第12話 情報収集の欠如と、屋根の上のサボり魔
組織の基盤は整いつつある。
バックオフィス(後方支援)を担うティノと、フロントエンド(前衛火力)を担うクラウス。彼らの働きにより、第七小隊の日常業務は劇的に改善された。
しかし、前世で数々のプロジェクトを回してきた僕の目から見ると、現在の陣容には決定的に足りないものがあった。
それは『情報収集能力』、すなわちリサーチ部門である。
バッカス小隊長が裏で陰湿な報復を企てているのは間違いない。奴を完全に失脚させる(物理的・社会的に退職させる)ためには、明確な『証拠』が必要だ。不正な裏帳簿、不当な命令書、あるいは外部との癒着を示す書簡。
それらを確保するためには、誰の目にも触れずに動き回れる隠密行動のスペシャリストが不可欠だった。
僕は人材を探すため、午後の兵舎を歩き回っていた。
訓練場の隅では、清掃係のトムさんが、昨日クラウスが融解させた鋼鉄の的の前で途方に暮れていた。
「……俺の契約業務に、ドロドロに溶けた鉄の廃棄処理なんて入ってないんだが……今日も妻のシチューが冷めてしまう……」
至極真っ当な人生を歩む一般人が、理不尽な事後処理(巻き込まれ残業)に涙している。彼の平穏な日常を守るためにも、上層部の腐敗を取り除くホワイト化計画は急務である。後で彼には、特別手当として食堂の無料券を渡しておこう。
僕はトムさんの横を通り抜け、兵舎の裏庭へと向かった。
そして、探していた『ある条件』に合致しそうな人物を、すぐに見つけ出した。
「……ふぁあ。今日の陽だまりは最高にゃ」
兵舎の屋根の上。一番日当たりの良い瓦の上で、ゴロゴロと寝転がっている小柄な影があった。
第七小隊に所属する獣人の少年、レノである。
頭にはピンと立った二つの猫耳、ズボンの後ろからはふさふさの尻尾が垂れ下がっている。彼は手足を投げ出し、完全に警戒心を解いた様子であくびをしていた。
(……勤務時間中だというのに、堂々としたサボりっぷりだ)
大半の兵士は、バッカスの目を恐れて無駄な訓練のフリをするか、倉庫の隅で息を潜めている。しかしレノは違う。彼は初日からずっと、こうして誰の手も届かない高所や死角に陣取り、完全に自らのペースを貫いていた。
「レノ。君、午後の演習をサボっているね」
僕が下から声をかけると、屋根の上の猫耳がピクリと動いた。
レノは寝そべったまま首だけをこちらに向け、金色の瞳で僕を見下ろした。
「んー……アレンかぁ。サボってるわけじゃないにゃ。オレは『周囲の警戒』という立派な任務を遂行中だにゃ。ほら、見てみろにゃ。さっきからあそこの木の上で、カラスがうるさく鳴いてるにゃ」
「それはただの昼寝の言い訳だ。現に、君の尻尾の毛玉が取れかかっている。寝返りを打ちすぎた証拠だろう」
僕が指摘すると、レノはハッとして自分の尻尾を抱え込んだ。
「にゃあっ!? 本当だ、大切な尻尾の毛並みが……っ! これじゃあ最高のもふもふ感が台無しにゃ!」
(……本当にマイペースな奴だ)
だが、僕の目はごまかせない。
レノの身のこなしは、ただ怠惰なだけではない。僕が声をかけるまで、彼は屋根の上にいる気配を一切周囲に漏らしていなかった。呼吸音も、衣擦れの音も、完全に風景と同化していたのだ。
さらに、あの高さの屋根に、梯子も使わずにどうやって登ったのか。建物の壁には足場になるような突起はほとんどない。彼の持つ獣人特有の跳躍力と、足音を殺す歩法は、まさに僕が求めていた『情報収集部隊』の適性そのものだった。
「レノ、少し下に降りてこないか。君に折り入って相談があるんだ」
「嫌だにゃ。アレンは最近、クラウスとかティノをこき使って『ぎょうむかいぜん』とかいう面倒なことをしてるらしいにゃ。オレは絶対に働かないにゃ。自由と昼寝を愛する男にゃ」
レノはプイッとそっぽを向き、再び屋根の上に寝転がってしまった。
(なるほど。能力は高いが、労働意欲が極端に低いタイプか)
前世でも、こういう社員はいた。高い技術を持っているのに、会社からの評価や待遇に不満を持ち、わざと手を抜いてサボる窓際族だ。
彼らを動かすためには、単なる命令や正論は通用しない。彼らが心の底から欲している『強力なインセンティブ(報酬)』を提示し、自発的に動きたくなるような仕組みを作る必要がある。
「……仕方ない。強硬手段に出るか」
僕は首に巻いたスカーフを整え、彼に対する『人事評価の監査』を実行するための算段を組み始めた。
猫人族の彼を本気にさせる、最強の報酬。その準備のために、僕は一度ミアの食堂へと足を運ぶことにした。




