第27話 白昼の凱旋と、突きつけられた証拠
王都のメインストリートは、穏やかな午後の陽光に包まれていた。
高級レストラン『黄金の豚亭』を出たバッカスは、鼻歌交じりに石畳を歩いていた。行き交う市民や商人たちが、立派な軍服を着たふくよかな将校に慌てて道を譲る。その優越感が、今のバッカスにとってはたまらなく心地よかった。
「さて、悲劇の指揮官を演じるための台本でも頭の中で整理しておくか。……くっくっく、本当に笑いが止まらん」
彼の脳内では、帝国軍の暗殺部隊によって全滅した第七小隊の姿が完璧に再生されている。あの生意気なアレンも、他の出来損ないどもも、今頃は森の土に還っているはずだ。
その時だった。
大通りの前方から、ざわめきが波のように押し寄せてきた。
「なんだ? 凱旋パレードでもやっているのか?」
バッカスが不機嫌そうに眉をひそめ、立ち止まる。群衆が左右に割れ、道が開いた。そこから現れた集団を見て、バッカスの心臓がドクンと嫌な音を立てて跳ね上がった。
「……は?」
バッカスは自分の目を疑った。いや、白昼夢でも見ているに違いないと、脂ぎった手で何度も両目を擦った。
しかし、幻ではない。
王都の大通りを堂々と行進してくるのは、昨日『嘆きの森』という名の死地へ送り込んだはずの、第七小隊の面々だった。
先頭を歩くのは、涼しい顔で首元のスカーフを揺らすアレン。その隣には、彼を慕うように歩く小柄なティノと、眼鏡を押し上げるクラウス、そしてあくびをしている猫耳のレノ。
さらに信じられないことに、その後ろには、剣すらまともに振れないはずの二十人の『出来損ない』の新人兵士たちが、誰一人欠けることなく、傷一つ負わずに胸を張って歩いているではないか。
「ば、馬鹿な……。なぜ、貴様らが生きている……っ!?」
バッカスの口から、間抜けな声が漏れた。精鋭の暗殺部隊三十人を相手にして、素人の集まりが無傷で帰還するなど、軍事の常識からして絶対にあり得ない。
アレンが立ち止まり、バッカスの姿を捉えると、極めて事務的な、それでいて氷のように冷たい笑みを浮かべた。
「お疲れ様です、バッカス小隊長。ご指示いただいた国境付近の偵察業務、ただいま無事に完了いたしました。我が第七小隊は、怪我人ゼロで定時帰還を果たしております」
「き、貴様ら……帝国軍の襲撃は……いや、何かの間違いだ! 貴様らのような出来損ないどもが……っ!」
混乱のあまり、バッカスは周囲に群衆がいることも忘れ、声を荒らげた。
その言葉を遮るように、集団の後方から進み出たのは、燃えるような赤い髪を結い上げ、第一騎士団のエンブレムを輝かせた女騎士・エルザだった。
「間違いではない。彼らの完璧な防衛システムは、いかなる外敵からの妨害も許さなかった。……おい、手土産を置いてやれ」
エルザが合図をすると、レノが荷馬車から『簀巻きにされた男』を無造作に引きずり下ろし、バッカスの足元へドサリと投げ捨てた。
泥と埃にまみれ、猿ぐつわを噛まされたその男の顔を見た瞬間、バッカスの全身から血の気が完全に引き、膝がガクガクと震え始めた。
男は、帝国軍第三偵察大隊の小隊長・ゲイルだった。
彼が裏社会を通じて金貨五百枚を支払い、アレンたちの暗殺を依頼した当人である。
「なっ……げ、ゲイル……!? なぜ、帝国軍の小隊長がここに……っ!?」
「おや、知り合いですか? 奇遇ですね。この男は国境の森で我々を待ち伏せし、不当な襲撃を仕掛けてきた不審者です。身柄を拘束し、厳しく事情聴取を行ったところ、非常に興味深い証言を得られましてね」
アレンがエルザに目配せをする。エルザはゲイルの猿ぐつわを乱暴に外した。
自由になった口で、ゲイルはバッカスを睨みつけ、王都の大通りに響き渡る大声で叫んだ。
「この豚野郎ぉぉっ!! お前が『二十人の出来損ないを送るから好きにしろ』なんて情報を売ったせいで、私の部隊は全滅したんだ! たかが金貨五百枚のために自分の部下を帝国に売り飛ばすようなクズが、どの面下げて歩いているっ!!」
その瞬間、周囲を取り囲んでいた王都の市民たちから、息を呑む音と、激しい怒りのざわめきが巻き起こった。
「王国軍の将校が、自分の部下を帝国に売っただと!?」
「なんてことだ、あんな若い兵士たちを金のために……!」
群衆の非難の視線が、無数の矢となってバッカスに突き刺さる。
「ち、違う! これは何かの陰謀だ! 私は何も知らない、こんな帝国の犬の言うことなど……っ!」
しどろもどろになって否定するバッカスに対し、エルザが一通の黒い封筒を突きつけた。
「言い逃れは無用だ、バッカス。お前の署名と印が押された、この密書の束が動かぬ証拠だ。金の受け渡しルートも、すでにこの少年兵たちが完全に洗い出している」
エルザは剣を抜き、その鋭い切っ先をバッカスの鼻先に突きつけた。
「第一騎士団千人長エルザの名において、貴様を国家反逆罪ならびに部下に対する殺人未遂の容疑で拘束する! 大人しく剣を捨てろ!」
「ひっ……!」
バッカスは腰を抜かし、石畳の上に無様に尻餅をついた。
栄光の未来は完全に崩れ去った。軍法会議にかけられれば、確実に見せしめとしての極刑が待っている。
アレンは地べたに這いつくばる悪徳上司を見下ろし、首元のスカーフを撫でながら冷酷に告げた。
「粉飾決算と不当なコンプライアンス違反の代償です。バッカス小隊長、あなたにはこの場で『懲戒解雇』を言い渡します。……さあ、大人しく物理的監査を受け入れてもらいましょうか」
逃げ道はどこにもない。
市民に包囲され、圧倒的な証拠を突きつけられたバッカスは、絶望と屈辱の中でギリッと奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばった。彼の歪んだ自尊心は、ここで完全に限界を突破することになる。




