第7話―12 湯上りまどかと白い影
食事の後は順番に風呂に入る。円はお先にどうぞという弥幸の勧めに臆せず従って、一番風呂をいただいた。凛子の、なんであんたがという視線を気にもとめず、風呂場へ向かう。
シャワーだけのつもりだったが、浴槽には湯が張られ、なんかいい匂いのする入浴剤で乳白色に染まっていた。これも弥幸が準備したのだろう。抜かりのない男だ。円は普段通りにさっさと髪と身体を洗い終えると湯船に浸かった。
「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」肉体が勝手に声を出す。さほど疲れてもいない身体に湯の温かさが染み渡る。思えば一人暮らしを始めてからほとんどシャワーで済ませていたので、久しぶりのお風呂だった。スーパー銭湯以来か?
合宿いいな、と円は思った。いつもよりいいものが食えて、風呂まで自動で用意される。至れり尽くせりだ。あとは目的の心霊現象に遭遇できれば完璧なんだが⋯⋯
「ふぉ~〜あっつー」風呂上がりの円はそう言いながら冷房の効いたリビングに入ってきた。期せずして発した己の言葉に、頭の中で有名なネットミームが続く。(ビールビールおっ冷えてるかぁバッチェ冷えてますよ)円は思わずニヤけてしまう。
「なにニヤけてんのよ」凛子が目ざとく見つけて指摘する。なぜか不機嫌そうだ。
「いや、別に」円はサッと目をそらし、話題逸らしのためにビデオをいじっている弥幸に声をかけた。「お風呂先にいただきました。入浴剤よかったです」
「えっ、入浴剤?僕じゃないよ」と弥幸。
あっ !? と思って凛子の方をチラッと窺う。そこにはいつにも増して厳しい視線を浴びせてくる凛子がいた。そうか、あの入浴剤は凛子だったか。おそらくは弥幸を労るためのものなのだろう。なのに一番風呂を掻っ攫われたわけだ。
「あー、うん、いいお風呂だったよ、コリンちゃんも次どうぞ」円はとりなすようにそう言った。
「せんぱ〜いお風呂お先にど〜ぞ〜」凛子は円を完全に無視して弥幸に呼びかけた。
それから弥幸、凛子と入浴を済ませ、いまは省吾が入っている。円は風呂上がりにもまだビデオをいじっている弥幸とあれこれ相談していた。主に定点カメラをどこに設置するかという問題で。庭が映る位置というのは一致したがあとはどうしようかと頭を悩ませた。
「目撃例は庭だけでしたよね?」と円が尋ねた。
「うん、そうだね。あとはオーブが映ったって話だね」
「オーブなあ⋯⋯オーブはどうでもいいんだよなあ」オーブ否定派の円がこぼす。
「でもあれだってなにかの前兆って話も聞くしね。なにも映らないよりはいいでしょ?」
「まあそうですけど⋯⋯」
あれやこれやと意見を出し合い、結局残りはリビングと男性陣の寝室に設置することに決まった。さっそく準備に取りかかる弥幸だったが、彼があることに気がついて作業が中断される。
準備の途中でたまたま夕方のボトルキャップチャレンジの動画を再生したのがきっかけだった。弥幸は「やっぱりすごいなあ」と感嘆しながら見ていた。ちょうど省吾も戻ってきて、話が弾む。いちいち動画を止めながら、この時はどういう感じなのか?距離とかわかるもんなのか?と質問した。そんな流れの中だった――
「あれ?」弥幸が素っ頓狂な声をあげる。それから急いでカメラからマイクロSDカードを取り出すと、ノートパソコンに差し込んだ。しばらく動画をいじってから、ある場面を映し出す。
それはペットボトルを持つ凛子の真後ろから省吾を撮影した場面。蹴りを成功させた省吾が元の姿勢に戻ろうとした瞬間だった。弥幸はその省吾の背景を指差した。
「ねえ、ここ誰かいない?」
円は目を凝らしてそこを見た。たしかになにかハッキリとしない白い影のようなものが見える。ちょうど庭の隅のあたりだ。
「たしかになんかありますね」省吾も肯定した。
「ちょっと待ってね」そう断ってから弥幸はパソコンを操作し、その部分を拡大させた。逆にモザイクがかかったようにわかりにくくなったが、それも修整する。
「あっ」後ろで凛子が細い声を出した。
そこにはたしかに、あの場にいた誰もが覚えのない人影のようなものが映っていた。




