第11話 懇親会と、すれ違う組織の人間関係
第七小隊の労働環境を改善するためには、メンバー間の円滑な意思疎通が不可欠である。現代ビジネスにおいて、これを『チームビルディング』と呼ぶ。
その一環として、僕は終業後の時間を使い、ささやかなキックオフミーティング兼、懇親会を開催することにした。
場所は王国騎士団の兵舎に併設された大衆食堂だ。
木製のテーブルに並べられたのは、豆のスープと黒パン、そして少しばかりの干し肉。掃き溜め小隊の薄給では豪華な食事とはいかないが、福利厚生としての経費は僕のポケットマネーから捻出している。
「いやはや、アレン先生の提唱するマクロ構築理論は実に奥深い。今日の演習で試した並列処理による魔力の最適化ですが、もしメモリ領域の解放条件を事前に定義しておけば、さらなる高出力が……」
テーブルの向かい側で、白髪の魔道エンジニアことクラウスが、スープも冷める勢いで早口にまくしたてている。彼の銀縁眼鏡は、食堂の薄暗いランプの光を反射して怪しく光っていた。
かつての気難しく陰鬱な没落貴族の面影は完全に消え失せ、すっかり特定の分野に特化した饒舌なオタクと化している。
「えっと、クラウス先輩。スープ冷めちゃいますよ? それに、そんなに難しい言葉ばかりだと、僕にはよく分からなくて……」
隣に座るティノが、大きすぎる軍服の袖を気にしながら苦笑いをした。彼女……いや、僕の優秀な後輩である小柄な少年兵は、すっかりクラウスの熱量に圧倒されているようだ。
「おっと、これは失礼したねティノ君。先生の画期的な論理に触れ、少々知的好奇心が暴走してしまったようだ。君も先生の右腕として、いずれはシステム構築の基礎くらいは……」
「はいはい、業務時間外の技術トークはそこまでです。今日はあくまでメンバー間の親睦を深めるための懇親会ですからね。コミュニケーションコストを下げるための重要な場です。仕事の話は忘れて、しっかり栄養を補給してください」
僕がたしなめると、クラウスは「先生の労務管理への配慮、痛み入ります」と深く頷き、ようやく黒パンを口に運んだ。
そんな僕たちのやり取りを、少し離れた場所から呆然と見つめている少女がいた。
栗色の髪をポニーテールに結び、食堂のエプロン姿がよく似合う快活な少女。僕の幼なじみであり、この食堂の看板娘であるミアだ。
「お待たせ、アレン。追加のお水と、これ……厨房の料理長からのおまけのソーセージね」
ミアはテーブルにお皿を置くと、心配そうな、それでいて少しホッとしたような視線を僕に向けた。
彼女は昔から僕の世話を焼きたがる傾向があり、僕が掃き溜め小隊に配属されてからも、何かと気にかけてくれていた。僕の首元に巻かれたチェック柄のスカーフを見て一瞬だけ顔を曇らせたが、深くは追及してこない。彼女なりの気遣いなのだろう。
「ありがとう、ミア。助かるよ」
「う、うん。……それにしても、アレンの小隊って、いつもピリピリしてて怖い雰囲気だったのに。今日はなんだか不思議な感じね」
ミアの視線が、クラウスとティノに向けられる。
特に、孤高を気取って誰とも口を利かなかったクラウスが、僕のことを『先生』と呼び、ティノと和やかに(一方的に早口で)言葉を交わしている光景は、彼女にとって信じられないものだったに違いない。
「少しだけ、部隊の風通しを良くしたんだ。適材適所でタスクを割り振れば、無駄なストレスは減るからね」
僕がビジネスライクに答えると、ミアは「相変わらずアレンは難しい言葉を使うのね」と微笑んだ。だが、その直後。ミアの視線が、僕の隣でソーセージを小さく切り分けているティノでピタリと止まった。
「……ねえ、そこの可愛い子。もしかして新入りの子?」
「可愛いだなんて、そんなっ。ぼ、僕はティノって言います! アレンには倉庫の整理から何から、すっごくお世話になってて……僕、アレンのためなら何でもする覚悟です!」
ティノは元気よく自己紹介をし、尊敬と忠誠の眼差しで僕を見つめた。
その純粋な瞳と、ふわりと香る石鹸のような清潔な匂い。そして、スプーンを持つ華奢な指先。
同性の少年兵に向けるには過剰なほどの忠誠心だが、業務に対するモチベーションが高いのは素晴らしいことだ。僕は満足げに頷いたが、ミアの反応は違った。
女の勘、とでも言うべきものだろうか。
ミアは目を細め、ティノのダボダボの軍服の襟元や、丸みを帯びた肩のラインをじっと観察している。
「……ティノ、くん。ふーん……アレンのためなら何でもする、ねえ」
ミアの声が、ほんの少しだけ低くなった気がした。
彼女は僕の顔をじっと見つめ、呆れたような、あるいは探るようなため息をつく。
「アレンってば、昔から変なところで鈍感だから心配してたけど。まさか軍隊に入ってまで、こんな……ううん、なんでもないわ。ティノくん、これからもアレンのこと、よろしくね」
「はいっ! 任せてください!」
無邪気に笑うティノと、どこか引きつった笑顔のミア。
食堂の看板娘と新人少年兵の間で、何やら見えない火花が散ったような気がしたが、僕にはその理由がまったく理解できなかった。
おそらく、新規配属された人材に対する、既存コミュニティ側からの軽い警戒心のようなものだろう。組織の拡大期にはよくある摩擦だ。僕はそう結論づけ、業務の進行には支障がないと判断した。
「さて」
僕は空になったスープ皿を押しやり、思考を次のフェーズへと切り替えた。
内部の備品管理と、火力の確保はできた。しかし、バッカス小隊長の動向を探るための『情報収集能力』が、このチームには決定的に欠けている。
情報を制する者はビジネスを制する。陰で暗躍する上司の不正を暴き、監査を完了させるためには、外部情報を迅速に集める優秀なリサーチャー(隠密)が必要だ。
僕は食堂の喧騒の中で、次の人材獲得に向けて狙いを定めていた。




