【番外編9】 ティノの休日デート大作戦〜女子会プロデュースの強制エスコートと、頼れるパートナー〜
「……うぅぅ、やっぱり無理です! こんなヒラヒラした服、ボクには……っ!」
「いいから黙って座ってなさい! 休日にまで男装して経理の計算してたら、女の子としての価値が暴落するわよ!」
特務監査部隊オフィス・女子更衣室。
そこでは現在、極めて重大なミッション(着せ替え人形)が進行していた。
普段は髪をまとめ、一人称を「ボク」にして性別を偽り、有能な経理官として働く少女――ティノ。
しかし本日は完全週休二日制の「土曜日」である。
見かねたエルザ、イリヤ、そして遊びに来ていたミアの女子三人衆が結託し、「たまには年相応の女の子『ティアナ』としてお出かけさせよう!」と、彼女を強制的にプロデュースしていたのだ。
「よし! メイク完了よ! どう、この帝国仕込みのナチュラルメイク!」
イリヤが満足げに筆を置く。
鏡の前に立たされたティノは、顔を真っ赤にして俯いていた。
栗色の髪はふわふわに巻かれ、パステルブルーの可愛らしいサマードレス。足元は少しヒールのあるサンダル。普段の凛々しい軍服姿からは想像もつかない、可憐な美少女『ティアナ』がそこに完成していた。
「可愛い! 絶対アレンもびっくりするよ!」
ミアが拍手喝采する。
「あ、アレン中隊長に、この姿を見せるんですか!? ダメです、コンプライアンス的にアウトです!」
「何を言ってるの。今日の彼のスケジュール(タスク)は『ティアナのお買い物エスコート(荷物持ち)』として、私がすでに強権で押さえてあるわ」
「エルザ先輩!? 職権乱用ですよ!?」
有無を言わさず、エルザによって背中をドンッと押され、ティノは更衣室の外へと放り出された。
◇◇◇
オフィスの入り口。
そこには、休日の私服(シックな黒のジャケットとスラックス)に身を包んだアレン・ロストが、懐中時計を見ながら静かに待っていた。
「……お待たせ、しました。アレン、中隊長」
ティノが、もじもじとスカートの裾を握りしめながら声をかける。
アレンはパチンと懐中時計を閉じ、振り返ってティノ(ティアナ)の姿を上から下まで、じっくりと観察した。
「……どう、ですか? やっぱり、ボクにはこういう服、似合わないですよね……」
ティノが恥ずかしさで消え入りそうになる中。
「見事ですね、ティノ」
アレンは、極めて真面目な、有能なビジネスマンとしてのトーンで頷いた。
「TPO(時と場所と場合)に合わせた完璧なスタイリングです。普段の軍服も機能的で美しいですが、休日のオフ仕様としての見せ方も、非常に洗練されている。……とてもよく似合っていますよ、可愛らしい」
「〜〜〜〜ッ!!」
『可愛らしい』。
アレンにとっては単なる「客観的な事実」を口にしただけだが、それをド直球で言われたティノの心拍数は、一瞬で限界を突破した。
「あ、ありがとう、ございます……っ。わ、私、今日は『ティアナ』ですから……」
「承知しています。本日の私のタスクは、あなたの完璧なエスコート(荷物持ち)ですからね。さあ、行きましょうか」
アレンがごく自然に、エスコートのために右腕を差し出す。
ティノは顔から火が出そうなほど照れながら、そっとその腕に手を添えた。更衣室の陰から、女子三人衆が親指を立てて見送っているのが見えた。
◇◇◇
王都の華やかな商業区。
二人の休日は、ティノにとって夢のような時間の連続だった。
普段は書類と数字ばかり睨んでいる彼女だが、今日は可愛い服や小物のウィンドウショッピングを満喫。アレンは一切嫌な顔をせず、彼女が選んだたくさんの荷物を軽々と両手に持ち、スマートに後ろを歩いてくれる。
(アレン中隊長と一緒に、女の子の格好でデート……。夢みたいです……!)
お洒落なオープンカフェで休んでいる最中も、ティノの胸の鼓動は鳴り止まなかった。
「……少し、歩き疲れましたか? 慣れないヒールを履いているようですし、必要なら馬車を手配しますが」
アレンが、冷たいレモネードを飲みながら気遣う。
「だ、大丈夫です! ボク……じゃなくて、私は、これでも特務監査部隊の一員ですから! 体力には自信が――」
ドンッ!
その時、後ろを通りかかった柄の悪いチンピラ風の男が、わざとらしくティノの椅子にぶつかってきた。
「ああっ!」
バランスを崩したティノが、ヒールを滑らせて床に倒れそうになる。
「おっと、危ねェな姉ちゃん。俺の服に酒でもこぼしたらどう落とし前つけ――」
チンピラが難癖をつけようとした、その瞬間だった。
ガシッ!
倒れそうになったティノの細い腰を、アレンの力強い腕がしっかりと抱きとめていた。
「アレン、中隊長……っ!」
「……お怪我はありませんか、ティアナ」
アレンはティノを優しく立たせると、そのまま彼女を背中に庇うようにスッと前に出た。
そして、チンピラに向かって、絶対零度の冷酷な視線を向ける。
「……歩きスマホならぬ、故意の『当たり屋』ですか。休日の貴重なリソース(時間)を、あなたのようなノイズに割く気はありませんが……これ以上我が部隊の優秀な人材に無礼を働くなら、法務部(憲兵)に突き出すか、ここで物理的に監査(処理)しますが。どうしますか?」
アレンの放つ、人を殺し慣れている本物の『修羅のプレッシャー』。
チンピラは一瞬で顔面を蒼白にし、「ひぃぃっ!」と情けない悲鳴を上げて逃げ去っていった。
「あ、あの……ありがとうございます、中隊長。ボク、ドジですね……」
騒ぎが収まり、ティノはシュンと肩を落とした。
「エルザ先輩なら、あんなチンピラ一撃で吹き飛ばせるのに。ボクは経理の計算しかできなくて、非力で……せっかく女の子の格好をしてるのに、アレン中隊長の手を煩わせてばかりで……」
自分が守られるばかりの「弱い存在」であることが、少しだけ情けなかった。
しかし、アレンはそんなティノの頭に、ポンッと優しく手を乗せた。
「……何を言っているのですか、ティノ」
アレンの声は、いつもの冷徹な上官のものではなく、絶対的な信頼を置くパートナーへ向ける、優しく温かいものだった。
「物理的な武力なら、エルザ殿や私がいれば十分です。ですが、あなたが毎日正確に予算を管理し、軍法という盾で我々を守ってくれているからこそ、特務監査部隊は存続できている」
アレンが、ティノの真っ赤になった顔を真っ直ぐに見つめる。
「軍服で数字と戦う有能な『ティノ』も。こうして可愛らしいドレスを着て、年相応に笑う『ティアナ』も。……どちらの姿でも、あなたは私にとって、誰よりも頼もしい『右腕』ですよ」
「〜〜〜〜〜ッ!!!」
その言葉の破壊力は、エルザの物理攻撃を遥かに超えていた。
ティノの頭からシュゥゥゥと湯気が上がり、顔面はもはやトマトよりも赤く染まっている。
「さあ、午後のタスク(ショッピング)を再開しましょうか。次は、あちらのアクセサリーショップでも見ますか?」
アレンが、再び優雅にエスコートの腕を差し出す。
「は、はい……っ! 行きます、どこまでもついて行きますっ!」
ティノ(ティアナ)は、震える手でアレンの腕をギュッと掴んだ。
有能な経理官としての計算は、もはや彼女の頭の中には一ミリも残っていない。
ただ、隣を歩く大好きな上官の完璧なエスコートに身を委ね、甘酸っぱくも幸せな休日は、ゆっくりと更けていくのだった。




