第40話 地下の真実と、暴走する工場長
深夜の王立魔導工廠。
ストライキで沈黙した地上とは対照的に、第五ラインのさらに地下深く――厳重な魔封じの扉の奥に隠された広大な地下ドックは、異様な熱気と魔力光に包まれていた。
「……なるほど。これが帳簿から消えた資材の行き先、ですか」
扉を破って地下ドックに踏み込んだアレンたち第七小隊は、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
巨大な地下空間には、王国の正規軍では見たこともないような、禍々しいデザインの兵器がズラリと並べられていた。高出力の魔力砲を積んだ戦車、不気味な黒光りをする装甲車、そして――。
「デカい……。なんですか、あれは……っ!」
ティノが震える声で指を差した。
ドックの最深部。そこには、全高十五メートルはあろうかという、超大型の『戦闘用ゴーレム』が鎮座していた。
全身を分厚い魔鋼鉄の装甲で覆われ、両腕には巨大なパイルバンカーと魔力砲が装備されている。それは「防衛」のためではなく、明確に「破壊と殺戮」のためだけに設計された、悪魔のような機体だった。
「……帝国の最新鋭機『ベルゼブブ型』。本来なら設計図すら王国には出回っていないはずの、最悪の殺戮兵器だ」
エルザが鋭く目を細め、腰の剣の柄に手をかけた。
「作業員たちに安全装置のない危険な環境でノルマを強要し、事故を偽装して資材を横領。その浮いた資材を使って、敵国である帝国の兵器を密造し、横流ししていた……。完全なる『国家反逆罪』ですね」
アレンが手にした証拠(裏帳簿)の束をパラパラと捲りながら、冷たく言い放つ。
「その通りだァァァッ!!」
突如、地下ドックの奥から、狂気に満ちた叫び声が響き渡った。
現れたのは、高級なシルクの服を油と汗で汚し、髪を振り乱した工場長だった。彼の目は完全に血走り、もはや正気を保っているようには見えなかった。
「私の……私の完璧なビジネスプランが! あと数時間で帝国へ引き渡し、莫大な金が手に入るはずだったのに! 貴様らのようなゴミ虫どもがストライキなどというふざけた真似をしてラインを止めるから、すべてが台無しになったァァッ!」
工場長は地団駄を踏み、アレンたちを指差して発狂したようにわめき散らす。
「お生憎様ですね。コンプライアンス(法)を無視したビジネスは、必ず自壊を起こすようにできているのです」
アレンは一切の動揺を見せず、事務的なトーンで告げた。
「工場長殿。あなたの雇ったスト破りの傭兵団は全て無力化しました。すでに我々は、王女殿下を通じて軍の特務機関へこの地下の証拠を通報しています。……あなたの『会社』は、ここでゲームオーバー(倒産)です」
「黙れ黙れ黙れェェッ!!」
工場長は懐から、禍々しい光を放つ赤い魔石を取り出した。
それは、背後の巨大ゴーレムを起動するためのマスターキーであった。
「私は終わらん! この工廠も、労働者も、この私が作り上げた私の『所有物』だ! 邪魔をするなら、この地下ごと貴様らを押し潰し、全てを『不慮の爆発事故』として処理してやる!」
「……証拠隠滅のための物理的破壊ですか。本当に、どこまでも短絡的な経営判断ですね」
アレンが呆れたようにため息をつく。
「死ねェェェッ!!」
工場長が赤い魔石を高く掲げると、巨大ゴーレムの頭部にある単眼が、ギョロリと赤黒く発光した。
ズシン……ズシン……ッ!と、地鳴りのような足音を立てて、十五メートルの鉄の巨人が動き出す。
「――迎撃準備! クラウス、結界の展開を!」
「了解!」
アレンの指示と同時に、クラウスが杖を地面に突き立てる。
分厚い光の防壁が第七小隊の前に展開されたが、巨大ゴーレムが振り下ろした右腕のパイルバンカーが、凄まじい轟音と共に防壁に直撃した。
ガギィィィィィンッ!!
「くっ……! なんという質量ですか……っ!」
クラウスが顔を歪め、杖を支える腕が震える。
数千トンの圧力が一点に集中し、第一騎士団の魔法結界すらもヒビ割れさせていく。
「防壁が破られる前に、私が機動力を奪う!」
エルザが防壁の横から飛び出し、ゴーレムの足元へと肉薄する。
彼女は名剣にありったけの魔力を込め、巨大な金属の脚の関節部へ向けて、渾身の斬撃を放った。
「断ち切れっ!」
キィィィンッ!という甲高い金属音が鳴り響く。
しかし、エルザの規格外の斬撃を受けても、ゴーレムの装甲には浅い傷がつく程度だった。
「チィッ! 硬すぎるな……っ!」
エルザが舌打ちをして後退する。
「ひゃーっはっはっは! 無駄だ無駄だァッ! この試作機は、分厚い魔鋼鉄の塊だ! 剣や魔法など一切通用せん! さあ、ペシャンコに潰れろぉぉっ!」
狂ったように笑う工場長。
ゴーレムの単眼に膨大な魔力が収束し、高出力の魔力砲が発射されようとする。
絶体絶命のピンチ。
しかし、アレンの瞳には一切の焦りはなかった。
彼はスッとタブレット(電子計算機)を取り出し、静かに画面をタップした。
「ティノ。対象の『設計図』の解析は?」
「完了しています、アレンさん! 昼間、カイン君が『地下の旧資材廃棄区画で拾った部品』の型番から、この帝国の違法兵器の構造データを完全に逆算しました!」
後方でタブレットを操作していたティノが、自信に満ちた声で叫んだ。
「素晴らしいバックオフィス(支援)です。……カイン、出番ですよ」
アレンの言葉に、物陰に隠れていた見習い技師のカインが、設計図を握りしめて飛び出してきた。
彼は自分の命を狙った工場長を真っ直ぐに睨みつけ、そして巨大ゴーレムを見上げた。
「……工場長。あなたは俺たち現場の人間を『使い捨ての歯車』だと見下していた。でも、その機械の部品を削り出し、一つ一つ組み上げたのは、俺たち名もなき『労働者』だ!」
カインの怒りの叫びが、地下ドックに響く。
「現場で死ぬ気で機械を触ってきた俺たちには、あんたなんかよりもずっと、その機械の『致命的な欠陥』がよく分かっているんだよ!」
カインはタブレットの図面を指差し、アレンとエルザに向かって大声で叫んだ。
「アレンさん、エルザさん! そのゴーレムの装甲は完璧ですが、内部の魔力炉は『旧式』を無理やり繋ぎ合わせて作られています! だから、連続稼働すると莫大な『排熱』が発生するはずです!」
「ほう。排熱口の位置は?」
「背面の装甲の隙間、第三ブロックです! そこが熱で開いた一瞬を狙えば、装甲を無視して中枢部に直接攻撃を叩き込めます!」
現場で機械と向き合い続けてきた技術者だからこそ導き出せる、極めて論理的で完璧な『弱点の看破』。
「なっ……!? ガ、ガキの分際で、私の兵器の弱点だと……!?」
工場長が驚愕に目を見開く。
「現場の声を無視する経営層に、完璧なプロダクト(兵器)など作れるはずがないのですよ。……カイン、素晴らしい技術提供に感謝します。特別ボーナスを支給しましょう」
アレンの口角が、不敵に吊り上がった。
「エルザ殿! 対象の『排熱処理』が追いつかなくなるまで、連続攻撃でオーバーヒートを誘発させてください!」
「承知した! 剣が折れるまで叩き込んでやる!」
「クラウス、ティノ、レノ! 我々は後方支援に回ります! 工場長の『不正な労働環境(違法兵器)』を、我々の手で完全にスクラップにする!」
「「「了解!!」」」
最強のホワイト小隊と、現場の若手技師。
彼らの完璧な連携が、傲慢な工場長の操る巨悪の象徴(ブラック兵器)へと、最後にして最大の反撃を開始した。




