第15話 情報収集の成果と、決定的な裏帳簿
レノを情報収集担当としてスカウトしてから、三日が経過した。
第七小隊の執務室では、僕とティノ、そしてクラウスがそれぞれの業務をこなしていた。
ティノは備品の棚卸しデータを綺麗に清書し、クラウスは魔力効率の計算式を羊皮紙に書き連ねている。かつての淀んだ空気は消え去り、そこには適材適所で機能する、極めて健全なオフィスの風景があった。
「アレン。予備のポーションの発注書、これで間違いないかな?」
「完璧だ、ティノ。過去一ヶ月の消費データから算出した適正な発注量だね。これで月末の在庫切れリスクは回避できる」
ティノの頭を軽く撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
そんな和やかな空気が流れる中、執務室の窓枠に、音もなくひとつの影が降り立った。
「……定時連絡の時間だにゃ」
窓際にしゃがみ込んでいたのは、猫耳の少年兵レノだった。
彼の気配は直前まで完全に風景と同化しており、魔法使いであるクラウスでさえ、声をかけられるまでその存在に全く気づいていなかった。
「お疲れ様、レノ。潜入調査の進捗はどうだ?」
「完璧にゃ。バッカスのオッサン、昼間から王都の怪しい酒場で泥酔して、絨毯の上で転んでワインまみれになってたにゃ」
レノの報告に、僕は思わず眉をひそめた。
勤務時間中の職務放棄に加えて、昼間からの飲酒。マネジメント層として以前に、社会人としてのコンプライアンスが完全に欠如している。僕の部下であれば、即刻減給処分の対象だ。
「だが、ただの酔っ払いじゃなかったにゃ。奴の執務室の隠し金庫から、面白いものを拝借してきたにゃ。……ほら、約束の報酬をよこすにゃ」
レノは窓枠から飛び降り、僕の前に一冊の薄汚れた黒い手帳を差し出した。
同時に、もう片方の手を出し、マタタビ玉を要求してくる。成果物に対する報酬の要求スピードが凄まじいが、約束は約束だ。
僕は懐から特製マタタビ玉を一つ取り出し、彼の手のひらに乗せた。
「にゃふうぅ……これにゃ、これにゃ……」
レノはマタタビ玉を口に入れた瞬間、骨抜きにされたように床に崩れ落ち、喉をゴロゴロと鳴らして尻尾を振り始めた。最強の隠密も、この報酬の前ではただの飼い猫と同然である。
僕は彼を床で転がらせたまま、受け取った黒い手帳のページを捲った。
「これは……裏帳簿か」
手帳にびっしりと書き込まれていたのは、第七小隊に支給されるはずの軍資金や武具が、外部の不審な業者へ横流しされている記録だった。
だが、問題はそれだけではない。横流し先の名前の中に、僕の前世の記憶……いや、この世界の情勢知識に照らし合わせても、明らかに危険な単語が混ざっていた。
「……『帝国の商人』。ただの横領かと思えば、敵国と内通してインサイダー取引まで行っていたとはな」
僕の呟きに、隣で聞いていたクラウスが顔色を変えた。
「帝国だと……? バッカス小隊長が、敵国のスパイに王国の物資や情報を売っているというのか。それは単なる軍規違反ではない、完全な国家反逆罪だぞ」
「ええ。それに、さらに厄介な記述があります。来月、僕たち第七小隊に下される予定の『国境付近の定期巡回任務』についてです」
僕は手帳の最新のページを指差した。
そこには、僕とティノ、クラウス、そしてレノの名前が名指しでリストアップされており、その横に『帝国軍はぐれ部隊による処理費用』という生々しい金額が書き込まれていた。
「……なるほど。僕たちを合法的に左遷、いや、危険地帯へ強制的に出向させ、そこで敵国の部隊に『処理』させる腹積もりですか。自分の手を汚さずに目障りな部下を消し、おまけに帝国から報酬まで受け取る。パワハラ上司としては、最悪にして最も効率的な手口ですね」
ティノが青ざめた顔で僕の袖を強く握りしめた。
「ア、アレン……僕たち、殺されちゃうの……?」
「心配ないよ、ティノ」
僕は彼女の震える手を優しく解き、極めて冷静に、そして冷酷に微笑んだ。
「相手の手札と計画が事前にわかっているなら、対策などいくらでも打てる。向こうが不当な業務命令で僕たちを死地に追いやるというのなら、こちらはその罠を逆手に取り、完膚なきまでに叩き潰すための『最終監査』の準備を整えるまでだ」
床でマタタビ玉を満喫していたレノが、ふらつく足取りで立ち上がり、僕を見上げた。
「アレン様。その『かんさ』とやらが終われば、あのオッサンはいなくなるのかにゃ? そしたら、毎日昼寝ができるようになるかにゃ?」
「昼寝の時間は保証しよう。ただし、そのためには君たちの力が不可欠だ。これから僕たちは、最高のチームプレイでバッカス小隊長に『引導』を渡す」
横領、敵国との内通、そして部下への謀殺計画。
これだけのエビデンス(証拠)が揃えば、もはや言い逃れは不可能だ。あとは、奴が罠を仕掛けてくる国境任務の当日、その場で物理的かつ社会的な息の根を止めるだけである。
第七小隊、いや、僕たち『ホワイト小隊』の初の共同プロジェクトが、今まさに始まろうとしていた。




