第39話 スト破りの傭兵団と、ホワイト防衛戦
深夜の王立魔導工廠。
全ての生産ラインが沈黙し、不気味なほどの静けさに包まれた敷地の一角で、労働組合の拠点となった大広場だけは、温かな魔導ランプの光に照らされていた。
「すぅ……すぅ……」
広場に張られた巨大な野営テントの中では、数千人の作業員たちが深い眠りについていた。
長きにわたる過重労働で限界を迎えていた彼らにとって、これほどまでに安心して、しかも腹を満たして眠れる夜は、工廠に連れてこられて以来初めてのことであった。
「みんな、死んだように眠っていますね……」
見張りとして起きていた若手技師のカインが、仲間たちの寝顔を見てポツリと呟いた。
その隣で、アレンはタブレット型の小型魔道具(電子計算機)に何やら数字を打ち込みながら、温かいコーヒーを啜っていた。
「当然です。彼らは今まで、恒常的な睡眠不足状態にあったのですから。今はただ、心身の回復に専念させるべきです」
「アレンさん。本当に、ありがとうございました。俺たち、明日からもストライキを頑張ります」
「ええ。ですがカイン、気は抜かないでください。追い詰められた経営層というのは、往々にして非論理的で暴走した手段(実力行使)に出るものですから」
アレンがタブレットから顔を上げた、その時だった。
「――アレン先生。敷地周辺に展開していた『侵入者検知結界』に反応がありました。多数の生体反応。正面ゲートを強行突破し、こちらへ向かってきます」
夜の闇に紛れるようにして、白髪の魔道士クラウスが姿を現し、報告を上げた。
「数は?」
「およそ五十。全員が重武装しており、殺気を隠そうともしていません。工場長が裏社会から雇い入れた『スト破り』の傭兵団と見て間違いないでしょう」
「にゃは。レノの鼻には、酒と血の嫌な匂いがプンプン届いてるにゃ」
屋根の上から、猫耳のレノが尻尾を逆立てて警戒の声を上げる。
「来たか……! 俺がみんなを起こして、逃げる準備を!」
カインが青ざめて立ち上がろうとするが、アレンはそれを手で制した。
「不要です。せっかくの有給休暇(睡眠)を邪魔しては、彼らのパフォーマンスが下がってしまいます。……労働者の安全を守り抜くことこそが、我々外部監査役の重要な責務ですから」
アレンはゆっくりと立ち上がり、首元のスカーフを整えた。
「非合法な武力による不当介入(スト破り)。完全なる労働組合法違反です。……クラウス、エルザ殿。第七小隊の圧倒的な防衛力をもって、ゴミ共を物理的に排除してください」
「了解しました」
「ふっ、任せておけ。体が鈍っていたところだ」
第七小隊の誇る二つの「最強の鉾と盾」が、闇夜に向けて静かに歩みを進めた。
◇◇◇
「ひゃははっ! ストライキだぁ? 調子に乗った労働者どもめ。俺たち『血濡れの牙』が、地獄の痛みを教えてやるよ!」
下品な笑い声を上げながら広場へと迫っていたのは、王都の裏社会でも悪名高い傭兵団だった。
工場長から多額の報酬で雇われた彼らの目的はただ一つ。ストライキを起こした労働者たちを暴力で蹂躙し、恐怖で見せしめにすることだ。
「おい、あのテントの中に寝てやがるぞ! まずは適当に数人引っ張り出して、手足を斬り落として――」
先頭を歩いていた大男が、残忍な笑みを浮かべて踏み出した瞬間。
カチンッ。
彼の足元の地面が、微かに光った。
直後、大男の足元から凄まじい冷気が爆発的に吹き上がり、瞬く間に彼の両足を分厚い氷で大地に縫い付けてしまった。
「な、なんだぁっ!? 足が凍って動けねぇッ!」
「うおっ!? 俺もだ!」
「こっちもだ! 地面が勝手に凍りやがる!」
次々と響く悲鳴。
クラウスが事前に広場周辺に仕掛けておいた『地雷型凍結トラップ(自動迎撃システム)』が作動したのだ。
侵入者たちは一歩踏み出すごとに足元を凍らされ、またたく間に五十人のうち半数が、ただの氷の彫像と化して行動不能に陥った。
「チィッ! ふざけた罠を仕掛けやがって! 魔術師の仕業だ、魔力抵抗のある前衛だけで突っ込め!」
罠を強引に突破し、生き残った二十人ほどの傭兵が、怒り狂って武器を振りかざしテントへと突進する。
だが、彼らの前に、一人の赤髪の女騎士が悠然と立ちはだかった。
「そこまでだ。これ以上、我が小隊の『クライアント』に近づくことは許さん」
「あぁ? 女の騎士が一人で何ができ――」
傭兵が嘲笑しようとした、次の瞬間。
エルザの姿が、ブレた。
「――っ!?」
ゴッ!!という凄まじい鈍音と共に、先頭の傭兵がくの字に折れ曲がり、十メートル以上も後方へ吹き飛んだ。
エルザは抜剣すらしていない。鋼鉄の籠手で覆われた拳による、ただの『正拳突き』である。
「な、なんだ今の速さは……っ!?」
「ひるむな! 囲んで殺せ!」
傭兵たちが一斉にエルザに襲いかかるが、それは文字通り、赤子と大人の戦いであった。
エルザは飛んでくる刃を最小限の動きで躱し、無駄のない動きで次々と反撃を叩き込んでいく。
「ふっ!」
「がはぁっ!?」
「てりゃあっ!」
「ごふぅっ!」
王国最強と謳われる第一騎士団において、かつて千人長まで務め上げた彼女の武力は、質の悪い荒くれ者たちが束になっても到底敵うものではなかった。
わずか数十秒。
圧倒的な蹂躙劇の末、広場には白目を剥いて倒れ伏す傭兵たちの山が築かれていた。
「……随分と歯ごたえのない連中だな。これでは準備運動にもならん」
エルザが退屈そうに肩を回し、気絶した傭兵のリーダーの襟首を掴んで持ち上げる。
その規格外の強さと、一切の無駄がない鎮圧劇を、少し離れた医務室の窓からこっそりと覗き見ている影があった。
派遣の産業医に扮した帝国スパイ、イリヤである。
「……冗談でしょ。あの悪名高い傭兵団が、たった数分で全滅……?」
イリヤは眼鏡の奥で、信じられないものを見るように目を丸くしていた。
王国の軍は腐敗しきっていると報告を受けていた。しかし、あの第七小隊だけは異常だ。圧倒的な武力、完璧な戦術、そして何より、あの少年の「冷徹なまでの指揮」。
「彼ら……ただの護衛部隊じゃないわね。私の任務(スパイ活動)、致命的な障害になるかもしれない……」
イリヤが冷や汗を流して隠れる中、アレンはエルザに持ち上げられた傭兵のリーダーの前に歩み寄った。
「さて、スト破りのリーダー殿。少し『情報共有』をお願いできますか」
「がはっ……! ふ、ふざけんな……俺たちを誰だと……!」
血を吐きながらも睨みつけてくるリーダーに対し、アレンは冷たい目で見下ろした。
「あなたが誰であろうと興味はありません。ただ、あなたたちは労働組合法違反および不法侵入、殺人未遂の現行犯です。……このまま王都の憲兵に突き出し、あなたたちの組織の口座(資金源)を徹底的に凍結(差し押さえ)しても構わないのですが?」
「なっ……!?」
「ですが、もし工場長の『不正の証拠』を証言し、我々の監査に協力するというのなら、司法取引(見逃し)に応じないこともありませんよ。……選んでください。組織ごと破滅するか、ここで全てを吐くか」
アレンの言葉には、一切の感情がこもっていなかった。完全に計算し尽くされた、絶対的な交渉術。
その冷徹な威圧感に、裏社会で生きる傭兵のリーダーですら、本能的な恐怖を感じてガタガタと震え出した。
「わ、わかった……! 吐く! 吐くから勘弁してくれ……!」
リーダーは情けない声で命乞いをし、知っていることを全て話し始めた。
「こ、工場長はものすごく焦ってたんだ……! 『今夜中に何としてもストライキを潰さなければ、明日の朝の「帝国の奴らへの納品」に間に合わない』って……! だから、金はいくらでも出すから急いでくれって言われたんだ!」
「……なるほど。帝国の奴らへの納品、ですか」
アレンは満足げに頷き、傭兵を地面に投げ捨てた。
ストライキによるライン停止が、工場長の裏ビジネス(密輸ルート)の首を完全に絞め上げていた証拠。
これで、彼が国家反逆罪に手を染めていることは明白となった。
「レノ、あなたの方の進捗はどうですか?」
「にゃはは! バッチリだにゃ!」
工廠の屋根から飛び降りてきたレノが、自慢げに鍵束を揺らして見せた。
「昼間、気絶した現場監督の懐からくすねた鍵を使って、第五ラインの地下深くにある『魔封じの扉』を開けてきたにゃ! ……あの中、とんでもないものが作られてるにゃあ。工場長が焦るのも無理はないにゃ」
「完璧な仕事です、レノ」
アレンは懐中時計を取り出し、パチンと蓋を開けた。
時刻は、夜明けまであと数時間。
「スト破りの武力介入は完全に無力化しました。工場長の手駒は、もう残っていません」
アレンの瞳が、狩りを確信した肉食獣のように鋭く光る。
「さあ皆さん。最終監査の始まりです。工廠の地下に隠された『最悪の不良在庫(国家反逆の証拠)』を物理的に差し押さえ、工場長の息の根を完全に止めに行きますよ」
第七小隊の面々が、力強く頷く。
ストライキを守り抜いた最強の社畜部隊は、いよいよ巨悪が潜む工廠の最深部――隠された地下ドックへとその歩みを進めた。




