第20話 決算祝いのディナーと、すれ違う人間関係
第七小隊による見事な『不良在庫のすり替え作戦』が成功したその日の夜。
定時退社をキメた僕たちは、予定通りミアの働く大衆食堂の奥のテーブルを陣取り、ささやかな決算祝い(打ち上げ)を開いていた。
「かんぱーい! アレン、今日もごちそうさまですっ!」
ティノが自分の顔より大きなジョッキ(中身は絞りたての果実水だ)を両手で持ち上げ、嬉しそうに声を上げる。彼女のダボダボの軍服の袖がずり落ちそうになるのを、僕は苦笑しながら手で押さえてやった。
「お疲れ様、ティノ。君の正確な在庫管理スキルがなければ、今回のプロジェクトは初動で頓挫していた。しっかり食べて、明日のタスクに備えてくれ」
「えへへ、アレンに褒められちゃった……! 僕、もっともっと頑張るね!」
ティノは目をキラキラさせながら、テーブルに並んだ山盛りのソーセージと黒パンに手を伸ばす。
その向かいでは、クラウスが冷めた豆のスープを片手に、いつものように早口でまくしたてていた。
「いやはや、アレン先生のタイムマネジメント能力には脱帽です。重量偽装の定数マクロも、実践データが取れたことでさらに洗練させることが可能になりました。次は対象の材質そのものを錯覚させる光学迷彩のロジックを……」
「クラウス、業務時間外の技術トークは禁止だと言っただろう。脳を休ませるのも立派なリスクヘッジだ」
「にゃはは、クラウスは本当に頭が固いにゃ。そんなことより、この焼き魚、最高に美味いにゃあ」
レノは両手で大きな魚の塩焼きを抱え込み、幸せそうに頬張っている。彼の尻尾は椅子の下で上機嫌に揺れていた。当然、彼のポケットには僕から支給された『特製マタタビ玉』がしっかりと収まっているはずだ。
それぞれの強みを活かし、完全に機能し始めた僕のチーム。
その和やかな光景を、少し離れたカウンターからじっと見つめている人物がいた。看板娘のミアである。
彼女は追加の料理を運んできたついでに、僕の隣に座るティノをまじまじと観察し始めた。
「……ねえ、ティノくん。さっきから思ってたんだけど、その軍服、いくらなんでも大きすぎない? それに、なんだかすごく……」
ミアの視線が、ティノの細い首筋や、丸みを帯びた肩のライン、そして華奢な指先に向けられる。女の勘というやつだろうか。ミアの瞳に、明らかな『疑念』の色が浮かんでいた。
「ひゃうっ!? こ、これはその、支給品がこれしかなかっただけで……! ぼ、僕は立派な男の兵士だからねっ!」
ティノは慌てて軍服の襟元を隠し、顔を真っ赤にして弁解する。
その過剰な反応を見て、ミアは確信を持ったように目を細めた。そして、隣でソーセージを食べている僕に向かって、呆れたようなため息をついた。
「……アレン。あなた、本当に昔から大事なことには鈍感なんだから。この子、どう見ても……」
「ああ、分かっているよ」
僕が即答すると、ミアとティノが同時にビクッと肩を揺らした。
「分かっているさ。ティノの軍服のサイズが合っていないことだろう? これは我が王国軍の劣悪な支給システムの弊害だ。成長期の新人に適切な備品を与えないなど、組織の怠慢以外の何物でもない。明日、僕から経理担当にコンプライアンス違反として強く抗議しておくよ」
「…………は?」
「えっ……あ、うん! そうなんだよ、アレンの言う通りだよ! 備品が悪いんだよ!」
ポカンと口を開けるミアを尻目に、ティノはホッとしたように何度も頷いた。
組織の備品管理の甘さを指摘しただけなのに、なぜミアはあんなに引きつった顔をしているのだろうか。やはり、他部署(民間)の人間には、軍の内部事情は理解しにくいのかもしれない。
「まったく……アレンがそれでいいなら、もう何も言わないわ。はい、これおまけのデザート」
ミアは呆れ顔で果物の盛り合わせをドンとテーブルに置き、厨房へと戻っていった。
「さて」
僕は食後のハーブティーを口に運びながら、声のトーンを一段階落とした。
クラウスとレノ、そしてティノの顔つきが、即座に『仕事の顔』へと切り替わる。見事なオンとオフの切り替えだ。
「バッカス小隊長は今、裏社会の密売組織から巨額の違約金を請求され、首の皮一枚で繋がっている状態だ。支払い期限はおそらく三日後。……追い詰められた人間は、必ずボロを出す」
「奴が、例の『帝国軍との裏取引』を前倒しで実行してくるということですね、先生」
「その通りだ、クラウス」
僕はカップを置き、静かに告げた。
「奴は必ず、この三日以内に僕たちを死地へ送るための任務を強要してくる。僕たちのチームなら罠を破ることは容易いが、奴を完全に社会的に抹殺するためには、決定的に足りないパーツがある」
「足りないパーツ、にゃ?」
「ああ。身内である僕たちの証言だけでは、上層部は揉み消す可能性がある。奴を軍法会議にかけるための『客観的な正当性』と『逮捕権限』を持つ、清廉潔白な『規律管理者』が必要なんだ」
王都の腐敗に染まっておらず、剣の腕が立ち、絶対的な正義感を持つ騎士。
心当たりは一つだけあった。
「明日の夜、王都の裏路地にある安酒場へ行く。そこに、僕たちの最後の仲間となる人物がいるはずだ」
迫り来る三日後の決戦に向け、僕は最後の人材獲得へと動き出す決意を固めた。




