第33話 ラインの強制停止と、中間管理職の激怒
第七小隊が駆けつけた第五ラインの生産フロアは、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「ああっ、魔力炉の圧力が限界だ! 誰か冷却水を!」
「駄目だ、バルブが錆び付いて回らない! 爆発するぞっ!」
フロアの中央に鎮座する、三階建ての建物ほどもある巨大な魔導プレッサー機。その心臓部である魔力炉が赤黒く発光し、不気味な膨張を繰り返していた。安全カバーが外された歯車は異常な高速回転を始め、今にも自壊して周囲に金属片を撒き散らそうとしている。
「第一フェーズ、現状の被害状況を算定!」
轟音に負けないアレンの鋭い指示が飛ぶ。
「逃げ遅れた作業員が三名! プレッサー機のすぐ足元です!」
ティノが即座に状況を把握し、報告を上げる。
直後、限界を迎えた巨大プレッサー機のメインギアが「バキィッ!」というけたたましい音と共に砕け散り、大人の胴体ほどある巨大な金属片が、逃げ遅れた作業員たちへ向かって凶器となって飛散した。
「ひぃぃっ!?」
作業員たちが絶望に顔を覆う。
「――防壁展開」
だが、金属片が彼らを肉塊に変える直前、涼しい声と共に分厚い氷の障壁が出現した。
クラウスの放った魔法が金属片を受け止め、ガキンッ!と甲高い音を立てて弾き落とす。
「対象の保護完了。エルザ殿、お願いします」
「任せろ!」
氷の障壁が砕け散るのと同時に、エルザが疾風のごとく飛び出した。
彼女は驚異的な身体能力で危険地帯へ踏み込むと、腰が抜けて動けない作業員三人の襟首を掴み、一瞬にして安全圏へと後退する。
「対象の回収、完了した! ティノ、念のため彼らの外傷チェックを!」
「はいっ! 第一班、怪我人のトリアージを開始します!」
第七小隊による、無駄の一切ない完璧なレスキュー(異常事態対応)。
その流れるような手際に、周囲で逃げ惑っていた作業員たちは唖然として立ち尽くした。
しかし、根本的な原因である魔力炉の暴走は止まっていない。赤黒い光はさらに増し、今度こそ大爆発を起こす寸前だった。
そこへ、フロアの奥から怒鳴り声が響いた。
「ええい、何をモタモタしている! 機械から離れるな! 魔力炉を無理やりでも押さえ込んで、ラインを動かし続けろ!」
現れたのは、先ほど高い足場の上から作業員たちを怒鳴りつけていた、小太りの現場監督(中間管理職)だった。彼は手にした鞭を床に叩きつけ、信じられない指示を飛ばす。
「馬鹿な……爆発寸前だぞ! 今近づけば確実に死人が出る!」
エルザが信じられないという顔で現場監督を睨みつけた。
「死人だと? 知るか! この第五ラインが十分停止すれば、どれだけの損失(赤字)が出ると思っている! 出来損ないのゴミ共が数匹死のうが、代わりはいくらでもいるんだ! さっさと持ち場に戻れぇっ!」
その暴言を聞いた瞬間、恐怖で震えていた作業員たちが、顔を青ざめさせながらも暴走する機械へとフラフラ歩み寄ろうとする。「逆らえばクビになる」という絶対的な恐怖が、彼らの生存本能すらも麻痺させているのだ。
「……なるほど。これがこの工廠の『マネジメント』ですか。吐き気がするほど非論理的ですね」
歩み出た作業員たちの前に、アレンが静かに立ち塞がった。
「なんだ貴様は! 外部の護衛部隊のガキが、現場の指揮に口出しするな! どけ!」
「第七小隊小隊長、アレン・ロストです。現場責任者殿にお尋ねしますが、あなたは『目先の損失』を気にするあまり、より巨大な『中長期的リスク』を見落としていませんか?」
アレンは首元のスカーフを整え、極めて事務的なトーンで語りかけた。
「現在、あの機械は物理的な限界を超えています。作業員を特攻させて数分稼働を延ばしたところで、最終的に機械が爆発・大破すれば、莫大な設備投資の損失と、ラインの完全停止による復旧費用が発生する。……人命という『最も貴重な資産』を失うコストすら計算できないとは、あなたの経営視点は完全に破綻しています」
「なっ……! ガ、ガキの分際で偉そうに! 私は工場長からこのラインを任されているんだ! 私の言うことは絶対だ!」
論破された現場監督は顔を真っ赤にして逆上し、アレンに向かって鞭を振り上げた。
「私の命令に従わず、生産を止めた貴様らも同罪だ! 減給と鞭打ちの刑にしてやる!」
振り下ろされる鞭。
しかし、それがアレンに届くことはなかった。
「……上官に何をしている、豚が」
ドンッ!という鈍い音。
いつの間にかアレンの前に立っていたエルザが、片手で鞭を掴み取り、そのまま現場監督の鳩尾に強烈な前蹴りを叩き込んでいた。
「が、はっ……!?」
現場監督はカエルのような声を出して吹き飛び、油にまみれた床を無様に転がる。
「不当な暴力による指揮命令権の行使。完全なるコンプライアンス違反です。……クラウス、やってください」
「了解です、アレン先生」
アレンの指示を受け、クラウスが暴走するプレッサー機に向けて杖を掲げた。
「緊急停止。絶対零度の凍結」
クラウスの杖の先から、凄まじい冷気が一直線に放たれる。
それは暴走する魔力炉のコアに直撃し、数千度に達しようとしていた炉心を、たった数秒でカチコチの氷塊へと変えてしまった。
巨大なプレッサー機は完全に沈黙し、第五ラインの騒音がピタリと止む。
「な……な、なんてことを……!」
這いつくばった現場監督が、完全に凍りついた機械を見て絶望の悲鳴を上げた。
「バカな、バカなバカな! ラインを止めたら、ノルマが……! 私まで工場長から責任を問われてクビに……っ!」
「安心してください。これは労働安全衛生の観点に基づく、正当な『緊急業務停止命令』です。責任の所在はすべて、外部監査役である僕が持ちます」
アレンは懐中時計を取り出し、静寂に包まれたフロア全体に響く声で宣言した。
「これより、第五ラインの安全基準が完全に満たされるまで、本設備の稼働を無期限で停止します!」
その宣言に、作業員たちは息を呑んだ。
自分たちを虫ケラのように扱う現場監督をあっさりと制圧し、絶対に止めてはならないと言われていた機械を止めてしまった少年。
彼らの瞳に、アレンの姿がどのように映ったのかは言うまでもない。
「……ふむ。やはり、現場だけを叩いても根本的な解決にはなりませんね。ティノ、クラウス、エルザ殿。この工廠の『帳簿』と『経営の実態』を、徹底的に洗い直しますよ」
「「「了解!」」」
第七小隊の力強い返事が、停止した工廠に響く。
その様子を、天井の鉄骨の陰から見下ろしている影があった。
「にゃはは。アレンの言う通り、この工廠の裏帳簿……とんでもない『真っ黒なデータ』が出てきたにゃ」
夜間パトロールと称して工廠の深部を探っていたレノが、手に入れた極秘資料を揺らしながら、ニヤリと笑った。
王国の心臓部に巣食う巨悪との戦いは、アレンの『強制監査』によって一気に加速しようとしていた。




