第6話―4 英依先輩の見解
その登場に場の空気が一瞬凍りついた。英依の存在感はやはり別格だ。顔には笑顔が浮かんでいるのに、なぜか他人を緊張させる。特に省吾は敏感で、隣に座る彼が身を強張らせるのを円は感じていた。
「ああ、英依さん、久しぶり」弥幸は朗らかに話しかける。その態度はやはり英依との付き合いの長さを思わせた。「よかった、来てくれた」
「そりゃ行くって言ったんだから来るわよ」英依はそう言いながら荷物を机に置き、凛子の後ろに立った。そして彼女の首筋から肩のあたりをサッサッと払った。
「えっ !? なんですか〜せんぱ〜い」凛子は首をひねって後ろを見ながら笑顔を見せる。
「ああ、大丈夫、大丈夫。ちょっとホコリがついてたから」最後にひとつ納得したように頷いて、凛子の隣に腰を下ろした。
(嘘だ、絶対いまなにかホコリ以外のもの祓っただろ!)円は唖然としながら英依を見つめた。その円の様子に気づいて英依はウインクする。円は危うく「ヒェッ」という声が出そうになって手で自分の口を塞いだ。
ということはあの廃村からなにか連れ帰っていたということか?それとも会わなかった間になにか新しいものに憑かれたのか?どちらにせよ、その憑き物よりも英依の方がよっぽど怖かった。
「それで?」英依は弥幸に渡されたお茶をひと口飲んで問いかけた。「なんの話しをしていたの?例のキャンプのことかしら?」
「いやいや、それは英依さん来るまで取っといたからね。いまはひとりかくれんぼの話だよ。挑戦する勇者は――神谷さん」弥幸は大げさに両手で円を示した。
「へえ⋯⋯」英依は円を睥睨する。
視線を受けて円はコチコチに緊張した。英依はそのままジッと見つめ続ける。まるで魂まで見透かされるようで、円の額に脂汗がにじんだ。
「うん、いいんじゃない」英依はそう言うと、もう興味を失ったかのように円から目を逸らす。
身体が一挙に脱力して、円は思わず机に突っ伏してしまいそうになった。なんとかギリギリで踏みとどまったが、逆に椅子にのけぞるような形になった。
そんな円の様子をよそに、弥幸はこの前の探索の話に移っていた。もうすでにある程度は話してあったろうに、あらためて起こったことを詳しく説明する。英依はそれに苦情を言うこともなく、時折頷きながら聞いていた。
「それで、英依さんはあの映像見てどう思った?すごいの撮れてたでしょ?」弥幸は自分の描いた絵を見せにきた子どものように、無邪気に感想を尋ねた。
「そうね⋯⋯あの映像だけではなんとも言えないところだったけど、コリンも元気そうだし⋯⋯」と言いながら英依は手を伸ばし、凛子の頭を撫でた。凛子はされるがままにしている「円と省吾もよくがんばったんじゃない?」
「うん、まあそれはその通りだけどね⋯⋯」弥幸は英依の返答が物足りないようだ。「ほら、あの時なにが起こっていたのかとか、英依さんの見解をね⋯⋯」
「そんなことあの場にいなかったんだから私にはわからないわよ」英依は弥幸の情熱などどこ吹く風で、ドライに返した。「あそこで円たちが体験したことがすべてよね」
「でも先輩、"神さま" に呼ばれてるって言ってましたよね?」円は勇気を出して問いかけた。「あの時からなにが起こるかわかってたんじゃないですか?」
「まさかあ」英依は笑いながら否定した。「そんなことわかるはずがないでしょ。そんなのは買いかぶりってやつよ」
「いや、でも⋯⋯」円は食い下がる。
「私はただ感じただけ」一転真剣な表情の英依。「コリンが危ないかもしれない。 呼ばれているのかもしれない。"神さま" みたいな得体の知れないものが関係している気がする。本当にただそう "感じた" だけよ」
「そういうものですか⋯⋯」そうまで言われてしまえばもう引き下がるほかなかったが、円はぜんぜん納得していなかった。どこか煙に巻かれたような気がしていた。
さっきの凛子へのお祓いや、自分を見つめたあの目を思えば、英依に常人とは違うものが見えていることは間違いないだろう。"感じた" だけというその感覚も自分たちと同じだとは思えない。
英依はその感覚を言葉を尽くして説明しようとはしない。なぜだろう?自分だったらもっと⋯⋯
いや、そうではないと円は気がついた。他人と違う趣味を自分は共有できたか?できなかったのだ。こうやってオカルトについて話し合える仲間ができるまでは。さらに異質な、しかも感覚の話をどうして共有できるだろう。
もしかしたら、英依がもっと幼い頃、彼女はなんとかそれを人に伝えようとしてきたかも知れない。そしてその度に期待を裏切られ、失望してきたのではないか。それで自分の感覚が決して他人と共有できないものだと諦めてしまった⋯⋯
ありそうな話だ、と円は思った。英依の顔をそっと盗み見る。表面は笑っているが、その笑顔の下にどんな感情が隠れているのか、窺い知ることはできない。英依との間に存在するぶ厚く強固な壁の存在を円は感じずにはいられなかった。




