第7話―29 鏡の中の闘い
「とりあえず省吾は着替えてきたら?」日が昇り、すっかり明るくなった庭に戻ってくると、英依はそう促した。
省吾は「はい」と短く答え、家の中に入っていく。そう待たないうちにいつもの正装、空手着姿になって戻ってきた。
英依はあれこれ指図して配置を決める。カメラはここ、弥幸も同じ位置。特に省吾に対しては念入りに。
「そうそう、省吾はその穴の手前、もう少し右に寄りなさい。うん、そこでいい」
自分の中で納得がいったのか、うんうんと頷きながら自分も移動していく。省吾から少し離れた場所に立つと、手招きして円と凛子を呼び寄せた。
呼ばれて駆け寄った円は、英依がなにを始めるのかワクワクドキドキ胸が高鳴る。一方凛子は英依がいるからか落ち着いているようだ。なんとなくぽやんとしている。たぶんこれからなにかしらのオカルト的行為が始まるのだろうが⋯⋯コイツわかってんのか?と円はチラッと横目で窺った。
「は~い、それじゃあ始めるわよぉ」英依は全員に呼びかけると、箱から鏡を取り出した。その鏡面を省吾がいる方に向け、ちょこちょこと角度を調整する。
(なんだ?鏡でどうするんだ?)円はつま先立ちになり、グッと首を伸ばして後ろから覗き込む。そんな円を見て、英依がニヤっと笑って頷いた。円はお許しが出たと判断し、中腰で英依の前に出た。
「えっ !? なんで?」円は驚嘆した。鏡が映し出すそこには "井戸" があった。夜明け前に自分がたしかに目にしたと思ったのと、同じものが。
円は振り返って確認する。井戸はない。省吾がいて、彼が掘った穴があるだけだ。なんど見ても鏡の中の世界と現実の差異は埋まらない。困惑した気持ちで英依を見上げる。どういうことですか?と目で訴える。
「たぶんね、昔あそこにあった井戸をこの鏡に封じたんでしょうね。どうやったのかはわからないけど」英依がめずらしく円の想いに応えてくれた。
「封じたって⋯⋯なんで?」円は図らずも英依が望んだタメ口になって尋ねた。
「さあね」と英依は首を傾げる。「でもそういう術を使える者をわざわざ呼んだんだもの。きっと尋常ならざる事態が起こったんでしょう」
「尋常ならざるって⋯⋯」ああそうか、円は思い当たった。死んだ夫婦みたいにか!そして自分が体験したアレ。あそこにいた、自分を呼ぶ誰か。
「そこにあった井戸がどこか繋がっちゃいけないところと繋がっちゃったのかもね」英依は自分でも鏡を覗き込む「あ、ほら出てきた」
円は鏡の中の "井戸" を見た。はっきりとは見えないが、おそらく石積のそこからヌッと2本の腕のようなものが突き出てくる。ソレは "井戸" の縁にその手をかけて、身体?を引きあげた。白くボンヤリとしたなにかが全身を現し、省吾の目の前に立った。
「うわあ、なんか映ってるよ !? いつもの黒いの!モヤモヤ!」興奮した弥幸の声がする。カメラにもちゃんと捉えられているのだろう。
「有明くん!」円は思わず呼びかけた。鏡に映ったソレは省吾に迫っている。
「省吾、もう感じているでしょ?」英依は焦りも見せずにそう言った。「ソイツがいるとまた犠牲者が出るわ。気兼ねしなくていいからぶっ飛ばしちゃいなさい」
「押忍!」と省吾は返事をすると、肉眼ではなにも見えない空間に突きを放った。
円は鏡と現実をチラチラ交互に確認しながら闘いの様子を見守った。現実では省吾がひとり、突きや蹴りを宙に繰り出しているだけだ。しかし鏡の中ではよくわからない存在にたしかに打撃を加えている。
はじめはまったく効果がないように見えたが、だんだん相手は後退し、その存在感も希薄になってきている。ついに省吾は "井戸" までソレを追い詰めた。現実では穴の縁のところに省吾がいる。
最後、省吾が身を翻す。円は瞬時に理解した。それはもう、何度も何度も目にしたあの技、針穴を通すように正確な後ろ回し蹴りが放たれる。美しい弧を描く蹴りの軌跡に円は目を奪われた。
その脚が微かに残っていたソレを跡形もなく打ち払った。
「よし!」英依はそう言うと、自分の掌で蓋をするように鏡面を抑えた。そしてニッコリ笑みを浮かべ、「OK!省吾、お見事!」と称賛の声を送った。




