第42話 新たなる肩書きと、定時退社
瓦礫の山と化した帝国の違法ゴーレム。
その残骸の前に無様に転がっている工場長を見下ろし、アレンは静かに懐中時計の蓋を閉じた。
「……現在時刻、午前五時三十分。夜明けと共に、工廠の『労働環境改善』は完全に終了しました」
「あ、アレンさん……本当に、本当に勝っちゃったんですね……」
カインが震える足で歩み寄り、信じられないものを見るような目で、鉄屑となった巨大ゴーレムを見上げる。労働者にとって絶対的な支配者であった工場長の、完全なる敗北。
その時、地下ドックの奥――地上へと続く通路から、多数の足音と甲冑の擦れる音が響いてきた。
「見事な手際ね、アレン。……あなたたち第七小隊に『外部監査』を依頼して、本当に正解だったわ」
凛とした声と共に現れたのは、豪奢なマントを羽織ったヴィクトリア第一王女だった。彼女の背後には、完全武装した数十人の近衛騎士たちと、軍の特務機関の捜査員たちが控えている。
「ヴィクトリア殿下。王都からの長旅、お疲れ様です。ご指示通り、国家反逆(密輸)の動かぬ証拠は物理的に差し押さえました」
「ええ。そのようね」
ヴィクトリアは瓦礫の山を一瞥し、満足げに微笑んだ。
彼女の合図で近衛騎士たちが素早く動き、気絶している工場長に重い魔封じの手錠をかける。
「ひぃっ……! お、王女殿下っ! これは誤解です! 私はただ、王国の防衛力を高めるために……!」
目を覚ました工場長が、見苦しく命乞いを始める。
「黙りなさい、愚か者。お前が癒着していた王都の貴族たちは、すでに昨夜のうちに我が近衛兵が一網打尽にしたわ。労働者を食い物にしい私腹を肥やし、あろうことか帝国に兵器を横流しするとは……万死に値するわよ」
「そ、そんな……っ!」
完全に逃げ道を絶たれたことを悟り、工場長は絶望のあまり再び白目を剥いて気絶した。彼はこの後、王都の地下牢で一生を終えることになるだろう。
「殿下。工廠の不正は暴かれましたが、最も重要な『業務』が残っています」
アレンは工場長に見向きもせず、ヴィクトリアに向かってスッと一礼した。
「経営トップが不在となった今、この工廠は機能不全に陥っています。早急に『新たな現場責任者』を据え、労働環境をホワイト化しなければ、王国の軍備に深刻な遅れ(ボトルネック)が生じます」
「その通りね。アレン、あなたに何か『人事案』はあるのかしら?」
「はい」
アレンは振り返り、呆然としていた若手技師・カインの背中を力強く押して、王女の前に立たせた。
「新たな工場長……あるいは現場責任者として、このカインを推薦します」
「なっ……!? お、俺ですか!? 無理です、俺はただの見習い技師で……!」
カインが顔面を蒼白にして手を振る。
しかし、アレンの目は本気だった。
「カイン。あなたは誰よりも現場で機械に触れ、仲間たちの苦しみを知り、そして何より、先ほどの戦闘で『巨大兵器の構造的欠陥』を瞬時に看破するほどの技術と知識を持っている。……現場を知らない人間に、正しい経営など不可能です。あなたこそが、この工廠を正しい姿へ導く適任者です」
「アレンさん……」
ヴィクトリアもまた、カインの目を見据え、優しく微笑んだ。
「アレンの言う通りよ。あなたたちが立ち上げた『労働組合』を、王国として正式に承認しましょう。これからは、あなたたち労働者が主役となって、安全第一の工場を運営しなさい」
「王女、殿下……っ!」
カインはポロポロと涙をこぼし、深く、深く頭を下げた。
長きにわたるブラックな支配が完全に終わりを告げ、労働者たちが自分たちの居場所(ホワイト企業)を手に入れた瞬間であった。
◇◇◇
工廠の敷地の外れ、岩山に囲まれた見晴らしの良い丘の上。
朝日に照らされる工廠の煙突からは、昨日のような黒い煤煙ではなく、正常な魔力炉から出る澄んだ白い煙が立ち上り始めていた。
その光景を、派遣の産業医に扮していた帝国スパイ・イリヤは、白衣を風に靡かせながら複雑な表情で見つめていた。
『……どういうことだ、イリヤ。王国との取引が中止だと? 我々のベルゼブブ型は手に入らないのか!』
彼女が耳に当てた小型の通信魔道具から、帝国の上官の怒鳴り声が響く。
「ええ、申し訳ありません。王立魔導工廠の工場長は、王国の近衛兵によって逮捕されました。……密輸ルートは完全に潰され、お目当てのベルゼブブ型も、無惨な鉄屑にされましたわ」
『馬鹿な! 王国の軍は腐敗しきっていたはずだ! 誰がそんな真似を……!』
「……アレン・ロスト」
イリヤは、眼鏡の奥の瞳を鋭く細め、あの冷徹で、それでいて誰よりも労働者の命を重んじた少年の顔を思い浮かべた。
「王国軍、第七小隊の小隊長。……いえ、彼はただの軍人ではありません。圧倒的な論理と武力で、どんなブラックな組織も一瞬にして『正常化(ホワイト化)』してしまう、恐るべきバグファイターです」
『……アレン・ロスト、だと』
「ええ。上官殿。彼には絶対に近づかない方がよろしいかと。……下手をすれば、我が帝国の軍隊すら、彼に『ホワイト化』されかねませんからね」
イリヤはそう言い残し、一方的に通信を切った。
彼女は最後に一度だけ、労働者たちの歓声に包まれる工廠を振り返る。
「……私の治癒魔法すら、あの少年の前では無意味(コストの無駄)だったわね。……アレン・ロスト。次に会う時は、敵か、それとも……」
銀色の髪を揺らし、謎多きスパイのヒーラーは、朝靄の中へと静かに姿を消していった。
◇◇◇
数日後。
王都へと帰還する馬車の中で、第七小隊の面々はかつてないほどの祝祭ムードに包まれていた。
「にゃはははっ! 見たかにゃアレン! 王女殿下から直々にもらった『特別ボーナス』! これなら、王都で一番高いお寿司を一生分食べられるにゃあ!」
「はしたないですよ、レノ。ですが……確かに、これほど潤沢な部隊予算を獲得できたのは素晴らしい成果です。さっそく最新の魔導計算機を三台発注しましょう!」
レノとティノが、金貨がぎっしり詰まった革袋を抱きしめてキャッキャと騒いでいる。
「ふむ。予算が潤沢なら、訓練用の特注ゴーレムでも買うか。あのベルゼブブ型は少し脆すぎたからな」
「勘弁してくださいエルザ殿。我々の結界魔法が持ちませんよ……。アレン先生、少しは彼女の手綱を握ってください」
エルザとクラウスのやり取りに、アレンは馬車の窓から心地よい初夏の風を浴びながら、優雅に微笑んだ。
「素晴らしい成果でしたね、皆さん。皆さんの完璧な働きにより、我が小隊は王立魔導工廠という超優良な取引先を獲得しました。カイン新工場長も、安全第一の素晴らしい生産ラインを構築してくれるでしょう」
そして、アレンは懐から一枚の真新しい「辞令」を取り出した。
「さらに、王女殿下から正式な辞令が下りました。本日付けで、我が第七小隊は中隊規模へと拡大され、軍内部のあらゆる不正を摘発する特権を持つ『特務監査部隊』へと昇格します」
「「「おおおおおっ!!」」」
馬車の中が、割れんばかりの歓声に包まれた。
「私が……いえ、僕がその初代部隊長(中隊長格)に就任します。……これにより、我々は王国のいかなる部署、いかなる組織に対しても、正当な権限をもって『強制監査』を行うことが可能になりました」
アレンの言葉は、これからの彼らの戦いが、さらにスケールアップすることを意味していた。
王国軍には、まだまだ腐敗したブラックな部署が山のように存在する。そして、その裏で糸を引く帝国の影も。
しかし、第七小隊……いや、新たなる『特務監査部隊』に恐れはない。
彼らには、アレン・ロストという最強の社畜がついているのだから。
「さあ皆さん。王都に着いたら、まずは温泉宿を貸し切って、三日間の慰安旅行としましょう。激務の後の適切な休息こそが、次の完璧な仕事を生み出すのですから」
アレンは懐中時計を取り出し、パチンと蓋を開けた。
「本日の業務は、これにて完全終了。――皆で笑顔で、定時退社と行きましょう!」
馬車を引く白馬の嘶きと共に、最強のホワイト部隊の凱旋が始まる。
王国全土のブラック組織が彼らの名に震え上がる日は、もうすぐそこまで来ている。




