第41話 物理的監査(スクラップ)と、限界突破の最終兵器
「アハハハハハッ! 潰れろ! 外部の監査役どもめ、私の最強の兵器の前にひれ伏してペシャンコになれェェッ!」
王立魔導工廠の地下ドックに、工場長の狂気に満ちた哄笑が響き渡る。
全高十五メートル。分厚い魔鋼鉄の装甲に覆われた帝国の違法ゴーレム『ベルゼブブ型』が、地鳴りを上げて暴れ回っていた。
ゴーレムの頭部に設けられた操縦席から見下ろす工場長の指示に従い、巨大な右腕のパイルバンカーが、凄まじい速度で振り下ろされる。
「――遅い。図体がデカいだけの木偶の坊め」
しかし、その致死の質量兵器がアレンたちを捉えることはない。
赤いマントを翻し、第一騎士団仕込みの超人的な脚力で跳躍したエルザが、ゴーレムの懐へと飛び込んでいた。
「ハァッ!!」
裂帛の気合と共に、エルザの剣が閃く。
狙うは装甲の厚い胴体ではなく、駆動部である膝の関節だ。鋼鉄同士が激突する甲高い金属音が鳴り響き、オレンジ色の火花が地下空間に散る。
「チィッ! やはり帝国製、規格外の硬さだな!」
「無駄だ無駄だァ! その機体は王国の貧弱な剣などでは傷一つ付かん! ハエのように飛び回る鬱陶しい女騎士め、薙ぎ払え!」
工場長が操縦桿を乱暴に倒すと、ゴーレムが巨大な左腕を振り回し、エルザを壁際へと追い詰めようとする。
だが、第七小隊は決して「個人の武力」だけで戦う組織ではない。
「――対象の機動力を低下させます。絶対零度の遅延処理!」
後方に控えていた白髪の魔道士クラウスが、杖を掲げて魔法を放つ。
凄まじい冷気がゴーレムの足元にまとわりつき、巨大な関節部に分厚い氷の膜を形成していく。
「ギ、ギギィィ……ッ」
「なんだと!? 機体の動きが鈍った!?」
関節が凍りついたことで、ゴーレムの動きに明らかな遅延が生じる。力任せに氷を砕きながら動こうとするため、内部のモーターと魔力炉には想定以上の負荷が急激にかかり始めていた。
「にゃはは! 視界不良のプレゼントだにゃあ!」
さらに、頭上の鉄骨から飛び降りた猫耳のレノが、ゴーレムの単眼に向かって特殊な発煙筒を投げつけた。
ボフゥッ!という音と共に黒い煙が視界を覆い、ゴーレムは完全に狙いを失って虚空に向かってパイルバンカーを振り回し始める。
「おのれェェッ! チョロチョロと小賢しい真似を!」
工場長は発狂したように叫ぶが、その間にもゴーレムの内部には着実に「異変」が起きていた。
「アレンさん! カイン君の設計図データと、現在の機体の挙動を照合しました!」
安全圏からタブレット(電子計算機)を叩いていたティノが、弾んだ声で報告を上げる。
「クラウス先輩の氷結魔法による『過剰な摩擦熱』と、エルザ先輩の回避行動による『無駄な連続稼働』。対象の内部魔力炉の温度が、設計上の安全限界を突破しつつあります! 現在、内部温度八十五パーセント!」
「完璧な進捗です。……カイン、あなたの見立て通りですね」
アレンが横に立つ若手技師を見ると、カインは興奮で顔を紅潮させながら大きく頷いた。
「はいっ! やっぱり、旧式の魔力炉を無理やり繋ぎ合わせているから、熱の逃げ場がないんだ! このまま稼働を続ければ、絶対に背面の排熱口が開くはずです!」
彼らはゴーレムを「力」で破壊しようとしているのではない。
現場の技術者だからこそ知る『機械の構造的欠陥』を突き、わざとゴーレムにフル稼働を強いることで、強制的に「オーバーヒート」を引き起こそうとしているのだ。
それはまさに、過酷なノルマと無茶な要求で労働者を潰してきたブラック工場長に対する、最高に皮肉な意趣返し(カウンター)であった。
「対象の内部温度、九十パーセントを突破! アレンさん、来ます!」
ティノの叫びと同時だった。
『ピーッ! ピーッ! 警告。魔力炉の温度が限界値を超過。強制冷却のために背面装甲を展開します』
ゴーレムのコックピット内に、無機質な警告音声が響き渡った。
直後、十五メートルの巨体の背面――分厚い魔鋼鉄の装甲が、プシューッ!という激しい蒸気の音と共に左右に開き、内部から赤熱化した中枢部が完全に剥き出しとなった。
「いまだ、エルザ殿! クラウス!」
「承知!」
アレンの号令を受け、エルザがゴーレムの足元を蹴り上げて高く跳躍する。
しかし、彼女が狙ったのはゴーレム自身ではない。空中に身を躍らせたエルザの足元へ向けて、クラウスが魔法で「氷の足場」を瞬時に生成していく。
空中を駆け上がるエルザ。彼女は自らの身体を砲弾のように使い、ゴーレムの肩のコックピットに向かって凄まじい突進を仕掛けた。
「工場長! 貴様の悪行もここまでだ!」
「ヒィィッ!?」
エルザの剣撃がコックピットの防弾ガラスを粉砕し、工場長は恐怖に顔を引き攣らせた。
だが、経営のトップとしてあらゆるものを搾取してきた男の「往生際の悪さ」は、アレンたちの想像をわずかに超えていた。
「ふざけるな……ふざけるなァァッ! こんな所で、私の工廠(会社)が倒産してたまるかァッ!!」
工場長は、自身の命が危ういにも関わらず、操縦席の奥深くにあった『赤いレバー』に手を伸ばした。
それは、帝国軍ですら使用を禁じている、機体の安全装置の完全解除レバー。
「安全装置など知るか! 機械も、人間も、壊れるまで働けばいいんだ! 限界を越えろォォッ!!」
ガコンッ!
レバーが引かれた瞬間、ゴーレムの機体全体から、不気味な赤黒い魔力の波紋が爆発的に広がった。
『警告。安全装置解除。魔力炉の暴走を開始します』
「なっ……!?」
機体から溢れ出した暴風のような魔力が、エルザの身体を空中で大きく吹き飛ばす。
「きゃあっ!」
「エルザ先輩!」
地面に叩きつけられそうになるエルザを、クラウスが間一髪で氷のクッションを展開して受け止める。
だが、限界を突破した巨大ゴーレムは、もはや制御不能のバケモノと化していた。剥き出しになった背面のコアからは異常な高熱が放たれ、地下ドックの空気が一瞬にして陽炎のように歪む。
「ヒャハハハハッ! 見たか! これが限界を超えた力だ! 貴様らなど、この高熱の魔力砲で一瞬にして炭の塊にしてやる!」
工場長は狂笑しながら、ゴーレムの巨大な両腕をアレンたちへと向けた。
圧倒的な魔力が収束し、今まさに、地下空間の全てを消し飛ばす一撃が放たれようとしていた。
「……愚かですね」
その絶望的な光景を前にしても。
アレン・ロストの瞳は、一切の温度を持たず、ただ冷徹に「それ」を見据えていた。
「安全装置を外してまで目先の数字(力)を追い求める。それは、労働者の命をすり潰して利益を出す、あなたのブラックな経営方針そのものだ。……そして、そのような理不尽を放置すれば、組織は必ず自壊する」
アレンは首元のスカーフをゆっくりと外し、一歩、前へと踏み出した。
彼の右手に握られた無骨な軍用剣に、これまでの戦いでは見せたことのない、高密度に圧縮された蒼い魔力が収束していく。
前世で過労死するまで働き続けた社畜の怨念。そして、今世で「完璧なホワイト組織」を創り上げると誓った、絶対的な管理者の意志。
「カイン、見ていてください。これが、不当な経営層に突きつける、我々労働者の『最大の権利』です」
アレンの姿が、ブレた。
「――っ!?」
工場長が瞬きをした、その刹那。
アレンはエルザが残した氷の足場すら使わず、地面を蹴った反動だけで、十五メートルのゴーレムの背後――剥き出しになったコアの目の前へと跳躍していた。
「な、バカな!? 速すぎる! それに、その高熱の中でなぜ動ける!?」
「あなたの理不尽な要求(熱気)など、僕が前世で味わった『真夏の連続サービス残業』に比べれば、そよ風のようなものですよ」
空中で身を翻したアレンの剣が、圧倒的な輝きを放つ。
「発動――【労働基準法違反・絶対的制裁】!」
アレンの冷徹な声が、地下ドックに響き渡った。
「安全義務違反、悪質な労災隠蔽、そして不当な労働環境の強要! ……経営者としての資格を失ったあなたに、もはやこの機体(会社)を動かす権限はない!」
蒼い魔力をまとった剣が、暴走するゴーレムの赤熱したコアに向かって、真っ直ぐに、一切の躊躇なく突き立てられた。
「すべての不良在庫を、ここで廃棄するッ!!」
ズガガガガガァァァァァァンッッ!!!
剣がコアを貫いた瞬間、世界から音が消え去った。
アレンの剣から流し込まれた『強制シャットダウン』の魔力が、暴走状態にあったゴーレムの内部魔力を一瞬にして食い破り、逆流させていく。
「あ、アアアァァァァァッ!!? 私、の……私の工廠がぁぁぁッ!!」
工場長の絶望の絶叫とともに、十五メートルの魔鋼鉄の巨神は、内部から連鎖的な爆発を起こしながら崩壊を始めた。
腕が吹き飛び、脚の関節が砕け、装甲がひしゃげる。
アレンは爆発の衝撃を利用して軽やかに宙を舞い、ティノたちの待つ安全圏へと着地する。
背後で、王国の歴史上最悪の違法兵器が、瓦礫の山となって崩れ落ちていく。
ズズゥゥン……ッ!
もうもうと舞い上がる土煙。
その中で、コックピットから放り出された工場長が、無様に床を転がり、壁に激突して白目を剥いた。
完全に沈黙した地下ドック。
燃え盛る巨大な鉄屑の前で、アレンはスッと剣を鞘に納め、乱れた襟元を整える。
「……業務、完了です。対象の完全なる『物理的監査』を執行しました」
その圧倒的すぎる光景に、カインはただ腰を抜かし、開いた口が塞がらないまま、震える声で呟くことしかできなかった。
「す、すげぇ……。これが、最強のホワイト小隊……っ!」
最強の社畜が下した、ブラック工廠への絶対的な鉄槌。
長きにわたって労働者たちを苦しめてきた巨悪は、今ここに、完全に粉砕されたのである。




