第7話―17 穴掘り省吾
リビングの動画も高速で見終わった円は暇を持て余していた。結局映っていたのはオーブだけ(と円は思っている)。昼に思わせぶりに出てきたくせに、なんという肩透かしだろうか。円は失望のあまり弥幸のノートパソコンのフォルダをあちこち開いて回った。
チッ、コリンに使えるような禁断のネタひとつ見つからねえ、とそれにもすぐに飽き、バタンと後ろに倒れてゴロゴロしていた。穴掘り見物に行こうかとも思ったが、大丈夫だろうか、手伝わされたりしないだろうか?そんな疑念を持ちながら逡巡している。
そんな時、真面目に仕事をしていた凛子がフゥと一息ついて立ち上がった。
「私いまからお昼の準備するから」それだけ言い残して行ってしまう。
そうかもう昼ご飯かとスマホを確認する。いや、まだようやく11時になろうかという頃だった。いったいどれだけ気合を入れた昼食を用意するつもりなのか?凛子が座っていた場所にチラと目をやって、円もノロノロ立ち上がった。
タモリ飯の方がいいんだけどな。でも力仕事やってる弥幸にメシの支度までさせるのもあれか。凛子もいなくなってしまってはどこか人恋しいような気がした。かといって準備を手伝うなんて発想は円にはない。しょうがないから "井戸" の様子でも見に行くとしよう。
明け放たれた縁側から野郎どもの働きを監督する。もう太陽はだいぶ高くまで上がり、下手に表に飛び出すと日光によって消毒されてしまいそうだ。いや円なんてちっとは消毒されたほうがいいのだが。
そんな日差しの下で弥幸は、掘った土だろうか、それを脇に積み上げている。かたや省吾の姿は確認できない。どこかに行った?違う、もう姿が隠れるほど深く穴を掘っているのだ。これくらい普通なのか、それとも空手バカの体力によるものか、そこのところは基準がないからわからない。わからないが、なにやってんだコイツラと円は呆れていた。
暑い中には出たくないが、どんな感じかこの目で見たい。円は好奇心に負けて仕方なく庭に出てみることにした。凛子がせっせと調理している土間を経由し、裏口から外に出た。ジリジリと日差しに炙られる。こんな中を2時間以上もあれやってんのか⋯⋯狂ってやがる⋯⋯
円が近づくと弥幸がすぐに気づいて手を振った。またあの借りてきた帽子をかぶっている。円は一瞬垣間見えた軽井沢のお嬢様の幻影を打ち消すようにパチパチまばたきした。
「おつかれーっス」円は言いながら慎重に穴の中を覗いた。
ちょうど中腰の省吾の身長ぐらいの深さだ。底では彼がものすごい勢いでスコップを使っている。もともと井戸などなかったとしても、このままいけば水が湧き出てくるんじゃないか。
「スゴいよね」弥幸が隣に立って話しかけた。「最初は僕と交代でやろうって話だったんだけど、有明くんがドンドン掘っちゃってね」
「⋯⋯ヤバいっスね」そんなことだろうと思ってはいたが、円はつくづくそう思った。「でもこれだけ掘って痕跡もないってことだと、井戸はなかったってことですかね?」
「だよね~」弥幸はこの会話で踏ん切りがついたのか、穴の底へ呼びかける。「有明く〜ん、このくらいにしておこうか」
仰ぎ見た省吾は「はい」とだけ返事をし、壁を蹴るようにして軽快に飛び出てきた。かなりの作業だったはずなのだが、あまり疲弊しているようには見えない。ただ土にまみれているだけだった。
「いい運動になったんじゃない?」円はそう皮肉っぽく声をかける。
「はい。穴を掘る動きというのはあまりする機会がなかったので、筋肉にいい刺激が入りました」
まあやる機会はそんなにないだろうな、せいぜい工事現場か帝愛の地下ぐらいか、と円は思った。にしても皮肉が通用しねえ。無敵だなこの空手バカ。円は薄汚れた省吾の顔を見てプッと噴き出した。
「あ、そうだ、お昼はコリンちゃんが作るみたいですよ」円は笑いそうになるのをこらえて弥幸に報告した。
「ああ、うん、さっき来てそう言ってたよ。楽しみだよね」
あんたのタモリ飯の方がずっと楽しみだったんだけどな、と思いながら円は曖昧に頷いた。
「ウ~ン、そうなると少し時間が余っちゃったなあ」弥幸は腕を組んで思案する。「⋯⋯あっ、そういえば朝言ってたよね、祠。みんなで見に行っちゃおうか」
「そんな期待するようなものでもないと思いますよ?」円は一応防波堤を張っておく。
「いいのいいの、こういうのは気分だからね」弥幸は笑いながら歩き出す。
円と省吾はその明るい声に引っ張られるようにして後ろからついていった。




