第7話―4 事故物件の話
その物件で起こったという出来事を語り終えた弥幸は、ニッと片方の口角を吊りあげ、上目遣いで部員及びゲストの様子を窺った。怪談の語り手という役割にドップリ入り込んでいるようだ。
けれど円はいまいちこの話の勘所がつかみきれないというか、うまく呑み込めない気がした。結局は家族の認知症が進んだことで生活が崩壊したという話だ。認知症患者の深夜徘徊はよく耳にすることで、それが原因の事故というのもままあることだろう。気になるのは夫の死に方だが、妻の死によって心が壊れてしまったと思えば理解できなくはない。まあ問題はこのあとだろうが⋯⋯
「⋯⋯その後この夫婦の親族によって家はまた売りに出されてね」弥幸はたっぷりと間を取ったあと話を再開した。「値段が下がったこともあって、何度か買い手もついたらしいんだ。けど長く居着かないんだよね。必ず短期間のうちに出ていくことになる」
「出るんですか?」円が合いの手を入れる。
「そう」弥幸は円にちょっと過剰なほどの演技っぽい笑みを見せた。「そこに入居した者は誰もが不思議な体験をするんだ。ラップ音とか囁くような声を聞いたとか。ああ、家鳴りとかそういうんじゃないよ。もっとハッキリしたやつだって」
「音だけ?」とさらに円が尋ねる。タメ口が気に入らなかったのか凛子がギロッと睨みつけたが、円は気づかなかった。
「いや、最初はそれで異常に気がついてね。そうするとなんだか人の気配を感じるようになるんだって。絶えず見張られているような気がしてくる。たいていはそれで気持ちが休まらなくなって、身体をおかしくしたりね。田舎でのスローライフ目当てに買ったのにそれなもんだから、そりゃあ出ていくよね」
んーどうだろう。円は首をひねる。まだなんとも言えないところだ。ただのノイローゼのような気もする。もちろん全員が同じ状態になるのは異常ではあるが、なんというかこう、地味である。円はなんだかんだ理屈をこねているが、もっとドドンと派手な心霊現象を求めているだけだったりする。口うるさいアンチのようなものだ。
そんな円の気持ちを慮ったのか、それともただそういう流れを予定していたのかはわからないが、ここで弥幸は情報を付け加える。
「これは1例だけなんだけどね、比較的長く居座った人がいてね。その人は気のせいだって自分に言い聞かせて我慢していたらしいんだ。独り身だったのもあって、自分さえ耐えられれば問題ないからね。でもある日の朝だ、目覚めたらなぜか外にいたんだそうだ。入居してからずっと手入れを続けていた庭の真ん中で裸足で立っていた。ハッと気がついて周囲を見回すと、掃き出し窓が開いている。そして、まだ薄暗い庭の端のところがボンヤリと目についた。それはまるで白い人影のように見えた⋯⋯」
ビクッと反応した凛子がそれを取り繕うためにコホンと咳払いのフリをした。それから気づかれていないか盗み見るように様子を窺う。すべて見ていた円はその視線を受け止めてニヤッと笑った。凛子は顔を赤くして顔を逸らした。
「それはやはり亡くなったおじいさんかおばあさんということでしょうか?」それまで黙っていた省吾が口を挟んだ。
だよな、気になるよな、と円は思った。省吾としては闘うかもしれない相手だ。こんな気の毒な話を聞かされても、コイツは反撃ならば殴れるのだろうか?コックリさんや神社の時は知り合いを殴るのにはかなり躊躇していたが。
「う〜ん、まあ普通に考えればそうだよね。最初の夫婦が亡くなる前は起こってなかったわけだし」
「気になるのは "井戸" じゃないですか?」と円がここまでで考えていたことを話し出した。「夫婦ふたりとも同じ場所で亡くなった。そして、その人影が目撃された "庭の端" というのもその場所だとしたら、やはり昔そこになにかしら訳ありの井戸が存在したとか」
「それなんだけどね、僕らの前に調査に入った叔母さんの知り合いが、元の持ち主に聞いたらしいんだ。でもその人の記憶ではあの家に井戸があったことなんてないって話なんだよね」
「それは⋯⋯謎ですね⋯⋯」円は俯いて考え出したが、たいしたアイデアは出てこなかった。
「ちなみにその調査した人も泊まったそうなんだけど、ラップ音はあったらしいよ。あと設置していたカメラにはオーブが大量に映ったって」
出たよオーブ!円はその単語にあまりいい印象がなかった。心霊調査系の番組でよく観測されるガッカリ霊現象。これをやけに大げさにアピールしてくるやつはたいていそれだけで終わるんだよなあ。
「まあとにかくさ、そういう謎を僕らが解き明かそうって、そういうイベントだよ。ねッ、面白そうでしょ?」最後の言葉は英依に向けられた。
英依は特別な関心を示すことはせず、ただひと言「そうね」と返した。弥幸はその冷淡ともいえる反応に挫けることなく続ける。
「英依さんも今度は参加してよ。絶対なにか起こるって。みんなで行ったら楽しいよ」
そんな熱心な勧誘に対し英依はこう言ったのだった。
「行けたら行くわ」




