表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生してパワハラ上司を駆逐してたらいつの間にか偉くなってた  作者: ぽてと
王立工場のブラック労働を粉砕せよ〜死を招くノルマを廃止し、最強の生産現場を再構築する〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/60

【番外編6】新工場長の憂鬱と、残された引継ぎ書(マニュアル)

王立魔導工廠の中心に位置する、冷暖房完備の豪華な工場長室。

かつて、私腹を肥やした傲慢な前・工場長がふんぞり返っていた最高級の革張りチェアに、一人の若い青年が、まるで針のむしろにでも座っているかのように身を縮めていた。


「はぁ……。レンチやハンマーの重さなら目をつぶっていても分かるのに、この『羽ペン』ってやつは、どうしてこんなに重く感じるんだろうな……」


元・第五ラインの見習い魔導技師であり、現在はヴィクトリア王女の勅命により『新・工場長』へと大抜擢されたカインは、机の上に山積みになった書類を前に、深いため息を吐いた。


つい数日前まで、安全カバーのない危険な機械の前で油まみれになりながら、日々のノルマと理不尽な暴力に怯えていた末端の労働者ブルーカラーである。それが今や、五千人の労働者を抱える王国最大の軍需工場のトップ(経営者)なのだ。

人生の急カーブ(キャリアチェンジ)が激しすぎて、カインの胃は毎日キリキリと痛んでいた。


「ええと、なになに……『次期四半期における、各ラインの生産目標(KPI)の設定と、それに伴う設備投資(CAPEX)の承認願い』……?」


カインは書類に書かれた難解な言葉の羅列に、目をグルグルと回した。


「けーぴーあい? きゃぺっくす? ……ダメだ、呪文にしか見えない! 俺の頭がオーバーヒートして爆発しそうだ!」


頭を抱えて机に突っ伏したカイン。

現場の作業なら誰よりも分かる。機械の構造も、修理の仕方も完璧だ。だが「経営」や「マネジメント」という頭脳労働に関しては、彼は完全な素人であった。


そんな彼の視界の端に、机の隅にドスンと置かれた『一冊の分厚いファイル』が入った。

黒い革表紙に、銀色の美しい文字でこう刻まれている。


『アレン・ロスト式:絶対的ホワイト工場運営マニュアル 〜利益と人命を両立する究極のマネジメント〜』


それは、工廠の不正を暴き、嵐のように去っていったあの最強の外部監査役――アレン・ロストが、帰還の馬車に乗る直前に「辞書代わりになれば」とカインに手渡していった、特製の引継ぎ書であった。


「……アレンさん。あなたが残してくれたこのマニュアル、俺にとっての聖書バイブルです。どうか俺に、知恵を貸してください……っ!」


カインはすがるような思いで、分厚いマニュアルのページを開いた。

そこには、アレンの端正な文字で、工場運営に必要なあらゆるノウハウが、驚くほど論理的かつ分かりやすく体系化されて記されていた。


『第一章:経営者の心構え(マインドセット)』

『現場の作業員は「コスト」ではない。最大の利益を生み出す「最も価値のある資産ヒューマンリソース」である。彼らの心身の健康を守ることこそが、経営トップの最大の業務タスクであると心得よ』


その一文を読んだだけで、カインの胸の奥が熱くなる。

前工場長は、労働者を「使い捨ての歯車」と呼び、壊れれば次を補充すればいいと公言していた。しかしアレンは、現場の人間を誰よりも尊重してくれた。


さらにページをめくると、アレンだけでなく、第七小隊の他のメンバーからの「書き込み(アドバイス)」も随所に残されていた。


『※経理担当・ティノより追記!:予算の無駄遣い(特に管理職の私的利用)は絶対にダメです! もし帳簿に不自然な数字ズレを見つけたら、すぐに私に手紙をください! 王都から飛んできて徹底的に監査しますからね!(╬ Ò ‸ Ó)』


『※規律管理者・エルザより追記:デスクワークばかりでは足腰が鈍る。昼休みには全作業員を集めて、腕立て伏せとスクワットを各百回、義務付けるといい。筋肉は全てを解決する』


『※後方支援・クラウスより追記:エルザ殿の提案は労働基準法(肉体疲労)に抵触するため、却下(却下)してください』


「ふふっ……アレンさんたち、今頃王都で元気にやってるかな……」

カインはマニュアルの余白に書かれた賑やかなやり取りを見て、自然と肩の力が抜けるのを感じた。


コンコン、と控えめなノックの音が響いた。


「工場長。入ってもよろしいですか?」

「あ、ガンツのおやっさん! どうぞ、入って!」


部屋に入ってきたのは、長年この工廠で働き続け、現在はカインたちと共に立ち上げた『労働組合』の初代委員長を務めている、白髪混じりのベテラン作業員・ガンツだった。

かつては絶望で濁っていた彼の目も、今では活力に満ち溢れている。


「カイン……いや、工場長。第一ラインの報告エスカレーションに上がりました。実は、三番プレッサー機の魔力炉から、規定値を超える『異音』が発生していましてね」

「異音……? 魔力炉の暴走の兆候ですか?」

カインの顔つきが、経営者から『技術者』のそれへと変わる。


「ええ。まだギリギリ動かせてはいますが、このまま稼働を続ければ、三日以内には完全に焼き切れるでしょう。……ただ、現在第一ラインは王都からの緊急発注(急ぎの仕事)を抱えていましてね。ラインを止めて修理に入れると、確実に納期に遅れてしまいます」


ガンツは申し訳なさそうに言った。


カインはハッとした。

(これだ……。前工場長がいつも直面していた『利益(納期)』と『安全』の板挟み……!)


かつてのブラック工廠なら、前工場長は間違いなくこう怒鳴っていただろう。

『異音くらいでラインを止めるな! 気合で動かせ! もし機械が壊れて怪我をしても自己責任だ!』と。

その結果、無理な稼働が祟って機械は爆発し、多くの作業員が命を落とし、修繕費という名の借金を背負わされてきたのだ。


「……納期に遅れると、王都の軍上層部から違約金を請求されるかもしれない。でも、もし無理に動かして機械が爆発すれば、おやっさんたちが怪我をする……」


冷や汗を流しながら迷うカイン。

彼は無意識に、机の上の『マニュアル』に手を伸ばし、パラパラとページをめくった。

そして、『第三章:トラブルシューティング(危機管理)』の項目に、アレンが残したある一文を見つけた。


『――【ヒヤリハットの法則】。一つの重大な事故の背後には、二十九の軽微な事故があり、その背景には三百の「異常(ヒヤリとした出来事)」が存在する。異常を放置して目先の利益を優先する行為は、経営における「自殺行為」に他ならない。迷わず、勇気を持ってラインを止めよ(ストップ・ワーク・オーソリティ)』


アレンの凛とした声が、カインの脳内に響いた気がした。


(そうだ……。俺は、アレンさんからこの工廠を託されたんだ。二度と、あんな悲劇ブラックを繰り返さないために!)


カインは顔を上げ、力強い声でガンツに告げた。


「おやっさん。直ちに第一ラインの三番プレッサー機を停止ロックアウトしてください。予備の部品を倉庫から出し、安全が完全に確認できるまで、絶対に再稼働させないでください」

「おお……! ですが、納期の方は……王都の偉いさんに怒られちまいますぜ?」


「納期の遅延交渉リスケジュールと、それに伴う違約金の免除交渉は、俺の仕事です。現場の皆さんは、自分の命と仲間の安全を守ることにだけ専念してください。……俺が、必ず皆さんを守りますから!」


カインが力強く胸を叩くと、ガンツのシワだらけの顔が、嬉しそうに、そして誇らしげにほころんだ。


「へへっ……立派になりやがって。分かりましたぜ、カイン工場長。すぐに現場に伝えてきます。みんな、あんたのその決断(言葉)を聞けば、安心して修理に取り掛かれますよ」

ガンツは深く一礼し、軽快な足取りで部屋を後にした。


一人残されたカインは、フーッと大きな息を吐き出し、背もたれに深く寄りかかった。


「……言っちゃった。あー、これで王都の兵站部に、土下座して納期の延長を頼み込まないといけないのか。胃が痛い……」


そうぼやきながらも、カインの顔には晴れやかな笑みが浮かんでいた。

現場の命を使い捨てるのではなく、現場を守るための盾になる。それこそが、アレンから学んだ『真の経営者の役割』だったからだ。


◇◇◇


それから一ヶ月後。

王立魔導工廠から王都の軍上層部へ提出された『月間生産報告書』は、軍の幹部たちを大いに驚愕させることとなった。


『月間目標生産数:120%達成』

不良品スクラップ発生率:0.1%未満』

『業務中の怪我・労災事故:ゼロ件』


前工場長の時代には、過酷なノルマと長時間労働ブラックによって、不良品が山のように発生し、怪我人も後を絶たなかった。

しかしカインは、アレンのマニュアルに従い『八時間労働・二交代制』の完全シフト制を導入。さらに、週に二日の完全休日を設け、食堂のメニューを栄養満点の「お肉たっぷり定食」に改善した。


労働時間を減らしたにも関わらず、なぜ生産量が上がったのか?


答えは簡単である。

十分な睡眠と休息を取り、美味しいご飯を食べ、何より「工場長が自分たちを大切にしてくれている」という安心感エンゲージメントを得た作業員たちは、かつてないほどの凄まじい集中力とモチベーションで仕事に打ち込んだのだ。


機械の異常は未然に防がれ、不良品を出す前にライン全体でカバーし合う。

それはまさに、アレンが予言していた『心身の健康がもたらす、圧倒的な生産性の向上(ホワイト化の魔法)』であった。


「……よし。これで今月分の報告書は完成だ」


夕暮れ時。

工場長室の窓から、夕日に赤く染まる工廠の煙突を見上げながら、カインはペンを置いた。

外からは、定時(午後五時)を告げるサイレンが鳴り響き、作業着姿の労働者たちが、笑顔で談笑しながら宿舎へと帰っていく平和な光景が見える。


「アレンさん。俺、まだまだ未熟で、毎日分からない言葉(ビジネス用語)に振り回されてばかりです。でも……」


カインは、すっかり付箋だらけになり、手垢で汚れた『引継ぎマニュアル』を愛おしそうに撫でた。


「俺は、俺なりのやり方で、この工廠を……王国で一番の『ホワイトな職場』にしてみせますよ。次にあなたが監査に来た時、ぐうの音も出ないくらい、完璧な数字(実績)を見せつけてやりますからね」


若き新工場長の決意を乗せ、王立魔導工廠の白い煙は、澄み切った青空へとどこまでも高く上っていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ