【番外編4】ミアの食堂での女子会(?)、あるいは組織管理者の不在
バッカスが軍法会議へと連行され、アレンが正式に第七小隊の小隊長に就任してから数日が経った。
王都の喧騒が少し落ち着いた日曜日の昼下がり。大衆食堂『ミアの店』の一角には、なんとも奇妙な顔ぶれが揃っていた。
「……で。結局、アレン本人はいないわけ?」
看板娘のミアが、腰に手を当てて呆れたようにため息をついた。
彼女の目の前には、新調された『女性用』のぴったりな軍服に身を包んだティアナ(ティノ)、そして王国軍の最高峰である第一騎士団のエンブレムを肩に輝かせたまま、なぜか平然とジョッキを煽っている赤髪の女騎士エルザ。さらに、椅子の上で丸まって大きな焼き魚を頬張っている猫耳のレノがいた。
「はいっ。アレンさんは今、『新体制における有給休暇消化率のシミュレーション』と『備品の適正在庫の再構築』に没頭されていて……」
「……あのバカ。小隊長になって最初の休みの日くらい、顔出しに来ればいいのに。相変わらず仕事ばっかりね、あいつは」
ミアは毒づきながらも、ティアナの前に特製の果実水を置いた。
そして、まじまじとその姿を観察する。以前はダボダボの軍服に隠れて分からなかったが、今の彼女はどう見ても、可愛らしくも凛々しい一人の少女だった。
「それにしても、ティノ……じゃなくてティアナ。あんた、本当に女の子だったのね。アレンから聞いた時は耳を疑ったわよ」
「えへへ、そうなんです。ずっと隠しててごめんなさい、ミアさん。でも、アレンさんが『性別による機会損失は組織の恥だ』って言って、すぐに私専用の備品を揃えてくれたんです。……今の服、すごく動きやすくて気に入ってるんだよ!」
ティアナは嬉しそうに自分の袖を撫でる。その顔は、以前のオドオドとした『出来損ない』の兵士ではなく、一人の専門職としての自信に満ちていた。
「ふん。組織の恥、か。あいつらしい理屈ね」
「……だが、あのアレンという男の判断は、騎士団の常識から見ても極めて合理的だ」
それまで静かに酒を飲んでいたエルザが、不意に口を開いた。
「私は今まで、第一騎士団という『エリート組織』に身を置いてきた。だが、そこにあったのは強固な縦社会と、上官への絶対服従。……アレンのように、末端の兵士一人一人の健康状態や、適性をこれほどまでに把握し、活かそうとする管理者は一人もいなかった」
エルザはジョッキを置き、どこか遠くを見るような目で微笑んだ。
「私が第一騎士団を捨てて、降格してまで彼の部下になったのは、単に命を救われたからではない。彼の下であれば、私は『騎士』という役割を、最も効率的に、そして正義に忠実に遂行できると確信したからだ」
「へぇ……第一騎士団様がそこまで言うなんて。あいつ、私が知らない間に、とんでもない『たらし』になったみたいね」
ミアがニヤニヤしながら言うと、ティアナとエルザが同時に顔を赤くして「そ、そういうわけじゃっ!」と声を上げた。
「にゃはっ。アレンは『たらし』っていうより、ただの『おやつ係』だにゃ」
魚の骨を綺麗に残して、レノが口の周りを舐めながら割り込んできた。
「オレがどれだけサボろうとしても、あいつは『適切な休憩は集中力を高める』とか言って、最高のタイミングで特製のマタタビ玉をくれるんだにゃ。おかげでオレ、最近は夜の偵察業務(サービス残業)すら楽しくなってきちゃったにゃ。……完全に手の平で転がされてる気分だにゃあ」
「……全員、重症ね」
ミアは呆れたように肩をすくめた。
自分を人間として扱ってくれる上司。自分の居場所を作ってくれるリーダー。
アレンは無自覚なのだろうが、彼の徹底的な「ホワイト化」は、そこに集まる人々の心を、どんな魔法よりも強く惹きつけていた。
「でもね、ミアさん。アレンさん、たまにすごく……その、変なんです」
ティアナが、思い出したように頬を膨らませた。
「変? まあ、あいつは昔から変だけど」
「この前、私が勇気を出して『アレンさんと一緒にいると、なんだか胸がドキドキするんです』って相談したんです。そしたらアレンさん、なんて言ったと思います?」
女性陣の視線がティアナに集中する。
「あいつ、なんて言ったの?」
「……『それは心拍数の異常だ。最近の過酷な業務による不整脈の可能性があるから、直ちに産業医の診断を受けて、三日間の強制的な特別休暇(リフレッシュ休暇)を命じる』って……! 診断書が出るまで執務室への入室を禁止されちゃったんだよ!」
「「…………」」
店内に、なんとも言えない沈黙が流れた。
「……あいつ、殺されたいのかしら」
「……私も以前、彼に『あなたの指揮に、私の魂は震えている』と伝えたことがある。そうしたら、『過度な精神的高揚は判断ミスを招く。一度冷水で頭を冷やし、冷静なリスクアセスメントを行え』と、バケツ一杯の水を渡された……」
エルザもジョッキを握りしめ、微かに震えている。
「にゃはは! アレンには『色恋沙汰』っていう概念が存在しないんだにゃ。あいつにとって、人間は『資産』か『資源』か『外部協力者』の三種類しかいないんだにゃあ」
レノの指摘は、まさに核心を突いていた。
前世でブラック企業に尽くし、命を削って働いてきたアレンにとって、感情や好意といったあやふやなものは、業務のノイズ(不確定要素)でしかない。彼が何よりも優先するのは、組織の安定と、部下の安全、そして「定時退社」という絶対的な規律だけなのだ。
「……ま、そうよね。あいつ、昔からちょっと抜けてたけど……最近はそこに『変な理屈』がくっついてくるから、余計にタチが悪いのよね」
ミアは厨房から追加の料理を運びながら、苦笑交じりに窓の外の青空を見上げた。
昔の少し頼りなかった幼馴染の姿と、最近の異様に自信に満ちた『絶対的な管理者』としての姿が重なる。きっと今頃、兵舎の執務室で、彼は眉間に皺を寄せながら「組織の効率化」という、色気も何もない書類の山と戦っているのだろう。
「昔はただの鈍感だったのに、今はそれに『謎のビジネス用語』がくっついてくるんだからタチが悪いわ。……正しい組織を作らせたら世界一かもしれないけど、女の子の気持ちを読み取らせたら間違いなく世界最悪ね」
ミアの言葉に、ティアナも、エルザも、そしてなぜかレノまでもが、深く、深く頷いた。
「「「まあ……あいつ(アレン)は、絶望的に鈍感だからね」」」
王都の穏やかな日曜日。
最強のホワイト小隊を支える面々の溜息は、不思議と温かく、そしてどこか賑やかな響きを伴って、昼下がりの空へと溶けていった。




