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母に捨てられ、再婚した父に無視されている令嬢ですが、それでも私は  作者: オレンジ方解石


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2

 そもそものはじまりは二十年ちかく前のこと。

 当時、一介の男爵令嬢だったクローディーヌの母、若きブランシュ嬢は、婚約していた子爵令息の心変わりにより、あるパーティーで婚約破棄を宣言された。

 大勢の招待客が見守る中、突きつけられた無礼と屈辱に、蒼白になって倒れそうになったブランシュ嬢を助けたのが、クレマン・ド・ルロワ伯爵令息。

 風光明媚なルロワ領を預かる名門貴族の次期当主は、その場で幼なじみの少女に求婚して、初恋を実らせた。

 周囲も物語のような展開に歓声をあげ、若い二人は降るような祝福の中で式を挙げて、ブランシュ嬢はルロワ領のルロワ伯爵邸で暮らしはじめる。

 最初の二、三年はルロワ家の事業の都合で、新婚の夫がしょっちゅう王都に赴いて新妻に寂しい思いをさせることもあったが、やがて生活は落ち着き、クレマン卿は正式に家督と爵位を継いでクレマン・ド・ルロワ伯爵となり、ブランシュ嬢もルロワ伯爵夫人を名乗るようになる。

 二人の間には初めての子、クローディーヌも誕生し、誰もが、劇的な運命に導かれて結ばれた二人の明るい未来を信じていた、その矢先。

 夫妻が出席した王宮で催された、大舞踏会で。

 状況は一転する。

 マティアス・ド・ラ・コルデール卿。

 舞踏会で偶然、知人から紹介されただけのこの青年は、その金色の瞳にブランシュ夫人を写した瞬間、彼女の前に跪いて、


「私と結婚してください」


 と告げたのである。

 いわく、


「あなたこそ私の『運命の伴侶』――――神にさだめられし半身だ」


 と――――





 建国の功臣の子孫。さかのぼれば、神話にも語られる『獣神』の末裔とも伝わる王国屈指の名門貴族、ラ・コルデール公爵家。

 この家の血族が『運命の伴侶』と呼ばれる相手を探し求める宿命を負っていることは、社交界では知られた話である。

 同時に、代を重ねて血が薄まるにつれ、その宿命や本能も薄れてきた、というのが一族と周辺の認識であり、それゆえ一族の一人、マティアス・ド・ラ・コルデール卿が血族の宿命と本能に導かれてブランシュ夫人を見出した時は当然、ひと悶着もふた悶着も起きた。

 そもそもブランシュ夫人はこの時点で人妻であり、この国では原則、離婚は認められていない。

 まして他人の妻を奪うなど、いかに名門公爵家といえど、許される行為ではない。

 この場合、非があるのは明らかにマティアス卿であり、あきらめるべきも彼のほうだった。

 普通なら。

 建国に大きく貢献し、『獣神』という稀有な特性と血を受け継ぐ、ラ・コルデール家。

 この家はその功績と特性により、数々の特権を初代国王の時代に法的に認められていた。

 その一つが「『獣神』の血脈が受け継ぐ宿命の尊重」――――「ラ・コルデールの姓と血を継ぐ者が『運命の伴侶』を見出した場合、その関係性は血脈でない人間同士のそれより優先される」というものである。

 要は、ラ・コルデール一族の者に『運命の伴侶』と認められた相手は、貴族だろうが平民だろうが、犯罪者であろうが政敵や親の仇であろうが、はたまたブランシュ夫人のようにすでに既婚者であっても――――ラ・コルデール一族側の求婚が優先される。

 つまりクレマン卿がどれほど抵抗しようと、『運命の伴侶』と判明した時点でマティアス卿は「ブランシュ夫人を差し出せ」と要求する権利があり、クレマン卿はその要求に従う義務がある、と、この国が興った直後に制定された法律により定められているのである。

 古来より『運命の伴侶』に選ばれる者のほとんどは未婚だったが、今回のような例も皆無ではない。それを考慮して定められた法律だった。

 クレマン卿はかなり頑固に抵抗したらしい。

 彼にしてみればあきらめていた長年の初恋が成就し、幸せな新婚生活を送っていた最中にそれを奪われるのだ、納得いかなくて当然である。

 けれどマティアス卿は法律と、一族の当主、ラ・コルデール公爵を味方につけた。

 地方の名門貴族も王都の大貴族にはかなわない。

 かくて、ブランシュ・ド・ルロワ伯爵夫人は伯爵と離婚して、マティアス卿と再婚。ブランシュ・ド・ラ・コルデール夫人となり、ルロワ伯爵には同情と憐憫の視線が集まる。

 そしてそれ以上に、生涯二度にわたって破格の良縁に恵まれたブランシュ夫人の強運に、社交界中の女達の感嘆と羨望のまなざしが集中したのだった。

 その後、ルロワ領に戻ったルロワ伯爵には、良縁がいくつも舞い込んだ。

 どれも背後にはラ・コルデール公爵家の影があった。

 伯爵は縁談を片っ端から拒絶し、最終的にラ・コルデール家とはまったく無縁な、エリーズ夫人を後妻に迎える。

 こういった大人の事情すべてを、幼かったクローディーヌが理解できたわけではない。

 ブランシュ夫人は娘も共にラ・コルデール邸に連れて行くことを望んだらしいが、マティアス卿への気遣いか、最終的には召使いのマルゴと二人、ルロワ伯爵邸に置いて行かれた。

 クローディーヌにはただ一つ、ルロワ邸を出て行く時の母の、


「わたくしは、いついかなる時も誇り高くありたいのです」


 という台詞だけが記憶に残っている。

 やがてルロワ伯爵とエリーズ夫人の間に次女エリザベトが誕生し、ルロワ伯爵もようやく笑顔を見せるようになって、暗かったルロワ邸の雰囲気も明るさをとり戻し、伯爵は幼い次女を溺愛するようになる。

 反比例するように、ブランシュ夫人に生き写しだというクローディーヌとは関わりあいを避けるようになり、クローディーヌはマルゴやエリーズ夫人に世話されて成長したのだった。





『クローディーヌ・ド・ルロワ嬢をラ・コルデール邸にひきとりたい』


 それがマティアス・ド・ラ・コルデール卿の申し出だった。

 国内屈指の大貴族で建国の功臣、ラ・コルデール公爵の子孫。

 現ラ・コルデール公爵の親族で、本人も高給取りの高級官僚。

 そしてクローディーヌの実母、ブランシュ・ド・ラ・コルデール夫人の再婚相手。

 それがクローディーヌの知る『マティアス卿』だ。

 ひとまず礼節をもって使者を応接室に通した伯爵夫妻は、ひととおりの話を聞き終え、エリーズ・ド・ルロワ伯爵夫人が戸惑いも露わに確認する。


「失礼ですが、それは本当に、ラ・コルデール卿ご本人のご意向なのでしょうか?」


「むろんです」


 使者はゆったりとうなずく。


「主人も夫人も、令嬢とお会いになる日を楽しみにお待ちです。特にブランシュ夫人は、クローディーヌ嬢がご家族に冷遇、いえ失礼、下のお嬢様が幼いため、クローディーヌ様まで手が回らないと噂に聞いて以来、心を痛めておいでで」


「あらまあ。ご自分でクローディーヌから聞き出したわけでもないのに、噂などを信用されるなんて。十年以上も前に出て行かれたとはいえ、由緒あるラ・コルデールの姓を名乗る方が、ずいぶん軽率なことを。もしや、マティアス卿は世間で流行の小説をお好みなのでしょうか?」


「いえ、これは私めの失言でした、お許しを」


 普段、鷹揚でひかえめな義母の珍しく刺のある物言いに、どこか横柄だった使者も居住まいを正す。

「とにかく」と再度、主張した。


「クローディーヌ嬢は清純可憐、賢く礼儀正しい令嬢と、もっぱらの噂。ブランシュ夫人としては、ぜひ一度お会いしたい、と。なにしろ十年以上もお顔を見ていないのですから、その寂しがりようは、はたから見てもお気の毒なほどで」


「たしか、ラ・コルデール夫人は今のご夫君のとの間に、四人のご子息がおありでは? 先ほど我が家を『下の娘が幼くて上の娘まで手が回らない』とおっしゃいましたけれど、むしろそちらのほうが大変ではありません?」


「いえ、その点に関してはご心配には及びません。三人のご子息はみな、すでに王都の男子校で寄宿生活を送っておいでですし、末のお坊ちゃまも来月から寄宿学校に入られます。それゆえ、いい機会だからクローディーヌ嬢をひきとりたいと、望んでおいでなのです」


 一見、筋のとおった説明に、義母は口を閉じる。

 ルロワ伯爵は無言だが、眉間のしわは明らかだ。


「お母さま、おこっているみたい」


「そうね。珍しいわ」


 (エリザベト)の意見に(クローディーヌ)も同意した。

 七歳違いの姉妹は細く開けた扉の隙間から、そろって応接室をのぞいている。

 室内の空気はお世辞にもよいものでなく、娘達の頬にもぴりぴりとはりつめた空気が伝わってきた。

 けっきょく、使者のほうが「急なことゆえ、すぐに結論を下せないのは当然です」と、ひきさがって、この日の話し合いは終了した。

 使者はふたたび馬車に乗り、宿へと戻っていく。

 ルロワ伯爵が自室に戻ると、姉妹はさっそく夫人に呼び出された。


「ルロワ家の娘が、そろってお客様の話を盗み聞きなんて! 淑女のすることではありませんよ!? 特にクローディーヌ、あなたは姉で七歳も年上、年長者として妹を導く立場でしょう!」


「のぞいていたこと、お気づきだったのですね、お義母様」


「気づかないはずないでしょう、まったくあなた達ときたら!」


 姉妹はそろって肩をすぼめ、嵐が通り過ぎるのをひたすら待つ。

 お小言から解放されて部屋に戻ると、マルゴがいつもの調子でクローディーヌにぼやいてきた。


「立ち聞きしていたのはエリザベトお嬢様も同じなのに、クローディーヌお嬢様ばかりお叱りになるなんて。奥様はクローディーヌお嬢様に厳しすぎます」


「なにを見ていたの、エリーだって怒られていたじゃない。それより」


 クローディーヌの胸に疑惑がわく。


「十一年も前に出て行ったお母様(ブランシュ夫人)が、急に私をひきとりたいなんて。どういう風の吹き回しかしら。ご夫君のラ・コルデール卿も、本当に賛成なさっているのかしら」


「それは当然ですとも。マティアス・ド・ラ・コルデール卿は『獣神』の末裔で、ブランシュお嬢様は、そのマティアス卿の『運命の伴侶』。お嬢様がお願いすれば、マティアス卿はどんなお願いでも叶えてくださいます」


「そう? いくら愛妻の願いとはいえ、いえ、愛妻だからこそ、お父様…………他の殿方(ルロワ伯爵)との間に生まれた子供なんて、ひきとる気にはならないと思うけれど。四人もご自分の息子がいるなら、なおさらだわ」


「それは…………」


「ラ・コルデール邸に行けば、それはそれで気苦労が多そうだわ。お母様はまだしも、ラ・コルデール卿とはなんの関係もないのだもの。あ、血のつながらない連れ子は、小説では定番の悪役ね。ラ・コルデール卿とお母様の間に、娘はいたかしら?」


「令嬢はいらっしゃいません。ご子息が四名です。ですが、どなたも寄宿学校に入られているとのことですし、クローディーヌお嬢様とお顔を合わせる機会は少ないかと」


「長期休暇で帰省される可能性もあるわ。『自分達がいないのをいいことに、母にとりいって』なんて言われるかも」


「そのような…………クローディーヌお嬢様も、ブランシュお嬢様の実子。きっと仲良くやれますとも」


 マルゴは説得の方法を変える。


「どのみち、このままルロワ領にいたのでは、縁談も限られます。ここは空気はよくて風光明媚な土地ですけれど、王都からは少々離れています。クローディーヌお嬢様も結婚相手をさがすお年ですし、それなら王都に行かれたほうが、良縁に恵まれる可能性は高いはずです。会える人数が桁違いですからね」


「それはまあ、そうだけれど」


 温暖で風光明媚な観光地として名高いルロワ領。

 そのため領地の外からの出入りは多いし、王都の貴族の別荘が並ぶ区画もあるが、分類としては、やはり『田舎』とか『地方』に入る。

 なのでルロワ領に住む金持ち達は、機会と伝手さえあれば、息子や娘を王都の寄宿学校に入れて、あちらの洗練された立ち居振る舞いや教養を身につけさせ、むこうで縁談を見つけたいと考えている。

 そういう点では、十六歳の今日まで家庭教師ばかりで、一度も都会の寄宿学校に入ったことのないクローディーヌは、身分や家柄を考慮すればやや異質だったかもしれない。

「それに、ほら」とマルゴはつづける。


「王都のほうが本屋も多いですし、お嬢様のお好きな小説もたくさん手に入ると思いますよ」


「それもそうね!」


 俄然、クローディーヌの瞳が輝きだす。


「きっと王都なら、こちらでは手に入らない既刊も簡単に買えるし、新作だってすぐに並んでいるはずだわ!」


 声を弾ませるクローディーヌに、マルゴは、ほっと胸をなでおろす。

 とはいえ現実問題「小説をたくさん読みたいから」という理由だけで他家に移るわけにはいかない。

 そもそも、娘がどこの家で育ち、暮らすか。それは父親の判断と権限の内であり、クローディーヌが口をはさむ余地はない。

 自分の居場所を決めるのに、自分の意見は求められない。

 それが今の時代の『娘』という立場。

 もやもやとしたものを感じつつも、クローディーヌは令嬢らしく様子見に徹して、父親であるクレマン・ド・ルロワ伯爵の決断を待つ。

…………というほどの長さもなく、ルロワ伯爵は早々に結論を下した。

 すなわち、


「そちらの申し出をお受けする」


 クローディーヌは王都のラ・コルデール邸にひきとられることになったのである。

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すげえマルゴ気持ちわりい
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