第21話 焦燥の小隊長と、エリート部隊のやさぐれ女騎士
王都の裏社会から「金貨五百枚の違約金」を突きつけられ、支払いのタイムリミットまで残り三日と迫ったバッカス小隊長は、執務室で脂汗を流しながら爪を噛んでいた。
そこに、帝国のスパイから一通の密書が届く。
『王国の兵士(目障りな部下)を国境の森へ誘導しろ。我々の暗殺部隊が処理する。確認後、前金として金貨五百枚を支払おう』
これだ、とバッカスは歓喜に震えた。
この取引さえ成功すれば、借金はチャラになり、生意気なアレンたちも合法的に消すことができる。
翌朝、バッカスはひどい隈を作った顔に醜悪な笑みを貼り付け、僕たち第七小隊に命令を下した。
「貴様らに特別な任務を与えてやる。明日の朝一番で、国境付近の『嘆きの森』へ向かい、魔物の動向を偵察してこい。数日は帰れない過酷な任務だが、光栄に思え」
「……承知いたしました。スケジュール通り、タスクを実行します」
僕が淡々と答えると、バッカスは「せいぜい精を出せよ」とだけ言い残し、上機嫌で執務室を出ていった。
バッカスの足音が遠ざかるのを確認してから、天井の梁にぶら下がっていたレノが音もなく飛び降りてきた。
「バッカスのオッサン、完全に罠に嵌める気満々だにゃ。帝国の暗殺部隊を差し向ける算段がついてるらしいにゃ」
「ああ。借金の取り立てに焦った経営層は、目先の現金を手に入れるために平気でコンプライアンスを破る。見事なまでの末期症状だ」
僕は首に巻いたスカーフを整え、ティノとクラウスに向き直った。
「迎撃の準備は完璧だ。だが、帝国軍との内通という『国家反逆罪』で奴を完全に社会から抹殺するためには、僕たち身内の証言だけでは足りない。上層部に揉み消されないための、強大な権限を持った『外部の監査役』が必要だ」
「外部の監査役……ですか。ですがアレン先生、腐敗しきったこの軍の上層部に、我々の告発を正当に取り合ってくれる人間などいるのでしょうか」
クラウスの懸念はもっともだ。
だからこそ、僕は「絶対に不正を許さない」という強烈な正義感を持った、ある人物に目をつけていた。
その日の夜。
僕は王都の路地裏にある、薄汚れた大衆酒場の扉を開けた。
酸っぱい酒とタバコの煙が充満する店内。その一番奥の席で、周囲の喧騒から孤立するように一人でジョッキを煽っている女性がいた。
燃えるような赤い髪に、整った顔立ち。
しかし、その瞳は完全に光を失い、死んだ魚のような目をしている。彼女が着ている軍服の肩には、王国軍の最高峰である『第一騎士団』の輝かしいエンブレムが縫い付けられていた。
彼女の名前はエルザ。若くしてエリート街道を駆け上がった天才騎士だ。
「……相席、よろしいですか」
僕が向かいの席に座ると、エルザは気怠げに赤い髪を掻き上げ、焦点の定まらない目で僕を見た。
「あぁ? 第七小隊の底辺兵士が、第一騎士団の私に何の用だ。……悪いが、説教なら他所でやってくれ。私は今、最高に気分が悪いんだ」
「説教などしません。ただ、あなたの『内部告発』がまた上層部に握り潰されたと聞いたので、少しばかりビジネスの提案をしに来ただけです」
僕の言葉に、エルザの瞳の奥で微かに鋭い光が走った。
彼女は極めて優秀で正義感が強いが、それゆえに軍の腐敗を許せず、何度も上層部の不正を告発しようとしては権力によって揉み消されてきた。何度正論をぶつけても組織が変わらない絶望。それが、エリートである彼女を昼間から酒場へと逃避させている原因だ。
「……どこでそれを聞いた。まあいい。お前みたいな底辺の兵士には分からないだろうがね、この軍はもう終わりだ。上が腐りきっている。私がどれだけ声を上げても、誰も動かない。正義なんて、力と金の前には無力なんだよ」
自嘲気味に笑い、再び安酒を喉に流し込むエルザ。
優秀な人材が、無能な組織のせいで心を壊していく。前世で何度も見てきた、胸糞の悪い光景だ。
「正義だけでは組織は変えられません。ですが、正義に『確固たる証拠』と『圧倒的な物理的暴力』を掛け合わせれば、不要な人員をリストラすることは可能です」
「……はっ。言うじゃないか。で、私にどうしろって言うんだ」
「明日、僕たちは上官の罠に嵌り、国境の森で帝国軍の暗殺部隊と接触します。あなたには、第一騎士団の権限を持った『第三者委員会の監査役』として、その現場に同行していただきたい」
エルザは呆れたように鼻で笑った。
「馬鹿かお前は。第七小隊のようなゴミの集まりが帝国軍の精鋭に勝てるわけがないだろう。死にに行くようなものだ」
「それは、明日あなたの目で直接確かめてください。僕の構築した『正しい組織』の姿を」
僕はテーブルの上に、彼女が今日飲んだ安酒の代金をそっと置いた。
「接待交際費として、今日の酒代は経費で落としておきます。明日の朝、王都の東門でお待ちしていますよ、エルザ殿」
何も言い返せないエルザを残し、僕は酒場を後にした。
軍に絶望したエリート騎士の心に、小さな火種は投げ込んだ。あとは明日、僕たちの完璧なチームプレイという圧倒的な成果を見せつけ、彼女の正義感という名のモチベーションを強制的に再起動させるだけだ。




