第19話 巨額の違約金と、優雅なモーニングルーティン
翌朝。第七小隊の小隊長室には、バッカスの絶叫が響き渡っていた。
「な、なんだこれはぁぁぁっ!?」
彼の太い指が震えながら握りしめているのは、今朝早くに差出人不明で届けられた一通の黒い封筒だった。
そこには、裏社会の密売組織からの血文字のような脅迫状が入っていた。
『我々をコケにした代償は高くつくぞ。不良在庫の押し付け、ならびに悪臭による業務妨害。違約金として金貨五百枚を三日以内に用意しろ。さもなくば、お前の不正の証拠を王国軍の上層部にばら撒く』
さらに、その手紙自体から信じられないほどの悪臭が漂っており、バッカスは吐き気に耐えながら頭を抱えた。
「ど、どういうことだ……っ。確かに昨日、あの新人どもに極上の武具を運ばせたはず……。なぜそれが鉄くずになっている!? それに悪臭だと!?」
パニックに陥るバッカスの胃が、キリキリと激しい痛みを訴え始める。
金貨五百枚など、小賢しい横領で小銭を稼いでいた彼にポンと用意できる金額ではない。完全な債務超過である。
「あ、あいつらだ……! あのアレンたちの仕業に違いないっ!」
バッカスは血走った目で立ち上がり、執務室を飛び出した。あいつらを問い詰め、すべての責任と負債を押し付けてやる。
しかし、第七小隊の執務室のドアを乱暴に開けたバッカスは、言葉を失った。
「おはようございます、小隊長。今朝も素晴らしい天気ですね」
アレンが、淹れたての温かいハーブティーが入ったカップを片手に、優雅に微笑んでいたのだ。
部屋の中はチリ一つなく清掃され、ティノはすでに本日の業務タスクの整理を終えている。クラウスは静かに魔力教本を読み込み、窓際ではレノが(アレンから極上のマタタビ玉をもらった直後で)幸せそうに丸まって寝ていた。
そこにあるのは、非の打ち所のない完璧な『優良企業』の朝の風景だった。
「き、貴様ら……昨日、私が運ばせた荷物をどうした……っ!」
バッカスが胃を押さえながら怒鳴るが、アレンは涼しい顔で答える。
「はい? ご指示の通り、第一倉庫にあった『廃棄予定の古い武具』を、王都の東門外にある処分場に運搬いたしました。深夜の突発的な残業でしたが、命じられたタスクは完璧に完遂しております。何か不具合でもございましたか?」
「ぐっ……!」
バッカスの喉の奥で、言葉が詰まった。
そうだ。彼は昨日、自分で「あれは廃棄品だ」「誰にも見られず運べ」と命令したのだ。
もしここで「中身は横流し用の新品の武具だったはずだ」と主張すれば、自らの横領と密輸を全兵士の前で自白することになってしまう。
自らが下した『偽装命令』が、完全に自分の逃げ道を塞ぐコンプライアンスの壁となって立ちはだかっていた。
「……な、なんでもない……」
「それは重畳です。ああ、そういえば小隊長、ひどく顔色が悪いようですが、胃腸薬でも処方しましょうか? マネジメント層の健康管理も、組織の重要なリスクヘッジですからね」
「い、いらんっ!!」
バッカスは真っ青な顔で胃を押さえながら、逃げるように自分の部屋へと戻っていった。彼の背中には、数日以内に用意しなければならない巨額の違約金という、絶望的な負債がのしかかっている。
「ふふっ。見事な論破でしたね、アレン先生」
クラウスが眼鏡を押し上げながら笑う。
「当然だ。不正な指示には、一切の責任を負う必要はないからね。これで奴の裏社会からの信用は完全に底をついた」
僕は温かいハーブティーを一口飲み、心地よい朝の空気を満喫した。
残るは、来月の国境任務での『本命の監査』だけだ。資金繰りに窮したバッカスは、いよいよ帝国軍との裏取引を急ぐはず。そこを叩き潰せば、完全なゲームセットとなる。
「さて、午前中のタスクは早めに終わらせてしまおう。今日は定時後に、この『プチ監査』の成功を祝って、ミアの食堂で少し豪華な食事会でも開くか」
僕の提案に、ティノが「わああっ!」と歓声を上げ、窓際のレノの耳がピクッと動いた。
第七小隊の士気は、今日も最高潮に達していた。




