第24話 防御陣地の構築と、帝国暗殺部隊の強襲
『嘆きの森』の開けた広場。
そこは本来、周囲を木々に囲まれ、いつ魔物や伏兵に襲撃されてもおかしくない危険地帯である。しかし現在、その場所は第七小隊による『完璧なオフィス』へと変貌を遂げていた。
「よし、バックオフィス(後方支援部隊)の設営は完了です。みんな、僕が引いたこの白いラインより外には絶対に出ないでください。ここから内側は、安全配慮義務が完全に適用された絶対安全圏です」
アレンの指示のもと、二十人の新人兵士たちは素早く荷馬車を中心に円陣を組み、即席の野戦病院兼、物資補給所を作り上げていた。
彼らの顔に、先ほどまでの絶望や怯えはない。明確なタスクを与えられ、安全を保証されたことで、彼らの動きには目を見張るほどの活気が満ちていた。
「第一班、傷薬の蓋を開けてすぐに渡せるように準備! 第二班は包帯と清潔な布をサイズごとに仕分けして! 怪我人が出たら、絶対に五秒以内に処置を開始するんだよ!」
ダボダボの軍服を着たティノが、現場監督として的確に指示を飛ばす。新人たちは「はいっ!」「了解しました、ティノ先輩!」と力強く応え、次々とバックオフィスの機能を強固なものにしていく。
「クラウス、そちらの進捗は?」
アレンが声をかけると、陣地の少し手前で地面に複雑な数式(魔法陣)を描き込んでいた白髪の魔道エンジニアが、銀縁眼鏡を押し上げて振り返った。
「システム・オールグリーンです、アレン先生。指定された三十の変数(敵の座標)に対し、侵入をトリガーとして起動する『自動迎撃マクロ』のコンパイルが完了しました。私の魔力リソースも九割以上を維持しています」
「完璧だ。これで我が小隊の『自動防衛システム』は稼働状態に入った」
アレンは満足げに頷き、ポケットから取り出した懐中時計で時刻を確認した。
一方、外部監査役としてその異常な光景を見つめていたエルザは、眩暈を覚えるような感覚に陥っていた。
(……なんだ、これは。戦場にいるというのに、誰一人として死の恐怖を抱いていない。それどころか、ただの新人たちが、熟練の補給部隊よりも正確に動いている……)
彼らはこれから、帝国軍の精鋭部隊三十人と殺し合いをするのだ。
それなのに、アレンたちの態度はまるで、これから「少し厄介な事務作業」を片付けるだけのようだった。
ーーその頃、森の茂みに潜んでいた帝国軍第三偵察大隊の小隊長ゲイルは、苛立ちの頂点に達していた。
「……愚か者どもめ。あんな開けた場所で足を止め、呑気に荷解きを始めおって。完全にこちらを舐めきっている」
ゲイルの血走った眼差しは、広場で忙しなく動く王国軍の新人兵士たちを捉えていた。
彼らの周囲に展開されている防御陣地など、ゲイルたち暗殺のプロから見れば、紙切れ同然の粗末なものにしか見えない。
「狙うは、あの陣地の中央にいる二十人の素人どもだ。抵抗する間も与えず、一瞬で首を刈り取れ。一人残らずだ!」
ゲイルが声を殺して号令を下すと、三十名の帝国暗殺部隊が、音もなく茂みから飛び出した。
彼らは黒い影となり、四方八方から第七小隊の陣地へと襲いかかる。その手には、致死性の猛毒が塗られた鋭い短剣が握られていた。
ノルマ達成という名の強迫観念に駆られた、ブラック企業(帝国軍)の悲しき末端社員たち。彼らの放つ濃密な殺気が、嘆きの森の空気を一瞬にして凍りつかせた。
「っ……! 敵襲だ! 全方位から来るぞっ!」
誰よりも早くその殺気に反応したのは、第一騎士団の誇りを持つエルザだった。
彼女は瞬時に剣を抜き放ち、新人兵士たちを庇うように陣地の最前列へと躍り出た。敵は三十名。しかも、全員が王国軍の一般兵を凌駕する実力を持っている。
(私の剣技でも、同時に防げるのはせいぜい十人……。残りの二十人が陣地に雪崩れ込めば、あの若者たちは一溜まりもない。私が囮になって、少しでも敵の数を減らすしかないっ!)
「お前たちは下がっていろ! 私が道を切り開くっ!」
エルザが悲壮な覚悟を決めて、地面を蹴ろうとしたその瞬間。
彼女の肩を、ポンと軽く叩く手があった。
「アレン……? 何を邪魔している、早く下がれ!」
振り返ると、そこには一切の緊張感を持たず、涼しい顔で首元のスカーフを整えているアレンの姿があった。
「落ち着いてください、エルザ殿。外部の監査役に、現場の肉体労働(マニュアル作業)を強いるようなブラックな職場ではありませんよ」
「な、何を言っている! 敵はもう目の前まで……!」
三十名の暗殺者たちが、空へ跳躍し、陣地へ向かって一斉に短剣を振り下ろそうとしている。絶望的な光景を前に、アレンはただ静かに、クラウスの方へと視線を向けた。
「優れた組織というものは、個人の決死の特攻など必要としないのです。予測可能なリスクに対しては、事前に『仕組み』で解決するのが我々のビジネスモデルですから」
アレンがパチン、と指を鳴らした。
それを合図として、陣地の周囲数十メートルにわたる地面が一斉に眩い光を放った。
「第一フェーズ、実行」
クラウスの冷徹な声が響く。
「なっ……魔法陣だと!? いつの間にこんなものをっ!」
空中に躍り出ていたゲイルが、驚愕に見開いた目を向けた先には、彼ら三十名全員の『着地点』を正確に捉えて起動した、極大の迎撃マクロ魔法の輝きがあった。
「さあ、エルザ殿。我がホワイト小隊が誇る『自動防衛システム』の稼働テストを、特等席でご査収ください」
アレンの言葉を合図に、嘆きの森に三十本の巨大な火柱と雷光が、狂い咲くように立ち昇った。




