第6話―番外編 その日のコリンちゃん
その日凛子は昼間にアルバイトに行った後は特に予定もなく、自宅でのんびり過ごしていた。
そういう時、彼女が力を入れるのはこだわりのスペシャルスキンケア。日々過酷なギャルメイクによって負っている肌のダメージをこの休日でリフレッシュさせるのだ。
もちろん昔のギャルたちほど無茶をしているわけではないが、それでも凛子はつい濃くしてしまう自分のメイクの癖を自覚していた。和道凛子という名にピッタリの和風顔へのコンプレックスがそうさせるのだった。
家族全員を急かして入浴を終えさせた後、新たに湯を張り直す。特別な入浴剤を用いてゆったり浸かる。家族は凛子が不機嫌になるのを面倒がって、それに干渉することはない。お湯の温かさと入浴剤のアロマで心身ともに蕩けそうになるまでリラックスする。
風呂上がりはフェイススクラブで古い角質や汚れを除去し、肌のターンオーバーを促進させ、その後クレイパックでケアをする。待っている間には動画を見ながらストレッチ。時間を置いてぬるま湯で丁寧に洗い落としたら、化粧水をたっぷり肌に吸わせてからクリームで蓋をする。
円が儀式の準備をあれこれ整えていた頃、凛子はこんな風にして過ごしていた。この日、円が "ひとりかくれんぼ" に再挑戦することなど、凛子は知らない。部室にいて話もしたが、興味のないオカルトのことなど記憶にとどめていなかった。円が口にした悪趣味な冗談のことも忘れていた。
すべてのケアが終了すると、凛子は早めに就寝した。彼女は美容のために睡眠を大切にしている。寝つきもよく、横になるとすぐに眠りに落ちた。
日頃は一度寝つくとめったに途中で起きることのない凛子だったが、その日は違っていた。パチッと目が覚めた凛子は枕元に置いたスマホで時間を確認する。夜中の3時半を回ったところ。せっかく起きたのだからとトイレに向かった。
いつもはどうも思わない暗い廊下がなんとなく気味が悪い。凛子は2階廊下、階段、1階廊下とすべての電気を点けて移動していった。
特に何事もなく部屋に戻り、再び横になる。しばらくそうしていても眠気はやってこなかった。それどころか目が冴えてくる一方だ。
凛子の身体は他の変化も感じ取っていた。なんだか妙に肌寒い。エアコンの設定を低くしすぎたかと思ってリモコンを手に取るが、別にいつもと変わりなかった。仕方がないのでスイッチを切り、横にして腹にだけかけていたタオルケットを縦にして全身を覆う。
それでも寒さは変わらず、ついには震えまできて歯がカチカチ鳴った。
その時――
ミシ、ミシ、という誰かが歩いているような音が凛子の耳に聞こえてきた。ミシ、ミシ、ミシ、家族の誰かにしては廊下をずっと行ったり来たりしている。凛子はそれがなにか別のものだと直観した。
といっても凛子にはなすすべがない。ただタオルケットを頭から被ってそのおかしな奴がどこかへ行くまでやり過ごそうとした。
ミシ、ミシ、ミシ、ミシ、その音が一瞬止まった。自分の部屋の前、そう凛子は思った。心臓が早鐘を打つ。そして、入ってきた。ドアが開いたわけではない、足音ももうしない。それでも明確に入ってきたと感じられた。
どうしようどうしよう⋯⋯凛子はなにもできないまま、ただ強く念じていた。
(みゆき先輩助けて!)
手に持っていたスマホが明るく光り、ブルルと振動を始める。凛子は見つかってしまうと焦りながら慌てて表示を確認した。そこには "はなえ先輩" の文字。すぐに電話に出るといつもと変わらぬ飄々とした彼女の声が聞こえてきた。
「いま変なの来てたでしょ?」
「せんぱ〜い」凛子は鼻をグズグズ言わせながら泣きついた。「助けてくださ〜い」
「ああ、うん、もう大丈夫だから。落ち着きなさい」
「あ〜~怖かったです〜〜」
「そうね、怖かったわね。でももう大丈夫、どっか行ったから」
言われてみるとさっきまでの寒さが嘘のように消えていた。普通の夏の夜だ。
「もう怖いのは来ないから、安心して眠りなさい」
「なんなんですか〜さっきの〜もう意味わかんな〜い」
「いいのいいの、わからなくても。ゆっくりお休みなさい」
「寝れるわけないじゃないですかぁ」
「寝れるわよ。もうなにもないんだから」
「せんぱ〜い、私が眠るまで通話のままにしててくださいよ〜なにも話さなくてもいいですから〜」
「しょうがないわね⋯⋯なにも喋らないわよ」
眠れないと駄々をこねた凛子だったが、少しすると穏やかな寝息が英依のスマホから聞こえてきた。英依はフフフと笑い、しばらくその音に耳を傾けた。
「にしても⋯⋯円ったら仕方のない子ね」
英依はそう呟いたあと、最後にもう一度凛子の寝息を確認して通話をオフにした。




