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異世界転生してパワハラ上司を駆逐してたらいつの間にか偉くなってた  作者: ぽてと
王立工場のブラック労働を粉砕せよ〜死を招くノルマを廃止し、最強の生産現場を再構築する〜

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第31話 王女からの極秘依頼と、出張手当【第2章スタート】

初夏の日差しが、王都の石畳を眩しく照らし出していた。

悪徳小隊長であったバッカスが軍法会議にかけられ、すべてを失ってから数週間。第七小隊の兵舎は、以前の「掃き溜め」と呼ばれていた頃の面影を完全に失っていた。


「いち、にっ、さん、し! 呼吸を止めないように! 筋肉への酸素供給を意識するんだ!」


兵舎の中庭では、第一騎士団から自ら降格して異動してきた赤髪の女騎士・エルザの号令が響き渡っている。

彼女の指導のもと、二十人の新人兵士たちが朝の基礎訓練に励んでいた。かつての王国軍における訓練といえば、上官の気分次第で理不尽な暴力が飛び交う「しごき」が当たり前であった。しかし、現在の第七小隊にそのような悪習ハラスメントは一切存在しない。


「よし、そこまで! 各自、十五分間の小休止インターバルを取れ。ティノ、水分と塩分の補給指示を頼む」

「はいっ、エルザ先輩! みんな、冷たい麦茶と塩飴を用意したから、絶対に全員摂取すること! 熱中症システムダウンで倒れたら、アレンさんに始末書を書かされちゃうからね!」


女性用の真新しい軍服に身を包んだティノが、手際よく新人兵士たちに補給物資を配っていく。彼女の完璧な在庫管理バックオフィススキルにより、第七小隊の備品は常に最適化され、無駄な経費の削減と労働環境の向上が見事に両立されていた。


「ふぅ……やはり、適切な休憩を挟むことで、次のセットのパフォーマンスが劇的に向上するな。アレンの提唱する『スポーツ医科学的アプローチ』とやらは、騎士団の伝統的な精神論よりも遥かに合理的だ」


エルザは汗を拭いながら、満足げに頷いた。

そこへ、兵舎の屋根の上から、猫耳の獣人レノが長い尻尾を揺らしながらひらりと飛び降りてきた。


「ふぁぁ……おはようにゃ。昨日の夜間パトロール(深夜残業)の報告書、アレンの机の上に置いておいたにゃ。今月はこれで規定の残業時間を超えたから、明日から三連休をもらうにゃ」

「ご苦労様です、レノ。あなたの隠密スキルによる情報収集リサーチは、我が部隊の要ですからね。しっかりリフレッシュしてきてください」


いつの間にか中庭の隅に立っていた白髪の魔道士クラウスが、銀縁眼鏡を押し上げながらレノに労いの言葉をかけた。彼の手には、魔力で自動保温されている二つのマグカップが握られている。


「さて、私はアレン先生にモーニングコーヒー(燃料)をお持ちしなければ。今日の彼は、月末の経理処理と次期四半期の予算編成という『巨大な魔物』と戦っておられますからね」


完璧に分業化され、全員が自身の適性(強み)を最大限に活かしながら、定時退社という一つの目標(KPI)に向かって邁進する。それが、アレン・ロストが新小隊長として作り上げた、王国軍において最も異端にして最強の『ホワイト部署』の日常であった。


* * *


同じ頃、第七小隊の執務室。

かつてバッカスが豚のようにふんぞり返っていたその部屋は、今や無駄な装飾品がすべて撤去され、極めて機能的なオフィスへと生まれ変わっていた。


「……よし。これで来月分の『資格取得支援制度』の予算は確保できたな。新人たちには早いうちに、魔物解体作業の基礎資格を取らせておこう。スキルの多角化は、リスク分散の基本だからな」


執務机に向かっているのは、第七小隊の若きトップ、アレンである。

彼は首元のスカーフを整えながら、羽ペンを滑らせて次々と決裁書類にサインを書き込んでいた。前世で過労死するまでブラック企業に尽くした社畜の魂を持つ彼は、この異世界において「理不尽な労働環境」を徹底的に憎んでいる。


彼が目指すのは、誰もが健康で、正当な評価を受け、定時で帰れる完璧な組織構造システムの構築だ。そのためには、管理職である自分自身が、現場の何倍も頭を働かせる必要があった。


コンコン、と控えめなノックの音が響き、クラウスがコーヒーを運んできた。


「失礼します、アレン小隊長。魔力抽出による深煎りコーヒーです。進捗はいかがですか?」

「ありがとう、クラウス。おかげさまで、内部の事務処理バックログはすべて消化できたよ。あとは午後から、兵站部への予算折衝ネゴシエーションに行くだけ……」


アレンがコーヒーを一口飲み、安堵の息を吐き出そうとしたその時だった。


――ドドドドドドッ!


窓の外から、ただならぬ蹄の音と、重厚な車輪が石畳を軋ませる音が聞こえてきた。

アレンとクラウスが顔を見合わせ、窓の外を見下ろす。第七小隊の兵舎の前に横付けされたのは、白馬に引かれた、王族や一部の大貴族しか使用を許されていない、豪奢な紋章入りの馬車だった。


周囲を固めているのは、王家の紋章を胸に刻んだ近衛騎士たちである。

その物々しい雰囲気に、中庭で訓練をしていたエルザやティノたちも、完全に動きを止めていた。


「……ほう。アポなしの訪問とは、随分と強引なクライアント(顧客)ですね」

「アレン先生……あの馬車の紋章、第一王女殿下のものです。お忍びにしては、随分と堂々としたおなりのようですが」

「なるほど。先日、バッカス元小隊長の件でご挨拶した、ヴィクトリア王女殿下ですか」


アレンは慌てることなく、手元の書類を綺麗に揃えて引き出しにしまった。

相手が誰であろうと、彼にとっては「対応すべきステークホルダー(利害関係者)」の一人に過ぎない。


「クラウス。第一応接室の準備を。ティノには、最高級の茶葉で淹れた紅茶を用意するように伝えてくれ。……エルザ殿は、念のためフル装備で待機を。お偉いさんの急な訪問というのは、大抵の場合、面倒な『特命(炎上案件)』の持ち込みと相場が決まっているからね」


アレンは首元のスカーフをキュッと締め直し、「完璧な営業マン」の顔を作って執務室を後にした。


* * *


第七小隊の第一応接室。

そこには、深いフード付きのマントを羽織った美しい少女――ヴィクトリア第一王女が、優雅な所作でソファーに腰を下ろしていた。彼女の背後には、護衛の近衛騎士が彫像のように直立している。


「急な訪問で驚かせてしまったかしら、アレン小隊長」

「とんでもございません。ヴィクトリア殿下におかれましては、本日はどのようなご用件でしょうか。我々第七小隊がお力になれることであれば、可能な限り対応コミットさせていただきます」


アレンは完璧な角度で一礼し、向かいのソファーに腰を下ろした。

その無駄のない洗練された所作に、ヴィクトリアは感心したように目を細めた。王国軍の将校たちでさえ、彼女の前では極度の緊張で言葉を噛むのが普通だというのに、この少年は、まるで対等な取引相手のように堂々としているのだ。


「単刀直入に言うわ。あなたたち第七小隊の手を借りたいの。……ある『闇』を暴くためにね」


ヴィクトリアの表情から、少女らしい笑みが消え、王族としての冷徹な光が瞳に宿った。

彼女が懐から取り出し、テーブルの上に滑らせたのは、分厚い羊皮紙の束だった。


「これは、王国の武具生産の八割を担う心臓部……『王立魔導工廠まどうこうしょう』の、過去一年間の労災報告書と、生産量の推移データよ。アレン、あなたにはこれがどう見えるかしら?」


アレンは書類を手に取り、素早く目を通した。

彼の社畜としての経験(データ分析スキル)が、瞬時に違和感を察知する。


「……不自然ですね。生産量は昨対比で一・五倍に増加しているにも関わらず、資材の購入履歴がそれに追いついていない。さらに異常なのは……この『事故報告書』の数です。重傷者や死亡者の数が、一般的な工場の許容ラインを遥かに超えている。にも関わらず、操業停止の措置が一度も取られていない」


「ご名答よ。さすがね、アレン」


ヴィクトリアは重いため息をついた。


「王立魔導工廠は今、利益とノルマを最優先する傲慢な工場長と、彼に癒着する一部の腐敗した貴族たちによって牛耳られているわ。現場の作業員たちは、安全装置すら外された危険な魔導機械のプレッサーの前で、文字通り命を削って働かされている。……『ノルマ未達成は減給』『ケガは自己責任』という、地獄のようなルールでね」


その言葉を聞いた瞬間、アレンの目の奥で、冷たい怒りの炎が揺らめいた。

利益のために現場ブルーカラーの命を使い捨てる経営層。それは、アレンが前世で最も憎悪し、今世で絶対に滅ぼすと誓った『理不尽ブラック』の象徴そのものであった。


「私は以前から監査を入れようとしているのだけど、上層部の貴族たちが結託して、正規の調査団をことごとく追い返しているの。このままでは、工廠の作業員たちが全滅するか、あるいは……消えた資材が『よからぬ場所』へ流出している疑惑まであるわ」


「つまり、我々第七小隊に『外部監査役』として工廠へ潜入し、工場長の不正の証拠を掴んでこい……というご依頼ですね」


「ええ。あなたたちの部隊なら、バッカス元小隊長の時のような『圧倒的な論理と武力』で、あの腐りきった工廠を正常化(ホワイト化)できるのではないかと期待しているの。もちろん、これは正規の軍務とは異なる、私からの個人的な特命よ」


ヴィクトリアは、試すような視線でアレンを見つめた。

王国最大の生産拠点であり、腐敗した貴族たちの利権の巣窟。そこにたった一つの小隊で乗り込むのは、文字通り火中の栗を拾うような危険な任務である。


しかし、アレンの口角は、わずかに、だが確かに吊り上がっていた。


「……お引き受けいたしましょう、ヴィクトリア殿下」

「本当!? 助かるわ、アレン!」

「ただし」


アレンはスッと人差し指を立て、極めて冷徹なビジネスマンの顔で条件を提示した。


「これは通常の防衛任務の範疇を大きく超えた、高難易度の『出張監査業務』となります。現場は劣悪な環境であり、敵対的買収(武力衝突)のリスクも極めて高い。したがって、我が部隊の隊員たちには、相応の対価を支払っていただく必要があります」


「対価……具体的には?」


「第一に、工廠までの往復および滞在にかかる全額支給の『特別出張手当』。第二に、生命の危機を伴う業務に対する、基本給の三倍の『危険手当ハザードペイ』。そして第三に、本件を無事にクローズ(解決)させた暁には、我が第七小隊の年間予算の三十パーセント増額をお約束いただきたい」


背後に立つ近衛騎士が、「貴様、王族に向かってなんという強欲な要求を……!」と剣の柄に手をかけた。

しかし、ヴィクトリアはそれを手で制し、むしろ楽しそうにクスクスと笑い始めた。


「ふふっ……あはははっ! いいわ、最高よアレン。命を懸ける部下のために、上司として一歩も引かずに正当な『報酬』を要求する。本当に、あなたは上に立つ者として完璧な思想を持っているわね」


ヴィクトリアは、ポンと手を叩いて了承の意を示した。


「その条件サービスレベルアグリーメント、すべて丸呑みしてあげるわ。予算の権限は私にあるから安心して。……アレン・ロスト小隊長。王立魔導工廠の視察と、工場長の不正に関する特別監査業務を、あなたたち第七小隊に委託します」

契約成立アグリーです。我がホワイト小隊の『物理的監査』の手腕、存分にご期待ください」


アレンとヴィクトリアが、固い握手を交わす。

それは、王国最大のブラック現場に対する、徹底的なホワイト化改革の火蓋が切って落とされた瞬間であった。


* * *


数時間後。

第七小隊のミーティングルームに、全隊員が招集されていた。

ホワイトボードの前に立ったアレンは、集まった部下たちを見渡し、よく通る声で宣言した。


「皆さんに報告があります。本日から我が小隊は、王立魔導工廠への出張任務ビジネス・トリップに就きます。目的は、工場内の視察という名目のもとに行う、現場の『絶対的ホワイト化』および、経営層に対するコンプライアンス監査です」


その言葉に、部隊の空気が一気に引き締まる。


「現地は、極めて劣悪な労働環境ブラックであると報告を受けています。危険な機械、疲弊した作業員、そして不正を隠蔽しようとする管理職。……ですが、安心してください。今回の出張には、王族直下の予算から、たっぷりと『危険手当』と『出張手当』が支給される確約を取ってあります」


「「「おおおおおっ!!」」」


特別ボーナスの支給という言葉に、二十人の新人兵士たちのモチベーションが爆発的に跳ね上がった。


「にゃはは! さすがアレンだにゃ! 出張手当で、現地の美味しい魚をたらふく食べるにゃ!」

「素晴らしい交渉術です、アレン先生。経理担当としても、これほど潤沢な特別予算が下りるのであれば、強力な魔法スクロール(設備投資)を惜しみなく投入できますね」

「ボーナス……! やった、これで念願の最新型計算機ソロバンが買えます……!」


レノ、クラウス、そしてティノが目を輝かせる。

エルザだけは一人、腕を組んで真剣な表情を浮かべていた。


「アレン。王立魔導工廠といえば、王国の軍事機密の塊だ。当然、工場長も私兵や傭兵を雇って、強固な防衛線を敷いているはず。……監査とやらのの過程で、間違いなく物理的な衝突(戦闘)が起きるぞ」

「ええ、想定内です。エルザ殿、前衛の指揮はあなたに一任します。不当な妨害行為を行う輩に対しては、一切の容赦は不要。徹底的に『排除』してください」

「ふっ……了解した。第一騎士団仕込みの剣技、存分に振るわせてもらおう」


エルザの頼もしい言葉に、アレンは満足げに頷いた。


「よし。それでは各自、直ちに出張の準備パッキングを開始! 明朝六時には王都を出発します。現地の劣悪な環境に呑まれないよう、我々は我々のルール――『安全第一』と『定時退社』を武器に、ブラック工廠を徹底的に叩き潰します!」


アレンの号令に、第七小隊の全員が力強く敬礼で応えた。

過酷なブルーカラーの現場でボロボロになる作業員たちを救い、利益に目が眩んだ巨悪に鉄槌を下すための、新たなる戦いの幕が今、上がったのだ。

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