第7話―10 省吾のボトルキャップチャレンジ
草刈りを納得いくまで仕上げた後、弥幸は凛子とふたりで夕食の買い物に出かけた。本当は円もいっしょについていこうとしたのだが、凛子から本気の殺気を感じたのでやめておいた。サークルの夏合宿で血みどろの惨劇なんてことになっても困る。
仕方がないので家の探検の続きでもしようと、いろんな扉を開けて回った。ちょっと固い引き戸があって円の力では開かなかったので、庭で運動をしていた空手着姿の省吾を呼んできて開けてもらった。それはただの物置だったが、そこからはなぜか彼が後ろからついてきた。
といってもただの民家だ。少しくらい広くともすぐに全部見て回れる。特に変わったものも見つからなかった。ただ一点だけ、円は外観からこの家を平屋だと思っていたのだが、廊下にあった木の扉を開いたら上に続く狭い階段があった。そこを上っていくと小さな部屋になっていた。
「うわっ、普通に2階あった」と円。
「2階というか、屋根裏部屋というやつでしょうね」省吾がすぐに訂正する。
「ああそうか、これが噂に聞く屋根裏部屋か」円は回りながら全体を眺めた。「いいね、こんなとこに閉じ込められたりして恨みを募らせていくんだろうね」
「なんの話ですか?」省吾が困惑の表情を浮かべる。
「え?ほらホラーとかミステリーとかであるじゃん。閉ざされた村で忌み子がずっと閉じ込められてるとかさ。座敷牢ってやつ?」
「そういうものなんですか?」
「そういうものだよ。こんなとこあったら普通誰か閉じ込めるでしょ。他に使い道ないじゃん。そういえば階段に扉がついてるのも怪しいよね」円は好き勝手に偏った知識を省吾に植えつけようとした。
「いや、それは断熱のためなんじゃ⋯⋯」
「でもあれだねー、なんにもないね。壁とかに恨み言が刻まれてたりすればいいのにね」
省吾はもうなにも言わなかった。言ってもムダだと諦めたのか、それともこれが円の世界観なんだと容認したのか、あまり感情を表に出さない彼の表情からは窺い知ることができなかった。
その後は特筆すべきことはなにもなく、省吾は庭での稽古を再開した。基本の突き蹴りを一通りこなした後、型の稽古に移る。円はそれを縁側に腰かけて眺めていた。
地味な動きで左右に行き来するそれは、以前廃村で見たものだった。ホントにずっと同じ練習繰り返すんだなと、退屈しながら見ていた。もっと派手な動きとかやればいいのに⋯⋯あっ、そうだ。円はスマホで検索を始める。
「お〜い、有明く〜ん」円が大きな声で呼びかけた。
稽古を中断して円を見る省吾。円は手招きしている。省吾は警戒もせずに駆け寄った。
「どうかしましたか?」
「有明くん、これってできる?」円はそう言って動画を再生した。そこにはハリウッドの肉体派俳優が蹴りで瓶の蓋を開ける様子が映っている。何年か前にバズっていた "ボトルキャップチャレンジ" というやつだ。「このクルッと回るやつ⋯⋯なんていうの?これで蓋を開けるんだよ」
「後ろ回し蹴りですね」省吾はリピートされる動画を見つめながら答えた。「蹴りはできますが、蓋を開けるのはやったことないのでわかりません」
「じゃあやってみよう!え~と、やり方は⋯⋯と、あったあった。蓋はあらかじめちょっと緩めとくのか⋯⋯はいはい、わかった」そう言って円は傍らに置いてあった自分の飲み残しのペットボトルを手に取った。
距離を空けて対峙するふたり。円は両手でペットボトルを顔の少し上に掲げて立っている。ノリで思いついた遊びだったが、こうして向き合ってみると少し怖くなってきた。
「ねえねえ有明くん、これ私の顔を蹴っちゃうとかそういうことはないよね?」円はおそるおそる尋ねた。
「ああ、それは大丈夫です」省吾はハッキリと断言する。「それよりしっかりペットボトルを固定して、絶対動かないようにしてください。避けようとしたりすると余計危険なので」
いまやガチガチに緊張している円だったが、省吾はかなり気楽な感じに距離感を確認している。それで気負うこともなく「いきます」と言うと、クルリと回転して右の後ろ回し蹴りを放った。
円はその瞬間、無意識に目をつぶってしまった。顔に風圧を感じ、手に微かな抵抗を覚えた。目を開けると蓋の外れたペットボトルがあった。
「うおっ、マジか、一発成功 !? 」円は我が手のペットボトルをジッと見つめながら声を上げた。「蓋は⋯⋯ああ、あったあった。有明くんすごいじゃん。あ、でも見てなかったなあ。ね、もう1回やってよ、今度は目つぶらないようにするからさあ」
それから数回、ボトルキャップチャレンジは繰り返された。蹴りを飛び後ろ回しに変えさせられたりもしたが、省吾はそのすべてを成功させた。
「うっわーマジヤベえ。なんでなんで?」円は子どものようにはしゃいでいる。そんな時、車が入ってくる音が聞こえた。「あっ、たぶん帰ってきたよ、みんなにも見せてやろうよ」
円はテテテと玄関の方へ駆けていった。本来このような空手を見せ物のように扱う行為は省吾の嫌悪するものだった。それで大学の空手部を "空手ダンス" とまで蔑んだのだ。しかしいま、円の喜ぶ顔を見て悪い気はしなかった。省吾は少しだけ表情を綻ばせ、円の後を追っていった。




