第3話『唐揚げ作戦会議』
1組の教室入り口で、村岡に質問する。
「どれが内藤だ?」
「あの娘」
そう言って村岡が指差した先には、長い黒髪を後ろで1本にまとめ三つ編みにした髪型の、褐色肌の女子がいた。
アーモンド型の瞳に高い鼻筋、くっきりした彫りの深い顔で日本人っぽくはない。
そういえば両親はインド料理をやっていると言っていた。
もしかしなくても、内藤はインド人の娘なんじゃないだろうか……。
「おい、インドって英語だよな?」
唐突に不安になり、村岡に質問する。
村岡は頷いて自信なさそうに返事した。
「う、うん、多分……」
他の教科に比べて、英語はどちらかというと苦手な方だ。
でも、やるしかない!
意を決して俺は内藤の側へ近付いた。
「は、ハロー……」
机に座って鞄に教科書を入れている内藤に、少し緊張しながら声をかける。
内藤が無言でこちらを見上げたので、俺は続けた。
「ま、マイネームイズ、ナオト・ムギノ」
そこまで言うと、内藤は申し訳なさそうな顔をして言った。
「あ、あの、日本語でOKです……」
恥ずかしさと緊張の緒が切れたことのダブルパンチで、血流が高速に顔全体を巡って体温を上げていくのが分かる。
まさか、古のネットスラングを本当の意味で言われるとは思わなかった。
「内藤さん、良かったら家庭科部に入ってほしいんだけど」
隣に立った村岡が、例の紙を出して内藤に渡す。
「家庭科部、ですか……?」
「料理大会に出場することが目的なの。だから料理を作れそうな人に声をかけてるんだけど」
「料理大会……」
俺は深呼吸して赤面を落ち着かせ、内藤に言った。
「俺らと一緒に、料理技術を学ぼうぜ!」
内藤は勢い良く立ち上がり、村岡の右手を両手で握った。
「私、やってみたいです!」
前のめりにそう返事され、俺と村岡は驚いて内藤を見つめた。
誘った側が驚くなんておかしな話だが、まさか即答でオーケーが出るとは思わなかった。
「ありがとう!」
そう言って満面の笑みを浮かべる村岡に、俺はボソッと言った。
「あと一人だな」
あと一人で、晴れて退部できる。
なんだ、部の創設なんて簡単じゃねえか。
適当にあと一人引っ張って来れたらいいだけなんだから。
「じゃあ帰るわ」
そう言ってこの場から去ろうとしたところ、村岡に手を引っ張られる。
「待って!」
「今日はもういいだろ。まだ何かあんの?」
「これから作戦会議がしたいの」
作戦会議って……。
まだ創設されてもいない部に作戦もクソもないだろ。
「それ、俺がいなきゃダメ?」
そう言うと、村岡は眉間にシワを寄せて言った。
「麦野君は絶対いなきゃダメ!」
俺は大きく溜め息を吐いた。
ハッキリそう言われると、さすがに無視して帰るのは忍びない。
「ねえ、内藤さんもこれから時間ある?」
「え、ええ……」
「じゃあ、一緒に付いてきて!」
そうして俺たち三人は学校を後にしたのだった。
矢場町交差点から若宮通りを西に進み、激辛で有名な中華料理店を左に曲がって新天地通りを南へ進む。
学校から徒歩10分弱、大須商店街のアーケードに入ってすぐの所で、村岡は足を止めた。
「これ、食べてみたかったの!」
そう言って村岡が指差した店は、台湾唐揚げで有名な店だ。
移り変わりの激しい大須商店街の中で、昔からある人気店。
近所で育った俺は、もちろん食べたことがある。
揚げたてでパリパリの衣に、ピリッと心地よい辛さに爽やかなハーブの匂いが堪らなく美味しい唐揚げだ。
「私も、以前から気になってました……」
内藤がそう言うと、村岡は自分の胸をドンッと叩いた。
「今日は奢るよ!」
奢るって、お前……。
正直、結構高ぇぞ……。
ここでこいつに借りを作るのは、危険な気がする……。
俺はスタスタとレジに行き、辛さを適当に選んで台湾唐揚げを3つ注文した。
お金を払い、出来上がったら鳴る呼び出しベルをもらう。
俺は呼び出しベルを二人に見せ、言った。
「3つ買ったぞ」
「えっ、私たちの分も買ってくれたんですか!?」
驚いてそう言う内藤に頷き、今度は村岡に顔を向ける。
「こいつに借りは作らねえ」
俺がそう言うと、村岡はニヤッと笑って言った。
「ふーん。でも貸しは作ってくれるんだ」
止めろその笑い方!
イラッとくる奴だな!
「いらねえなら俺が食うから別にいいよ」
そう言うと、村岡は俺の持つ呼び出しベルを分捕って言った。
「いるに決まってんじゃん!」
呼び出しベルを確保した村岡は、満面の笑みを俺に向けた。
「麦野君、ありがとう」
唐突な礼に、俺は後頭部をポリポリと掻いた。
調子狂うな……。
「麦野君、私からも、ありがとう」
そう言って深く頭を下げる内藤。
こっちはこっちで礼儀正しすぎだ。
振り回されてるよな、俺……。
俺はアーケードの天井を見つめ、溜め息を吐くのだった。
内藤を挟んでベンチに並んで座り、透明なジュースの容器に入った唐揚げを爪楊枝で刺して食べる。
パリパリッと軽快な食感と少しピリッとする辛さの衣が、口の中を幸せにさせる。
「か、辛ぃ~!」
唐揚げを食べた村岡が悲鳴を上げる。
「辛さは適当に選んだからな。お前のは激辛のやつだ」
勝ち誇った顔でそう言うと、村岡は涙目でこちらを睨んで言った。
「交換してよ」
「えっ、嫌だよ」
内藤が村岡の袖をチョンチョンと叩いて言う。
「私のと交換しましょうか?」
「えっ、でも凄く辛いよ?」
「私、辛いのは好きなので」
そう言えば、内藤の家はインド料理屋とか言っていたな。
確かにそれなら辛いのは得意そうだ。
「じゃあ、ごめん、ありがとう」
村岡がそう言うと、内藤は交換した激辛唐揚げを笑顔で美味しそうに食べた。
「嬉しそうに食べやがって」
俺の言葉に、内藤は「ふふっ」と笑って続けた。
「私、こうやって同級生と買い食いするなんて初めてなんです。なんだか、嬉しくなっちゃって」
まるで、心暖まる映画のワンシーンのように笑う内藤だが、俺は内心複雑な気持ちだ。
だって、俺も初めてだからな、同級生と買い食いすることなんて。
「内藤は辛いやつ何でもいけるのか?」
そう質問すると、一言だけ返ってきた。
「プリアです」
「ん?」
「私の名前は、内藤プリヤンカです。あまり苗字で呼ばれ慣れてないので、プリアって呼んで欲しいです」
プリアって……。
いきなり愛称かよ。
まあ、この明らかに日本人離れした顔に、内藤って呼ぶよりかは呼びやすいのは確かだ。
「分かった、プリアね!」
村岡が嬉しそうにそう言うと、内藤はこちらに顔を向けた。
「麦野君も」
俺は気恥ずかしさを隠すように、素っ気なく言った。
「プリアね、了解」
満足したように唐揚げを食べるプリア。
俺は一呼吸置いて、村岡に質問した。
「ところで村岡、作戦会議とか言っていたのは何なんだ?」
村岡は唐揚げをヒョイッと口に入れて返事する。
「ふひのふんひはやはっへほひいほほははふほ」
「飲み込んでから喋れよ」
そう突っ込むと、プリアが代弁した。
「麦野君に謝ってほしいことがあるの」
俺は目を丸くしてプリアを見た。
村岡も同じように目を丸くしている。
「今の分かったのか!?」
コクリと頷くプリア。
「読心術の天才かよ!?」
そう言うと、ブッと吹き出した村岡の口の中から唐揚げが飛んでいく。
「うわ、汚ねえ!」
「笑わせないでよ!」
「別に笑わしちゃいねえよ」
失態に顔を赤らめる村岡に、俺は容赦なく質問する。
「んで、謝ってほしいことって何だよ?」
村岡は深呼吸し、言った。
「松原さん。それだけ言えば分かるよね、麦野君」
松原だって!?
確かに、それだけ聞けば何を言いたいのかは分かる。
松原は、初登校から3日目で俺に告白してきた女子の名前だ。
「はあ!? 何で俺が松原に謝んなきゃいけねえんだよ!」
「だって聞いたよ。暴言浴びせて告白振ったって」
「そ、それは……」
事実だから瞬時に反論が出てこない。
村岡は続けた。
「松原さんはね、絶対、部に勧誘したいの!」
「そんなの、あと一人なんだからもっと別の人でも……」
そう言うと、村岡は険しい顔をして言った。
「絶対ダメ! だって、本格的に洋菓子を作れる人なんて、他にウチの学校じゃいないもん!」
苦虫を噛み潰したような顔をしていると、プリアが村岡に質問した。
「松原さんって、凄い人なんですか?」
村岡が頷いて答える。
「うん。松原紅葉で検索してみて」
俺はスマホをポケットから取り出して、検索した。
『中学生洋菓子選手権準優勝』
出てきた文面に、唖然とした。
これは、料理で全国大会とか言ってる奴が絶対に仲間にしないといけないやつだ……。
ただ、一つ腑に落ちないことがある。
俺は家庭科部が創設されたら即退部する予定なんだ。
つまり、俺と松原の関係を修復する必要なんてない。
「これ、俺抜きで勧誘してくれよ」
「絶対ダメ!」
村岡は強く否定し、声のトーンを和らげて続けた。
「麦野君は、いつまでクラスで孤立するつもりなの?」
「ほっとけよ! そんなの俺の勝手だろ!」
村岡は首を横に振り、続けた。
「松原さんはね、自分のせいで麦野君がクラスで孤立してしまったって悩んでいるの。だから、麦野君が謝れば、松原さんも救われるんだよ。キッカケさえあれば、仲直りできるんだよ」
何も反論できずに俺は目を瞑った。
そんな俺に、プリアがトドメを刺す。
「麦野君、状況はよく分かりませんが、ここで謝れないのは、男じゃないです」
男じゃない……。
令和のこの時代にこの言葉は、差別と捉えかねない言葉なのかもしれない。
だけど、女からこの言葉を浴びせられて黙っている程、俺の心は無機質ではなかった。




