第7話―28 扉をぶっ叩く
苔むした石の祠を目にして英依は「ふ~ん」と、なにか考えるようだった。
円はどんなコメントが出てくるかワクワクしながら待ったが、英依はそのままなにも言わない、なにもしない。じれったく思った円は祠のそばに寄っていき、英依の注意をひこうと話しかけた。
「ほら、先輩、ここ、ここになんか書いてあるんですよ」円は祠に刻まれた文字を指さす。「なんとかリンって神さまが祀られているんですかね」
思考を中断させられた英依は、それでも気分を害したようでもなく、円が指している箇所に顔を近づけた。
「遍露遍⋯⋯ああ、なるほどね」英依は文字を読んで納得したような顔をする。それから誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。「ペがひとつ足りないわ⋯⋯」
「なにか知ってるんですか?」円はまた考え込んでしまった英依におそるおそる尋ねる。
「え?ああ、いや、なにかしらね」英依はそう返すと、扉のあたりを叩いたり引っ張ったりし始めた。
絶対に知ってるだろ、と円は思ったが、どうせまともな答えは返ってこないと諦めた。隣に立っている弥幸にも視線を送ったが、彼はただ首を横に振るだけだった。
「これ」英依は扉をコンコンと叩いた。「省吾、いける?」
省吾は英依の目を見つめて、それが冗談ではないことを確認すると、「はい」と返事をした。
「よかった。それじゃあこの扉、開けちゃって」英依は省吾のために一歩退いた。
「え〜!ちょっとちょっと、いっちゃうの?ホントに?」弥幸は慌てて間に入る。「まだ許可もらってないんだけどなあ⋯⋯」
「でも仕方ないじゃない」余裕のある態度で英依は言った。「合宿はもうおしまいでしょ?これを放置して帰るわけにもいかないでしょう」
「いや、うん、まあそれはね、そうなんだけど⋯⋯」
「大丈夫、大丈夫。ほら、省吾、やっていいわよ」
英依の無責任なGOサインで省吾が一歩踏み出す。それから弥幸を見た。彼は渋々という感じで頷いた。それを受けた省吾はフーと軽く息を吐き出すと、躊躇うことなく右の拳を突き出した。
インパクトの瞬間、円は思わず目をつぶってしまった。石でできた扉の硬さは知っている。あんなところをぶっ叩いて、本当に無事でいられるのか?円にはわからなかった。
特別破壊の音みたいなものは聞こえなかった。控えめに物と物がぶつかったような音がしただけだ。それから省吾の「開きました」という声がして、円はそおっと目を開く。
「ヤバ」とドン引きした凛子の声。円も同じくヤバっと思った。
扉は外からの強烈な打撃でいったん内へと押し込まれ、それで金具が壊れたのか、片側の戸が外れて落ちそうになっている。扉そのものは思っていたより薄い石でできていたようだが⋯⋯
「ねえちょっと、有明くん、手は大丈夫なの?」円は慌てて駆け寄ると省吾の手を取ってケガがないか確かめた。彼のゴツゴツした拳にはまったく異常がないようだ。円はホッとしてその手を離した。
「空洞なんでそんなに難しくないですよ」省吾はあっさりそう言った。
その間にこじ開けられた扉を取っ払った英依は、中から小さな木箱を取り出していた。弥幸と凛子も寄ってきて、興味深そうにその箱を眺めている。円たちもひと足遅れて集まった。
英依は特にもったいぶることもなく、古びた紐を解いて蓋を外した。そこには丸く平たい物体が収められていた。英依はそれを手に取りひっくり返したりして観察している。
「なんですか?それ」凛子が尋ねた。
「⋯⋯鏡、ね」英依はそう言うと皆が見えるよう鏡面を表にして差し出した。
それはたしかに鏡だった。ただ古いものなのだろう。よく磨きあげられてはいるが、現代のものより反射率が低く、映ったものがくすんで見えた。
「さっ、お庭に戻りましょうか」英依はそう言うとその鏡をいったん箱に戻し、それを無造作に掴んで歩き出した。
慌ててその後についていく御一行。弥幸が「ねえねえ、それどうするの?」と声をかけるが、英依はかまわずズンズン歩いていく。しょうがないので全員黙って従った。




