第6話『限界飯の逸材』
数日が経ったある日、昼休憩の時間になったので弁当を取り出していると、松原に声をかけられた。
「麦野君、ちょっと来て」
そう言って、教室の外へ誘われる。
俺は、また告白されるんじゃないかと思い、自分の鼓動が早くなることを感じながら教室を出て、松原に付いて行った。
ど、どうしよう?
どう言って断ろう?
相手を傷付けずに振るには、何て言えばいい?
相手を褒めつつ断るのはどうだろう。
松原は可愛くて人気があるから、俺とは釣り合わねえ。
……これでいくか?
いや、これだと、じゃあなんで付き合ってくれないんだって言われそうだ。
何かの原因で付き合うことが不可能、みたいな言い訳とか作れないか?
例えば、誰かと付き合ったら死ぬ呪いにかかっているとか。
そんなのねえ!
そんな呪いなんてねえよ!
ど、どうしよう……。
「松原君」
体育館へ繋がる渡り廊下で再度名前を呼ばれ、足を止める。
昼休憩のこの時間にここを通る生徒は少ない。
結局上手い断り方なんて何も思いつかず、松原の出方を窺うしかなかった。
「松原君、これ」
そう言って松原から紙を渡される。
「じゃあ……」
それだけ言って去っていく松原を、拍子抜けで眺める。
直後、物凄い恥ずかしい勘違いをしたことに気付き、赤面した。
そして特大な安堵の溜め息を吐き、渡された紙を見てみる。
『入部届け、家庭科部、1年2組松原紅葉』
目を疑った。
松原が家庭科部に入部するのは分かる。
だって、洋菓子選手権準優勝の実力者なんだから。
きっと家庭科部でも活躍ができるだろう。
だけど、俺が家庭科部に入っていることなんて知っていたはずだ。
俺との気まずさより、部活動をしたい気持ちが勝ったのだろうか?
それとも、村岡の言っていた女の勘というやつなのだろうか……?
まあ、どちらにしろ、これで入部希望者4人だ。
家庭科部が創設さえされれば、俺は家庭科部をすぐに退部する。
だから松原と気まずい部活動をともにすることはない。
「すぐ持っていくか」
そう呟いて、俺は村岡の元へ向かった。
「本当に入ってくれるの!?」
弁当を食べていた村岡は、箸を置いて松原の入部届けを見つめた。
「驚きすぎじゃね? 女の勘じゃ予定どおりなんじゃねえのかよ」
「だって、何回も断られてたんだよ! 一人でお菓子の研究がしたいから部活動できないって」
「えっ、前々から勧誘してたのか?」
「そうだよ! 私が麦野君を初めて誘ったあの日も、松原さんを勧誘して断られた後だったんだから」
村岡と初めて会話した日のことを思い出す。
「ああ、そうか。だからお前、あの時2組にいて入部届けなんて持っていたのか」
普通、入部届けなんて持ち歩いたりはしない。
「そうだよ。麦野君に渡した入部届けって、本当は松原さんに渡す予定のやつだったんだから。あの時は断られたけどね」
「そうだったのか。じゃあ、良かったじゃん。しかもこれで4人」
村岡は頷き、目を耀かせた。
「部活動ができるよ!」
「俺は退部ができる!」
そう言うと、村岡は渋い表情で言った。
「えっ、まだ駄目だよ」
「はっ、何で? 部が存在しないから退部できないっていう話じゃなかったか?」
「そうなんだけど、麦野君が辞めたら3人になるから、廃部になっちゃう」
「部員3人以下は廃部っていう決まりでもあんの?」
「うん……」
本当かよ……。
こいつ、割と都合よくホラ吹きやがるからな。
「じゃあ幽霊部員にでも──」
そう言いかけた時、ふと目に入った光景に天啓を得る。
席に座り、昼飯を用意する黒いナチュラルマッシュヘアの小柄な男子。
その男子の机には、昼飯が展開されているわけだが、様子がおかしい。
豆腐、納豆、生卵、鰹節、めんつゆ、そして丼ぶり。
おおよそ学校の教室では登場しない食材が並んでいる。
いや、そもそも教室の自分の机で調理をする時点で常軌を逸している。
そして男子は、机に並べた全ての食材を丼ぶりに入れて混ぜ合わせた。
「お、おい、逸材がいるぞ……」
俺は興奮して体を震わせた。
「逸材って、もしかして杉浦君のこと?」
「あそこで限界飯作ってる奴」
「うん、杉浦君だね。いつもあんな感じでご飯食べてるよ」
村岡の言葉に、俺は目を丸くして言った。
「いつも!?」
「うん、ほぼ毎日」
毎日限界飯……。
それも、学校の昼休憩に。
興奮冷めやらず村岡へ言う。
「何であいつ誘わねえんだよ!?」
村岡は目を丸くして返事した。
「えっ、誘った方がいいの?」
「バカお前、だってあいつ、創作料理の天才かもしれねえぞ」
「いやいや、そんな、まさか……」
限界飯とは、安価な食材を最低限の労力で調理した食べ物のこと。
つまりは手抜き料理なわけだが、手を抜く為に考え抜かれたレシピには、並々ならぬ努力が詰まっている。
「料理大会って、作るのは創作料理だよな?」
「う、うん、そうだけど……」
「見ろよあれ。凄え旨そうに食ってんじゃん。タンパク質豊富だし、実際旨いと思うぞ、あれ」
「そうなの……かな……」
「ちょっと俺行ってくる」
そう言って俺は、杉浦に近付いて声をかけた。
「食事中悪い。ちょっと聞いて欲しいんだけど」
謎の豆腐丼を食べるのを止め、杉浦は俺を不思議そうに見た。
「何?」
「あのさ、家庭科部に興味ないか? 創作料理で全国大会目指す部活なんだけど」
「ごめん、料理苦手だから」
「いやいや、今さっきまで料理してたじゃん!」
そう言うと、周りの席の奴らが笑った。
俺が杉浦を弄っているように見えたのだろう。
笑った奴らをギロリと睨む。
こいつらは、こいつの凄さが分かってねえ。
杉浦は周りには構わず返事した。
「僕、一人暮らしでお金ないんだ」
「一人暮らし!?」
思わず大きな声を出してしまった。
漫画なんかだと一人暮らしをしている高校生って結構ある設定だけど、実際にそんな奴がいるとは思わなかった。
「だから部活する余裕なんてないよ」
金がないということは、バイトして忙しいということだろう。
頑張ってる奴を強要なんてしたくない。
「そうか、悪かった」
勧誘を諦めて、村岡の元へ戻る。
「残念だったね」
弁当を食べながらそう言った村岡を見て、腹が鳴る。
「まだ飯食ってねえから、教室帰るわ」
そう言って去ろうとすると、村岡が呼び止めた。
「あっ、麦野君、ちょっと待って」
「ん?」
「今日の放課後、生徒会に入部希望者の報告に行くから、ちょっと残って」
ついに家庭科部創設か。
「分かった」
「プリアと松原さんにも伝えといてね」
松原もか……。
気が重いけど、これは仕方ないよな……。
「分かった」
そう返事して、俺は自分の教室へ戻った。




