第7話―14 朝のまどかと朝の省吾
気配を感じて円は目を覚ました。
あたりはまだ薄暗い。明け方だろうか。円は横になったまま耳を澄ます。
(いる!)円の耳に、たしかに誰かが移動する足音が聞こえた。そして窓を開けるような音。(コリンか !? )円は跳ね起きて隣を確認する。そこにはあっさりした顔でスヤスヤと眠る凛子がいた。
(あれ?コリンじゃないの?)予想外のことに円の警戒心が一挙にしぼんでいった。凛子でなければあとは男性陣。霊に対して絶対無敵の防御を誇る弥幸か、我らが空手バカの省吾だけ。弥幸はあり得ないから⋯⋯
(なんだ有明くんか⋯⋯)円は再び横になり、安心して入眠した。
次に目を覚ました時にはもうすっかり明るくなっていた。スズメがチュンチュン鳴いているのが聞こえる。隣を見ると凛子の寝ていたマットレスが空気を抜いて畳まれていて、隅の方に寄せてあった。ふむ、大丈夫みたいだな、と起き上がり、ウ~ンと伸びをする。
用を足したあと顔を洗いに風呂場へ行くと、洗面所の鏡の前にズラッとビンやらなにやらが並んでいる。どれもこれも円には縁のない、ちょっとお高そうなスキンケア用品だった。
いろいろあるなあと円は1本1本手に取って確認していく。どれもこれもよくわからないことが書いてある。とりあえず円は洗顔料らしきものを見つけ出し、勝手に拝借して手の平で泡立てた。
「うおっ、なんだこれ、泡がキメ細けえ!」その泡は円の無垢な素肌を柔らかく包み込み、溜まりに溜まった精神の汚れまでも洗い落とすかのようだった。
次に手に取ったのはおそらく化粧水。凛子のだからと気にせずたっぷり使う。若さにかまけて日頃から手を抜ききっている円には過ぎたるものであったが、たしかになにかが違うような気がする。それから乳液も塗って、甚だ簡単ではありますが、円の身支度は終了した。
いいものはそれなりにいいんだな、と円は初めての体験に満足していた。一応安物でひと揃え持ってはいるが、それすらもサボりがちな円である。化粧をしないことでなんとかプラマイゼロの均衡を保ってはいるが、それもいつまで保つかわからない。今回のこの体験は今後きっと彼女の糧となろう。
土間では弥幸が朝餉の支度をしていた。それをいつも通りのキラキラ☆ギャルになった凛子が手伝っている。
円は「はよっス」とボソッとあいさつして下りていった。
「あ、おはよ〜もうすぐできるから待っててね」弥幸が朝から眩しい笑顔で声をかける。「あっ、そうだ、卵はなにがいい?卵焼き?目玉焼き?」
円はこの質問に「じゃあ⋯⋯ハムエッグ丼で」と答えた。
弥幸はそれにニヤリと片方の口角を上げ、「了解」とだけ答えて調理に戻る。
できるまでの間暇なので裏口から庭に出ると、そこにはタライで空手着を洗濯している省吾がいた。向こうから気がついて「おはようございます」とあいさつしてきた。円はそれに「ッス」と返す。
「有明くん、今日だいぶ早くから空手やってたでしょ?」円は早朝のことを尋ねた。
「ああすいません、起こしてしまいましたか」と省吾は恐縮する。
「ああ、いいのいいの、一瞬目が覚めただけだから」と寛大な態度の円。「あれ何時?5時くらい?」
「はい、5時少し前くらいです。近くをグルっと走ってきました」
「それでまたあの⋯⋯なんだっけ、型の、やってたんだ?」
「はい、ナイファンチです」
「ああ、それそれ。そればっかずっとやるんだね」
「はい、"ナイファンチに始まり、ナイファンチで終わる" という言葉がありますから。すべての基本です」
「はー、大変だね〜」円はウンチク部分は聞き流して雑に応じた。
「それ以外にもやりますけどね、サンチンとかセイサンとか」
「凄惨?すごい名前だね」
「そうですか?」
「お〜い、朝ごはんできたよ〜」弥幸の呼ぶ声が聞こえた。
ふたりはこんなところで会話を打ち切って、土間へと歩いていった。その途中で円の腹がグゥと鳴った。




