお優しくて、今では『お姉さま』とお呼びしているくらいなの」
公爵夫人の甘えるような笑みに、ブランシュ夫人も「光栄ですわ」と貴婦人らしい優美なほほ笑みで応じる。
「お姉さまに会えて、わたくしの心がどれほど救われたことか。お姉さまは、わたくしが社交界で見つけた、ただ一人の親友です」
「シュゼット様ったら、大袈裟ですわ。シュゼット様にはリリアーヌ様もいらっしゃるのに」
ブランシュ夫人が名前を出すと、途端、公爵夫人の顔がくもる。
「そうだけれど…………リリアーヌ様はやっぱり、わたくしなんかとは住む世界が違っていて…………」
「なにをおっしゃるのです、シュゼット様。リリアーヌ様はご夫君であるレオナード様の従姉妹で、シュゼット様の義姉。同じラ・コルデール一族の方ですわ」
「世間的にはそうなのでしょうけれど、わたくしはそう思えません。やはり、わたくしのような下流の貧乏貴族とは、育ちが違うというか…………血筋でしょうか、生まれ持った気品が違う気がします。それに…………リリアーヌ様は、なんだかレオ様を熱い視線で見つめておられるようで…………もしや、わたくしは邪魔なのではないかと…………」
「ありえませんわ、シュゼット様」
ブランシュ夫人の口調がやや強くなる。
「レオナード様がどれほどシュゼット様に夢中か、シュゼット様ご自身がその身をもって、ご存じではありませんか。『獣神』の末裔にとって『運命の伴侶』は絶対。一度シュゼット様を見出したからには、レオナード様がシュゼット様以外の女性に心動かされるなど、天地がひっくりかえってもございません。同じラ・コルデール一族の人間ですもの、それはリリアーヌ様も重々ご承知です」
「そうかしら…………いえ、そうだと頭ではわかっているのだけれど、でも…………」
「ご心配なら、今夜にでもレオナード様にご相談になってみては? きっと一晩中でも、シュゼット様のお悩みに付き合ってくださいますわ」
「ブランシュお姉さまったら」
いたずらっぽく片目をつぶったブランシュ夫人の提案に、シュゼット夫人もその意図を察して頬を染める。
ようやく、話が見えずにあやふやに笑いつづけていたクローディーヌの存在を思い出した。
「ごめんなさい、今日はじめてお会いした方にはわからないお話だったわね。ええと、そもそもは、わたくしの実家の家格が原因なの」
シュゼット夫人は恥じらいを混ぜつつ、説明をはじめる。
「わたくしの実家、ロワイエ男爵家は、ラ・コルデール公爵家とは比較にもならない下の家格で…………一応、二百年の由緒はあるけれど、それだって建国の功臣の子孫であるラ・コルデール家には敵わないわ。だから…………その、レオナード様と結婚して、この館で暮らすようになっても、周囲からは快く思われていなくて…………」
「『旦那様にふさわしくない』と、使用人達から虐められたり罵られたり、嫌がらせをうけているのですか?」
クローディーヌのあけすけな物言いに、ブランシュ夫人のほうが眉をつりあげる。
シュゼット夫人は「ふふ」と笑った。
「虐めとか嫌がらせ、というほどではないけれど…………社交界の方々には、良く思われていないみたいで…………」
「それは致し方ありませんわ」
ブランシュ夫人が割り込んだ。
「もともとレオナード様は、名門公爵家の後継者というだけでなく、文武両道、容姿端麗、品行方正と『王宮中の少女の初恋泥棒』と騒がれていた殿方です。たとえシュゼット様が王女様でも、令嬢達の嫉妬からは逃れられなかったはずですわ」
なるほど、そのような理由か、とクローディーヌは納得する。
ますます推理小説に出てきそうな展開だ。
「誤解しないでね。この邸にいるのは、良い人ばかりよ。みな、レオ様に忠実で、わたくしにも優しい人達ばかり。レオナード様はもちろん、お義祖母さまだって、いつもわたくしを気遣ってくださるわ。特に、わたくしは実家では後回しだったから…………」
公爵夫人は美しく白粉をはたいた顔をうつむける。
「両親は、美しくて愛想のいい妹ばかり可愛がっていたの。地味で愛想のないわたくしは、常に後回し。だから今、あふれるように愛してくださるレオ様の存在や、この邸での暮らしは、かけがえのない幸せだと思っているわ。でも、だからこそ…………一介の男爵令嬢ごときがレオ様の妻でいいのか…………不安が絶えないの。リリアーヌ様はとても気品ある優雅な淑女だから、なおさら、わたくしはレオ様にふさわしくない気がして…………」
「杞憂ですわ、シュゼット様。リリアーヌ様はご夫君と仲睦まじいではありませんか。リリアーヌ様は義姉に徹しておられるだけですわ」
クローディーヌは首をかしげた。
「リリアーヌ様という方は、シュゼット様のご夫君のお従姉妹君なのですよね? それなのに義姉ですか?」
「ああ、外の方は知らないわね。ラ・コルデール一族には『義姉』という特別な役目があるの」
シュゼット夫人はクローディーヌに説明した。
「『獣神』の末裔は『運命の伴侶』を見出すと、愛さずにはいられない。ラ・コルデール一族にとって『運命の伴侶』と結婚するのは、自然で常識なこと。たとえ運命ではない普通の令嬢と婚約したり結婚したりしていても、一度『運命の伴侶』を見つければその人と結婚する。そういう一族なの」
「『運命の伴侶』でない相手とはお別れする、ということですか? 正式に婚約や結婚が成立していても?」
「それが法的に許されている、特別な一族なの」
シュゼット夫人はうっすら誇らしげな笑みを浮かべる。
「婚約を結ぶ時点で『今後「運命の伴侶」が現れたら、この婚約は解消する』『その際、怒ったり慰謝料を請求したりしないこと』と、あらかじめ正式な契約書を作成しておくの。古くからの習わしよ。おそらく実際に、そういうことが起きたのでしょうね。結婚の際も同じよ」
「え。ということは、昨日までラ・コルデール一族の殿方の妻として暮らしていたのに、夫が『運命の伴侶』を見つけた途端、離婚されても文句はいえない、ということですか? 正式な結婚でも?」
「それが許されている一族だし、そういう前提で嫁いでくることが条件なの」
「まあ…………」
田舎貴族の予想をはるかに超えて、特殊かつ特権的な一族のようだ。
「といっても、ここ百年ほどはだいぶん血も薄まったみたいで。一生『運命の伴侶』に出会わないまま死んでいく人のほうが多いみたい。普通の貴族のように、親のさだめた相手と結婚して亡くなる方が大半で、レオ様もわたくしと出会わなければ、そうなっていたと思うわ」
シュゼット夫人は紅茶で唇を湿らせる。
「『運命の伴侶』と、いつ、どこで出会うか。ラ・コルデール一族にも予測不可能なの。下流貴族どころか、平民や外国人、政敵や犯罪者の娘だったりした例もあるらしいわ。そして、そういう女性達は、結婚したからといって、すぐにラ・コルデール家や社交界になじめるとは限らないでしょう?」
「育ってきた環境が違いすぎるから、ですか?」
「そのとおりよ。昨日まで平民として暮らしてきたのに突然、名門貴族の一員だもの。戸惑うことばかり…………」
「それを助けるのが『義姉』なのよ」
シュゼット夫人の説明を、ブランシュ夫人が引き継いだ。
いわく、『義姉』というのは学校でいうところの『先輩』にちかい立場らしい。
「基本的に『義姉』は、ラ・コルデール一族の既婚女性の中から選ばれるわ。『運命の伴侶』に一族内でのしきたりや歴史を教え、伴侶が慣れないうちは社交界などの公の場にも同行して、一族の者としてのふるまいを教えていく、それが役目よ。必要とあれば、伴侶の代理を務めることも許されているわ。リリアーヌ様は、その『義姉』なの」
「ですから」とブランシュ夫人はシュゼット夫人へ顔をむけた。
「シュゼット様がリリアーヌ様を不安に思う必要はございませんわ。私から見ても、リリアーヌ様はお役目に徹しておられるだけですわ」
「わたくしも、頭ではわかっているのだけれど…………」
シュゼット夫人はうつむき、ついで、すがるようなまなざしでブランシュ夫人の手を包んだ。
「やっぱり、わたくしの本当の親友はブランシュお姉さま、ただ一人だわ。お姉さまがいてくださって、本当に良かった。レオ様がお姉さまと引き合わせてくださらなかったら、わたくしは今も一人のまま、お友達なんて…………」
「大げさですわ、シュゼット様。たしかに社交界は、心許せる友人を見つけにくい場所ではありますけれど、シュゼット様には女学院時代のお友達もいらっしゃるではありませんか」
「いいえ」と、シュゼット夫人は首をふった。
「イリスやルーシーは、たしかに大事なお友達ですわ。少なくとも、女学院時代はそう思っていました。でも…………やはり、住む世界が違うのです。彼女達は資産家といっても、しょせんは平民…………ロワイエ男爵家は下流とはいえれっきとした貴族で、二百年に渡る由緒もあります。彼女らとわたくしでは根本的な考え方が違っていて…………まして、レオ様との結婚で上流入りした今となっては、わたくしの苦しみなど、別世界の出来事なのでしょう。いくら説明しても理解できないようなのです。けして愚鈍な人達ではないのに…………」
「ですから」と、シュゼット夫人の、ブランシュ夫人の手を包む両手に力がこもる。
「今、わたくしの気持ちを理解してくださるのは、ブランシュお姉さまだけですわ。お姉さまは、わたくしと同じ。共に男爵令嬢でありながら、ラ・コルデール一族の『運命の伴侶』に選ばれて、レオ様のようなすばらしい夫に愛されて、けれど下流貴族だったばかりに、社交界では上流の貴婦人や令嬢達に侮られ、つらい日々を送っている…………お姉さまだけが、わたくしの境遇や気持ちをわかってくださるのです」
「シュゼット様…………」
ブランシュ夫人は公爵夫人の細い肩に、そっと手を置いた。
「少し無理をなさっているのではありません? 思いつめすぎですわ。たまには気分転換してみてはいかがです? 歌劇場で新作の公演がはじまったのです、ご存じかしら。レオナード様にお願いして、お二人で出かけてみてはいかがです?」
「でも、レオ様はお忙しいのに、わたくしのためにお時間を割いていただくのは…………」
「それこそ杞憂ですわ。シュゼット様がお出かけになるのに、レオナード様が同行したくない場所など、この世のどこに在りましょう」
ブランシュ夫人に励まされ、ようやくシュゼット夫人は落ち着いたようだった。
クローディーヌへ顔をむける。
「ごめんなさい。初めてのお客様なのに、見苦しいところをお見せして」
「いえ、とんでもございません。上流貴族の方々も毎日、大変なのですね」
「本当にね。あなたのお母さまにはお世話になりっぱなしなの。今日はお茶会だけれど、二人で観劇や公園の散歩にも行くし、百貨店へお買い物に行くこともあるわ。わたくしとブランシュお姉さまは境遇が同じだから、とても気持ちが通じ合うの。こんなに頼りになる方は、はじめて。まさしく親友だわ。あ、もちろん、一番頼りになる方はレオ様だけれど」
「わたくしもレオナード様とはりあおうとは思いませんわ、殺されてしまいます」
シュゼット夫人の言葉にすかさずブランシュ夫人が応じて笑いがおこり、そこでささやかなお茶会はお開きとなった。
クローディーヌの初陣『公爵夫人のお茶会』は幕を閉じたのである。




