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異世界転生してパワハラ上司を駆逐してたらいつの間にか偉くなってた  作者: ぽてと
王立工場のブラック労働を粉砕せよ〜死を招くノルマを廃止し、最強の生産現場を再構築する〜

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第32話 地獄の生産現場と、謎の産業医

王都の中心から馬車で半日ほど離れた、切り立った岩山の麓。

そこには、常に黒々とした煙を吐き出し続ける無数の煙突と、巨大な城壁に囲まれた広大な施設が存在していた。


王立魔導工廠まどうこうしょう』。

王国の正規軍が使用する剣、鎧、そして魔力駆動の兵器に至るまで、あらゆる武具の八割を生産している「王国の心臓部」である。


「……ひどい空気だ。王都の青空が嘘のように霞んでいるな」


第七小隊の馬車から降り立ったエルザが、鼻口をマントで覆いながら顔をしかめた。

岩山に囲まれた地形のせいもあるが、排煙処理フィルターを全く行っていない粗悪な魔力炉から排出される煤煙が、空をどんよりと濁らせているのだ。


「ゲホッ、ゴホッ……! なんだか、息苦しいです。それに、地面も油とススで真っ黒……」

「ティノ、この『防塵マスク(特注の布)』を着用してください。健康被害システムダウンを引き起こす微粒子が充満しています。……まったく、環境アセスメントという概念が存在しないのでしょうか、ここは」


アレンはティノや新人兵士たちにマスクを配りながら、工廠の巨大な鉄門を見上げた。

門の前に立つ警備兵たちは、アレンたち第七小隊の姿――特に、第一騎士団のエンブレムを肩につけたエルザの姿を見ると、露骨に嫌な顔をした。


「第七小隊……ヴィクトリア王女殿下からの『特別護衛任務』で派遣されてきた部隊だな。工場長から話は通っている。中へ入れ」

「ご苦労様です。我々は外部の護衛部隊アウトソーサーですが、工廠内のルールには従います。本日はよろしくお願いします」


アレンが完璧な営業スマイルで一礼するが、警備兵は「フンッ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

歓迎されていないのは明白だった。ヴィクトリア王女の息がかかった部隊など、彼らにとっては自分たちの「旨味」を邪魔する疎ましい監査役に他ならないからだ。


重々しい音を立てて鉄門が開く。

一歩、工廠の敷地内に足を踏み入れた瞬間――鼓膜を破らんばかりの凄まじい轟音が、第七小隊の全員を襲った。


「なっ……なんだ、この音はっ!?」

「にゃあっ!? 耳が痛いにゃ! レノの敏感な耳にはキツすぎるにゃあ!」


エルザが顔をしかめ、レノが耳を塞いでしゃがみ込む。

金属を打ち据える巨大なハンマーの音。魔力炉が発する不快な高周波。そして、怒号。それらが反響し合い、常に百二十デシベルを超えるような暴力的な騒音空間が形成されていた。


そして何より、異常なまでの『熱気』である。

初夏とはいえ、工廠の内部は優に四十度を超えているだろう。むせ返るような油の匂いと、焦げた魔力の匂いが入り混じり、ただ立っているだけで体力がゴリゴリと削られていくのが分かる。


「……これが、王国の生産現場ブルーカラーの最前線ですか」


アレンはスカーフの襟元を少しだけ緩め、鋭い視線で生産ライン(現場)を見渡した。

そこで彼が見たものは、前世のブラック企業すら生温く感じるほどの、文字通りの『地獄』だった。


稼働している巨大な魔導プレッサーや、高速で回転する切削機。それらには、巻き込み事故を防ぐための『安全カバー』が一切取り付けられていない。むき出しの歯車が、作業員のすぐ真横で凶悪な音を立てて回っている。


そして、その機械を操作している作業員たちの姿は、さらに凄惨だった。


「ひどい……。みんな、生きた人間の顔をしていないぞ……」


新人兵士の一人が、震える声で呟いた。

煤にまみれた作業員たちは、全員が異常なほど痩せこけており、その目には一切の光がない。まるで魂を抜かれた死体ゾンビのように、ただ機械的に、ふらふらとした足取りで重い資材を運び、危険な機械を操作し続けている。


「おい、そこ! 手が止まってるぞ! 今日のノルマ(生産数)を達成できなければ、給料は半分だからな! 出来損ないのゴミ共め、死ぬ気で機械を回せ!」


高い足場の上から、小太りの現場監督(中間管理職)が鞭を振り回しながら怒号を飛ばしている。

「出来損ない」という暴言。そして「ノルマ未達成による減給」という、あからさまな労働基準法違反のペナルティ。


「……驚きましたね。コストカットのために安全設備をケチり、作業員の命を担保にして生産ラインを回している。おまけに不当な減給の脅し(パワハラ)まである。控えめに言って、即座に操業停止シャットダウンレベルの重大なコンプライアンス違反です」


アレンの声は、轟音の中でもハッキリと冷たく響いた。


その時だった。

第七小隊のすぐ横を、身の丈ほどの巨大な木箱を背負って歩いていた若い作業員が、ガクンと膝から崩れ落ちた。


「あっ……!」


疲労の限界を超えていたのだろう。彼が背負っていた木箱が傾き、中に入っていた何十キロもの『高純度の魔法鉱石』が、石の床に向かって雪崩のようにこぼれ落ちそうになる。

それが彼の足元に落ちれば、間違いなく両足の骨が粉砕される大惨事だ。


「危ないっ!」


誰よりも早く動いたのはエルザだった。

彼女は瞬きの間に間合いを詰め、落下しそうになった巨大な木箱を片手で受け止め、もう片方の手で若い作業員の襟首を掴んで強引に引き倒した。


ガシャアァァッ!


数個の鉱石が床に転がったが、エルザの超人的な身体能力のおかげで、若者はかすり傷一つ負わずに済んだ。


「大丈夫か、少年。怪我はないか?」


エルザが手を差し伸べるが、倒れ込んだ若い作業員――まだ十代後半ほどの、顔中ススだらけの少年は、恐怖でガタガタと全身を震わせていた。


「ひぃぃっ! ご、ごめんなさい! ごめんなさいっ! 鉱石は無事です、少し落としただけです! だから、どうか減給だけは……! 今月クビになったら、田舎の妹たちが飢え死にしてしまうんですっ!」


助けられたことへの感謝よりも先に、彼自身の口から出たのは「罰への恐怖」だった。

その異常な反応に、エルザは言葉を失う。


「落ち着いてください。我々は外部の人間です。あなたを罰する権限はありませんし、誰もあなたの報告などしません」


アレンが静かにしゃがみ込み、少年の目線に合わせて声をかけた。

アレンの落ち着いた声に、少年――カインは、ビクビクしながらも少しだけ震えを収めた。


「あ、ありがとうございます……。俺は、カインと言います。第五ラインの魔導技師見習いで……」

「私はアレン・ロスト。第七小隊の小隊長です。カイン、あなたの腕……それは、ただの汚れではありませんね?」


アレンがカインの腕を指差す。

長袖の作業着の隙間から見えた彼の腕には、真っ赤に腫れ上がった重度の火傷と、機械に挟まれたであろう痛々しい裂傷が無数に刻まれていた。しかも、適切な治療が行われた形跡はなく、汚れたボロ布が巻き付けられているだけだ。


「あ、これは……昨日、安全カバーのないプレッサーに袖を巻き込まれそうになって。でも、軽い怪我なので平気です。工廠のルールでは『業務中の怪我は本人の不注意(自己責任)』なので、ポーションの支給もありませんから……休んだら、その分給料が引かれてしまいますし……」


無理に笑顔を作ろうとするカイン。

その言葉を聞いて、アレンの背後にいたティノや新人兵士たちが、怒りと悲しみで顔を歪めた。


「自己責任だと……? ふざけるな。雇用側が安全な労働環境を用意していないことが原因エラーの根源だというのに、すべての責任を末端の作業員に押し付けるなど、経営陣の怠慢にも程がある!」


アレンは立ち上がり、静かな、しかし確かな怒りを込めて吐き捨てた。


「カイン。直ちに治療が必要です。この工廠に、医務室や産業医ヒーラーは配備されていますか?」

「えっ、あ、はい。一応、第四棟の裏に医務室はありますが……でも、あそこに行ってもどうせ……」

「ティノ、エルザ殿。彼を医務室まで運んでください。僕は少し、この『素晴らしい生産ライン』を視察してから向かいます」


アレンの有無を言わせぬ指示により、エルザはカインを軽々と抱え上げ、工廠の奥にあるという医務室へと向かった。


◇◇◇


工廠の騒音から少し離れた、薄暗い通路の突き当たり。

「医務室」と書かれた古びた看板が掲げられた部屋のドアを、エルザが開けた。


「失礼する。負傷者の手当てを頼みたい」


薬品の匂いが漂う室内には、簡素なベッドがいくつか並べられており、そのうちの一つに、白衣を着た一人の女性が気怠げに腰掛けていた。


「……あーあ。また『壊れた歯車』が運ばれてきたの? 今日はもう五人目よ。いい加減にしてほしいわね、本当に」


長い銀色の髪を無造作に後ろで束ね、細いフレームの眼鏡をかけたその女性は、エルザたちを見ると面倒くさそうにため息をついた。

年齢は二十代半ばだろうか。白衣の下からはグラマラスな体つきが窺え、どこか気品すら感じさせる整った顔立ちをしているが、その瞳にはやる気というものが一切感じられない。


「私は派遣の産業医ヒーラー、イリヤよ。そこに寝かせて。……あら、カインじゃない。昨日も言ったでしょ、注意力が足りないからそうなるのよ」

「す、すみません、イリヤ先生……」


イリヤは毒づきながらも、棚から安物の「低級ポーション(水で薄められた気休め程度の薬)」の瓶を手に取り、カインの火傷と裂傷にバシャバシャと乱暴に振りかけた。


「うっ……! し、沁みます……」

「我慢しなさい。ここは戦場じゃないんだから、高級な回復魔法なんてかけてあげられないわよ。はい、これで終わり。さっさと職場に戻って、また死にかけながら働きなさい」


イリヤは冷たく言い放ち、手を払うようなしぐさをした。

その冷酷とも取れる態度に、ティノがたまらず口を開きかけた時だった。


「……ほう。随分と『効率的』な治療ですね。感服いたしました」


医務室の入り口に、遅れてやってきたアレンが腕を組んで立っていた。

彼はイリヤを一瞥した後、カインの腕に視線を落とす。


「低級ポーションを振りかけただけに見せかけて、実際は接触する瞬間に、極めて高度で精密な『無詠唱の治癒魔法』を患部に直接流し込んでいる。……カイン、腕を動かしてみてください」


「えっ……? あ、あれ? 痛くない……! それに、火傷の痕も完全に消えてる!」


カインが驚いて腕を振り回す。先ほどまで赤黒く腫れ上がっていた火傷も、深い裂傷も、嘘のように綺麗に完治していた。水で薄めた低級ポーションで、これほどの劇的な回復を見せるはずがない。


「……ちっ。嫌なガキね」


イリヤが舌打ちをし、眼鏡の奥の瞳を鋭く細めた。

王国が使い捨てにしている作業員たちを、彼女は「ただの安薬での治療」と偽って、自らの高度な治癒魔法で秘密裏に完治させていたのだ。


彼女の正体は、王国と敵対する『帝国のスパイ』である。

工廠で生産された武器が、横領によって帝国へ密輸されているルートを監視・検品するために、身分を偽って潜入していたのだ。

しかし、彼女の本質は心優しいヒーラーであったため、目の前でボロボロになっていく作業員たちを見捨てる(あるいは怪我で生産ラインが止まるのを見過ごす)ことができず、バレないようにこっそりと治療を施していたのである。


「あなた、何者? ただの護衛部隊のガキじゃないわね」

「僕はアレン・ロスト。第七小隊の小隊長にして、この工廠の『労働環境コンプライアンス』を監査するためにやってきた外部監査役です」


アレンは名乗り、イリヤに向かって深く一礼した。


「イリヤ先生。あなたが個人的な善意……あるいは『別の目的』で彼らを救っていることについては、深く追求しません。しかし、根本的な原因エラーを排除しなければ、何度治療しても彼らはまた機械にすり潰されるだけだ」

「……監査役ですって? 笑わせるわね。この工廠のトップ(工場長)が、どれだけ腐りきっているか知らないの? あなたが何を言おうと、ここの地獄ルールは絶対に変わらないわ」

「変わらないのではありません。『変えるための正しい手続き(物理)』を取っていないだけです」


アレンの言葉に、イリヤは呆れたように肩をすくめたが、その瞳の奥には、ほんの少しだけ「この少年に対する興味」が湧き上がっていた。


「カイン、治療が終わったならすぐに休――」


アレンが言いかけたその時。

工廠の奥、第五ラインの生産フロアの方角から、鼓膜をつんざくような金属の悲鳴と、作業員たちのパニックに陥った絶叫が響き渡った。


『逃げろぉぉっ! 第三プレッサー機の魔力炉が暴走したぞぉぉっ!!』


「なっ……! 俺の担当ラインだ!」

カインが顔面を蒼白にして立ち上がる。


「……どうやら、事態は我々の想像以上に深刻な『末期症状(システム崩壊)』を迎えているようですね」


アレンの瞳が、氷のように冷たく、そして鋭く研ぎ澄まされた。

前世の記憶が呼び覚ます、経営側の怠慢による最悪の労災事故の予兆。


「第七小隊、ただちに現場へ急行スクランブルします。――これより、本工廠における『緊急の業務停止命令ストップ・ワーク・オーソリティ』を執行する!」


アレンの号令とともに、第七小隊の面々が弾かれたように医務室を飛び出していく。

残されたイリヤは、呆然とその背中を見送りながら、眼鏡を指で押し上げた。


「……業務停止命令? 正気じゃないわ。あの工場長を相手に、生産ラインを強制的に止める気……?」


地獄の生産現場に、アレン・ロストという名の異端の論理ホワイトが、今まさに物理的な介入を果たそうとしていた。

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