第7話―3 英依先輩にビビり散らかす
ドアを開けてヌッと現れたのはもちろん芦原英依であった。この状況の変化を望んだ円の願いは、そもそも彼女が最も恐れていた人物を呼び寄せたようだ。
(おいおい、行けたら行くで本当に来てどうする !? )円はそんなことを思って内心右往左往していたが、そりゃあちゃんと来る人だっているのだ。だいたいその手の人間関係を円自身が経験してきたのではない。ネットでネタになっているのを見聞きして知ったような気になっていただけだ。
「来たわよ」 英依はニコリともせずにそう言った。
円はそこに不機嫌さを見て震えあがった。罪悪感が彼女の感覚を過敏にしていた。ヤベえよヤベえよ、と円は身を縮めて息を潜める。
「おつかれ〜」と弥幸が言うのを皮切りに、凛子、省吾もそれぞれの口調で「おつかれ様です」と続いた。円だけは聞こえるか聞こえないかの声でボソッと口にした。
「どうしたの円?」英依は表情を変えずに円に問いかけた。「ずいぶん小さくなってるじゃない」
円の肩がビクンと跳ねる。それから身を起こしてエヘヘと固い笑顔を返して、敵意がないことをアピールした。
「なんか動きが変よ」英依はジッと円を見つめ続ける。
「せんぱ〜い」そこで凛子が話しかけた。「円ちゃん照れてるんですよ〜この前省吾くんといろいろあったみたいで〜いまその話してたんです〜」
まったく的外れな話で英依の目を逸らしてくれる凛子。その話も不快ではあるが、円はとりあえずフゥと息をついた。
凛子はあることないことペラペラと盛りつけて英依に説明していた。省吾はそこまで話していないはずだが、勢いに乗った凛子の舌は止まらない。
「ふ~ん、省吾もなかなかやるわね」英依はチラッと省吾を見やる。
「いえ、私はひとりで心配していただけなので」省吾はそう謙遜している。
「それでもピンチかもしれない友だちのもとに駆けつけたわけでしょ?立派じゃない」英依はそう称賛すると、突如矛先を変えた。「そうよね?円」
「あ、ハ、ハイ」円は蛙の気持ちになって蛇の方に向き直り、背筋を伸ばした。
「あなたたちいいコンビよね」英依はなにやら意味ありげにそう呟くと、もう興味をなくしたのか弥幸に水を向けた。「さあ、今日の本題はなに?」
「おっ、いよいよいっちゃう?」弥幸は英依が来てからずっと、話したくてウズウズしていたのだろう。待ってましたとばかりに語り出した。「この前話した合宿の件だけどね、OK出たんだよ。叔母さんから話通してもらってさ。ただひとつだけ言っときたいんだけど、これで記事を一本書くんだって。なんていうの?『大学のオカ研が事故物件で夏合宿!』みたいなウェブ用のオカルト記事」
「記事、ですか?」円はまだ英依を警戒しながらも、MAYOI案件への好奇心に負けて尋ねた。
「あっ、別になにかしなきゃいけないとかはないよ。僕がいつも通り映像撮って、起こった出来事をレポートみたいにまとめる感じかな。あとはライターさんが書いてくれるよ」
「名前とか顔とかは⋯⋯」さらに円が問う。
「ああ、それも大丈夫だよ。僕たちの素性は一切わからないようにしてくれるって」弥幸はそう請け負った。
「そんなのはどうでもいいのよ」と英依が口を挟んだ。「私はその事故物件のことが知りたいの。聞かせろっていくら言っても、もったいぶって教えてくれないんだから」
「ハハ、ゴメンゴメン」弥幸は軽く謝ってみせる。「でもこういうのはさあ、決まってからみんなに話したいじゃない」
「絶対になにかが起こるって話でしたよね」円もウズウズしてきた。
「そうそう、必ずなにかしらの不可思議な現象が観測されているんだって。じゃあまずその物件の由来から語っていこうか⋯⋯」
弥幸は全員の顔を見回すと静かに話し出した。この時のために頭の中で念入りにデモンストレーションしていたのだろう。それは凛子の体験談を語った時よりもさらに気持ちのこもった語りだった。




